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第三話「贋花嫁」  作者: 和泉和佐
6/18

贋花嫁6

更新できました_(^^;)ゞ

―――――― 6 ――――――


「……雪さん、遅いわねぇ」

 のんびりとおことが呟いた。

 場所は芝新明からもう少しばかり江戸の外れに寄った辺り。深山一座の暮らす大黒屋の寮の一室であった。

「兄上に限って正体が露見したということはないと思いますが」

 事も無げに言ったのは菊弥。兄への信頼に溢れている。

 そんな二人の傍らには花嫁衣装から着替えたおちよが座っていた。近江屋の前で駕籠から出た一瞬の隙をついて同じ装束を着た雪之丞と入れ替わって、その足でここへとやって来たのだ。おちよはここで駒吉と待ち合わせてそのまま江戸を出て上方辺りにでも逃げようと考えている。

「それにしても―――とっっっっても綺麗だったわねえ、雪さん」

 吐息を吐き出すようにおことは呟いた。他意はない。残念ながら。

「ええ、本当に!」

 と菊弥が瞬時に同意する。こちらも他意はない、当然である。ただ、兄が全力で好きなだけである(ブラコン)。

(ちち)う…おとっつぁんが見られなかったのは本当に残念だったわぁ」

 この場にはおちよもいるためさすがに『父上』は不味いと思い即座に言い直したおこと。座頭の惣右衛門は不在である。数日前に贋物屋のクチ役でもある大黒屋巳之衛門からの使いがやって来て、二人揃って慌ただしく旅立っていった。年に数度はこのようなことがある。贋物屋、いや、旧秋山藩の藩士たちが求めてやまないあの『茶碗』。それが見つかったかも…、という話が全国津々浦々に情報網を巡らしている巳之衛門から時々もたらされてくるからだ。大黒屋は巳之衛門の代に藩御用達として重用されることになった米問屋であり、城代家老であった惣右衛門とも当然、旧知の間柄であった。『茶碗』の真偽の判定に惣右衛門が直々に出張るのは、本物を見たことがあるのが現在の深山一座(城代家老一派)には彼ぐらいしかいないからである。ただし、これまではこうした情報があっても大体においてはまるで当てにならないまったくの別物であった。

 だが、今回は…。

 惣右衛門が出向いた先は東海道、の先の脇街道を通る比較的大きな宿場町であった。もちろん東海道沿いの宿場町(五十三次)ほどの都会ではないものの、それなりに大商人もいて茶碗などの骨董品の取引も行われているような町だ。そこで(くだん)の茶碗によく似たものがあったという噂。日本全国にアンテナを張り巡らせていた大黒屋巳之衛門だからこそ得られた情報である。

 雪之丞たちが探し求めている茶碗の消息は東海道へと入る手前の険しい峠道が(ただし今回とは別の脇街道沿いで)最後だったことから、彼らが多少浮き足立っているのは仕方のないことであろう。

 惣右衛門は一座の者たちに過度の期待を戒め、出立の際にはおことに向けてくれぐれも、と留守を託していった。


 ―――というわけで、現在抱えている案件(おちよの依頼の贋花嫁の件)はおことが主導となって進めている。惣右衛門には『何事も雪之丞とよくよく(はか)ってな』と釘を刺されているが、雪之丞は今回の仕掛けでは実働部隊の中心であるため、実質的にはおことのやりたい放題である。(おちよ・駒吉カップルの推し活を粛々と遂行している)

 今もおことを中心に菊弥とおちよが菓子を摘まみながら(菊弥は甘いもの全般が苦手になってしまったので茶のみであるが)の作戦会議中であった。

「それにしてももったいないわぁ。アレを見逃したなんて」

 と、もう一度おことが呟いた。雪之丞の女装には見慣れた筈の一座の者たちでさえ度肝を抜かれるほどには白無垢姿の雪之丞は美しかったのである。白無垢の楚々とした可憐さ、雪之丞の持つキリリとした雰囲気がそこに凛とした気高さを加え、なんとも言えぬ近寄りがたい美しさだった。

「ええ。とっってもお綺麗でしたから―――心配ですわね」

 おちよがおことの言葉に同意した。が、何とはなしに含みがあるような…

 もちろんこの時にはおちよも雪之丞が男であることは聞いていた。というか花嫁姿ですれ違った時点ではまったく気づいていなかった。後で聞いてびっくり!という訳である。

「心配…?」

 菊弥がおちよの言葉尻をとらえて思わずといった様子で聞き返した。

 雪之丞とて何度も贋物屋の仕掛けをしてきているプロだ。ましてや女装の成り済ましなど十八番(おはこ)、得意中の得意とするところだ。心配することなど一切なかったため、おことはきょとりと、菊弥は憤慨の面持ちでおちよを見た。

 二人の視線を受けたおちよはニマリと笑んでからゆっくりとした口調で、

「…近江屋さんに離してもらえなかったりして…」

 と言った。

 その瞬間、パッとおことの頬が染まった。今度は菊弥の方がキョトン顔である。

「―――そういえば、雪さん―――近江屋さんと会ってきた時、とても素敵な方だったって言ってたわ…」

 何か大変なことに気づいたかのようにおことが言い出すと、おちよはしたり顔で、

「やっぱり」

 と頷いた。

「「キャー!」」

 おちよとおことがそろって黄色い悲鳴をあげる。

「それって、アレかしら、アレかしら」

「やっぱり、そうじゃないかしら」

 二人して頬を染めて互いをパシパシと叩き合いながら、大興奮である。

「だって! あんな綺麗におめかしした雪さんを見て黙っていられる人なんかいる?」

 とおことが言えば、

「ですわよね! 天女かと思ったもの! 私が男なら絶対、押し倒すわ!」

 とおちよが返す。ナカヨシカΣヽ(゜∀゜;)

「え? え? え?」

 菊弥は一人、二人の間でキョロキョロしている。どうやら自分の兄が大絶賛されているらしいというのはわかるが、話がまったく見えていない。助けを請うように頼りになる兄貴分の助三を見れば、

「―――」

 文治と一緒になって目頭を押さえている。(護衛のために同じ部屋にいた)

 仮にも惚れた娘が頬を染めて話す内容がコレでは―――雪之丞が気の毒すぎて涙がチョチョ切れる、というものである。文治など目頭を押さえて天を仰ぎ、『クッ』とか呻いている。

 そこへ、

「―――戻りました」

 タイミングがよいのか悪いのか、雪之丞が姿を見せた。

 残念ながらの着流し姿である。

「待ってたのよっ、雪さん!」

 キラキラした目で雪之丞の手を取り詰め寄るおこと。

 おことに手を取られてちょっと赤くなる雪之丞。

 助三は雪之丞の肩をぽんぽんと叩き、頭を横にフリフリと振った。




―――――――――カオス。




「遅いわねえ」

 と再びおことが言った。

 あれから、まあ、すったもんだはあったものの―――とりあえずは万事うまくいったものと(近江屋にも襲われていなかった…)、後はすべての仕上げを待つばかりであった。

 すなわち、今度の遅いは当事者のもう片方である駒吉に向けられたもの。おちよの計画ではここで駒吉と合流し、江戸を出て上方に向かう予定である。家から幾ばくかの金も持ち出してきており、これを元手に小さな商売でも始めるつもりであった。さすがに女は現実的である、こう見えておちよも色々と考えているのだ。

 もっとも贋物屋の面々としては駒吉の性根を叩き直す為にも知り合いの店に預けて商売の修行をしてもらうつもりなので、今は手ぐすね引いて待っている状態だ。

 だが、とにもかくにも当の駒吉がやって来なくては話も何も進まない。予定の刻限を大分過ぎているというのに一向に影も形も見せないのである。先程からおことは心配そうに声を掛けるし、菊弥も落ち着かない様子でそわそわしている。夜が更けてからは雪之丞や助三、文治といった男性陣がいなくなり、女ばかりの女子会状態である。

「………」

 先程までは楽しげにしゃべっていたおちよだが、今はおことや菊弥の問いかけにも声を発することはない。沈黙のまま、うつむいている。

「…えーっと、その―――もうすぐ! きっと、もうすぐ来ると思いますよ…」

 菊弥の言葉におちよはうつむいたまま、こくんと頷く。

「………」

 おことはそんなおちよの様子をうかがい、

「ねえ、おちよさん?」

 と声を掛けた。

「………?」

 少し改まったおことの態度に、おちよは顔を上げた。涙は零れてはいないものの目の縁に溜まり、その心中に不安が渦巻いていることが一目で見てとれた。

「ねえ、私はたとえ親だとしても娘の嫌がる縁談を無理に進めることに感心いたしません。確かに家同士の結び付きを必要とする場合、婚姻という手段で両家の結束を強固にするということは理解しますが、その必要もないのにただ親の横暴によって嫁入りなどとあまりにも非道な振る舞いです。それ故―――」

 おことが話し出すとおちよはポカンと口を開けた。おそらく年齢相応、身分相応の話し言葉ではなかったからであろう。元を正せば主筋の姫と知っている菊弥は普通にうんうんと頷いているがおちよはビックリ顔である。普段は町娘にとても上手に擬態しているおことであったが、時折こうして元の彼女が顔を出すことがある。さりとて普段の彼女が作ったものというよりも、全身全霊で彼女は今の町娘という身分を満喫しているという方が正しい。

「―――とはいえ、これから将来(さき)のこともきちんと考えねばならないと思うのです」

 おことの威厳ある態度におちよはタジタジである。さすがに大名家の城代家老の姫として生まれ育っただけはある。それにしてもそのお姫様に指摘されるおちよの世間知らずっぷりも相当なものだ。

「真面目な話、あなたはあの駒吉という方をこれから生涯支えていこうという覚悟はおありなの?」

 その言葉にパチリと瞬いたのは菊弥だった。普段のおことは何にでも意欲的で楽しそうで本当に今の生活を満喫しているようだった。それはそれで尊敬に値すると菊弥は思っている。庶民、町民よりもさらに身分の低い芝居者(一昔前には河原乞食と呼ばれていたのだ)としての生活、暮らし向きが裕福(大黒屋がパトロンなので深山一座はそれなりに裕福)であるかどうかは関係ない、身分というものはそういうものだからだ。これをおことはなんの苦もなく馴染んで見せているということに、菊弥は兄の雪之丞と同じように常日頃から尊敬の念を抱いていた。さらにはそれだけではなく、こうして年齢にはそぐわないほどのしっかりした考えまでお持ちだとはッ!―――(おこと様、ステキ!)となったのは、菊弥の素直可愛い(単純ともいう)ところではある。

 一方で、おことに言葉を向けられたおちよは返答が出来なかった。それはそうであろう。おちよは駒吉に幸せにしてもらおうと、駒吉なら自分を幸せにしてくれる男だと、そう信じて駆け落ちを目論んだのであるから。

(駒吉を支える? 私が…)

大店の娘として甘やかされてきた彼女はこれまでのことろ常に受けとる側の人間であったのだ。自分が駒吉を支える?もちろんだ駒吉が用意してくれるであろう家で仕事に出掛ける駒吉を毎日送り出し家を整え疲れて帰ってくる駒吉の世話をしよう、という幸せな新婚生活を思い描いていたおちよ。もちろん、自分は駒吉を支える覚悟があるのだ、と彼女は思っていた。

「はぁ…」

 とおことがため息をつき、

「…うーん…」

 と菊弥は困ったようにぽりぽりと頬を掻いた。

 そもそもあの駒吉は働くのだろうか―――と。




 まだ駒吉は来ない。



( ゜∀゜)人(゜∀゜ )オヒサー

亀更新、どころかミジンコ更新です。

ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?

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