贋花嫁2
更新できました_(^^;)ゞ
家庭の事情で創作活動をする時間が取れなくなりました。1日15分くらいでチマチマ書いてます。
―――――― 2 ――――――
「おちよったら……」
「まったく! なんて娘だ!」
伊勢屋夫婦は通りかかる人に愛想笑いを残し、店の中へと戻った。店に客がいなかったことを幸いに番頭に声をかけ、夫婦そろってさらに奥向きへと引っ込む。
御内儀の言葉に旦那である伊勢屋の主人は怒ったように言葉を返した。
「おまいさん」
「大体、おまえの育て方が―――」
「ほんに。一体どうしたらいいんでしょうねえ…?」
旦那の言葉を遮るように御内儀はため息をついて見せる。ちらりと頼られるように見られた伊勢屋の主人は、
「う…」
と押し黙った。控えめで大人しいと評判の伊勢屋の女将だが、まあ上手いこと旦那の手綱は握れているらしい。
「だから、さっさとこの(●●)話(●)をまとめてしまいましょうと申してますのに…」
御内儀のため息がさらに深くなる。
「だが、おちよが嫌がっているじゃないかッ!」
伊勢屋は少し声を荒げて反論する。
と、そこへ、
「なんだいっ、おまえたち! 騒々しいねえ。一体なんの騒ぎだい! 店の者に示しがつきゃしないよ!」
伊勢屋の主人の母親、御内儀の姑。大おかみが離れの部屋から渡り廊下を通ってやって来た。この大おかみ、もう六十に届かんという年回りなのだが、実に矍鑠としている。家付き娘(先々代の一人娘)でうん十年前に当時の番頭の中から自分で見極めた男を婿に取り、その旦那をブンブンと振り回しながら店を切り盛りしてきた女傑である。父親の頃よりも倍にも三倍にも身代を大きくしたというのだから、商売の才能と人を見る目があったのだろう。
現在はすでに息子に店を譲って久しいが、いまだに元気に息子を叱り飛ばしていると評判である。もっとも隠居してからは商売のことには一切口を出さず、自身はお気に入りの役者の後援会長をしたり、小唄や三味線などを習ったりと色々と忙しくしている。息子を叱り飛ばすのは、まあ、趣味のようなものだ。息子の方とて決してボンクラというわけではない。堅実な商売をするといって同業者の間では信頼を受けている。ただ少し―――母親に―――弱いだけである……。
「あ、おっかさん。いえ、ね、おちよのことですよ。こいつが甘やかして―――」
息子の言葉を聞いた大おかみの額に青筋が浮かぶ。
「馬鹿言ってんじゃないよ! 育て方に女親も男親もあるもんかね。おつや(←嫁)が甘やかしたのが悪いってんなら、子育てに参加しなかったおまえがもっと悪いに決まってんだろっ!!」
一刀両断である。息子はぐうの音も出ずにうなだれた。嫁のおつやはうんうんとしたり顔で頷いている。うちの姑はこれだから有り難い、とは伊勢屋の御内儀が常々洩らしていることである。
「―――で? なんだって言うんだい?」
嘆息の後で大おかみが尋ねると、息子と嫁が両方から一気に話し出す。
「おちよのことですわ、お母さん」
「おちよのことなんです、おっかさん」
ステレオである。といっても慣れている大おかみは気にもせずに二人の話に耳を傾けた。
「おちよがおかしな男と付き合っているというのはお聞きでしょう?」
との息子の言葉に大おかみは得心がいったように大きく頷いた。そうなのだ、孫のおちよがタチの悪い遊び人と付き合い出したというのは大おかみの耳にも届いている。息子が少し調べさせただけでもこれがもう箸にも棒にもかからぬ益体もない男なのである。さらに調べさせようとしたら、おちよに激怒され仕方なく手を引いたようだが、その初手の調査だけでも交際を反対するには十分すぎるほど十分であった。伊勢屋には子供はおちよの他に長男が一人いる(すでに商売を手伝っている)が、おちよとは大分に年が離れていて、おちよは家族全員から大変に可愛がられているのである。
―――ということはつまり、それだけ甘やかされたという意味でもあり少々我慢の利かないところがある。その上に頑固だ。これは祖母の大おかみに似たのかもしれない。親兄弟・祖父母からそろって反対されればされるほどその男に夢中になっているようだった。障害があればあるほど燃える、という奴であろうか。
「―――で、ですね、この際おちよには良い男と妻合わせたら(嫁入り)よいのではないかとおつやが言い出しましてね」
「そうなんですの。とっても良い人ですから、おちよだってそんな堅気でない男のことなんてすぐに忘れますわ」
やはりまともな生業に就いていないというのは、人からの信頼を得られないということであろう。駒吉はおちよの夫としてけしてその両親が認められるような男ではないのだ。
大おかみは息子と嫁がそろって言い出した案に懐疑的な様子を見せながらも、その結婚相手というのを聞いてみた。
「ええ、もちろん。もう探してありますのよ」
嫁が身を被せ気味に食いついた。よほどに乗り気のようである。その旦那の方はやはり誰であっても娘を嫁に出すとなれば少し思うところがあるのか、嫁ほどではない。が、それでもその嫁ぎ先候補は十分認めているらしく、うんうんと頷いている。
「誰なんだい? 勿体つけてないでお言いよ」
「「近江屋さんです」わ」
伊勢屋の旦那とその妻が声を揃えた。近江屋、といえば伊勢屋と同じ廻船問屋で、若く勢いのある商売をするという評判の男である。人物の方も悪くないとの噂だ。
「なるほどねえ」
大おかみは頷いた。ただし、若いと言っても大おかみや伊勢屋夫婦に比べたらということであって曲がりなりにも日本橋に店を構え、いっぱしの商売をしている男である。年は伊勢屋よりも十五下、おちよよりも十二才も年上の二十八才。最初の連れ合いとは死別しており、以来、男やもめを貫いている。世間一般では『男やもめに蛆がわく』というが、なんのなんの―――働き盛りの男盛りだ。
先日も大阪から運び込んだ物資でだいぶん儲けを出したところである。
廻船問屋というのは船問屋とも呼ばれ、海上交通を利用した物流を担う商売。ようは海運業なのだが、中には自身でも物資の売買を手掛けている者もいる。近江屋もその一人で、現代でいうところのロジスティクス的な商売を展開していた。その分、仲間内(特に古株の年寄り)には胡散臭いものとしてみられておりその評価は分かれるところなのだが、伊勢屋は古株にもかかわらずどちらかといえば近江屋支持派だ。その辺は伊勢屋の大おかみの考え方が非常に柔軟であり、良いものはどんどん取り入れていくべきという貪欲さの故であろう。新興の商人である近江屋にとっては得難い味方だった。そういうわけで今回の縁談は双方にとって悪い話ではない。
「あの人ならいいだろうよ。男振りもいいしねえ」
大おかみの言葉通り、近江屋は容姿も悪くない。いや、整っている方である。おちよよりだいぶん年上には違いないが、大おかみにとっては若いイケメン扱いである。おちよよりだいぶん年上ではあるが。←ココダイジ
「ですよね? これ以上ないくらいの良縁だと思うんですのよ。でも、おちよが、」
言葉を切って御内儀がため息をつく。
「まあまあ」
旦那がそれを宥める。
「この人も煮えきらなくて…」
年の差婚というのはこの時代、珍しいことではなかった(男が年上であるという絶対条件はつく)。が、それでもおちよのような大店の娘がわざわざ選ぶような縁談ではない。娘がこの縁談に乗り気でないことは仕方がないことだと、伊勢屋もその妻もわかってはいる。男親としては娘を積極的に嫁に出したくないという思いもあってもう一つ強気で押せていない。
「近江屋さんはイイ男だし、商売の方も間違いはない、人品も悪かない―――イイ男だし―――何が問題なんだい!」
大おかみの方はそんな微妙な男親の気持ちに天から斟酌するつもりはないらしい。ぴしゃりと息子に言い放った。『イイ男』が2回聞こえたのはおそらく大事なことだったのだと思われる。
「だ、だって、おっかさん…おちよが…」
相手が近江屋だと聞いてやたらに乗り気になっている母親にまごまごと言い返す亭主の肩を持つようにその嫁も、
「落ち着いてくださいな、お義母さん。おちよだって、近江屋さんだって、とりあえず会ってみないことには決められないでしょうし、ねえ」
と、とりなす。だが、その嫁に向かって旦那と大おかみが、
「「馬鹿をお言いでないよ! おちよみたいに若くて可愛い娘を嫌がる男がどこにいるってんだい?!」」
二人そろって食い気味に言い返した。(似た者親子)
「―――ゴホン」
と大おかみ、咳で誤魔化す。
「まあ、なんにしろ、さっさと近江屋さんに話を持ってくこったね。うかうかしているうちに、手遅れになっちまっちゃあ洒落にもならないよ」
「手遅れ…?」
言葉と共に大おかみは手のひらで大きな球体を撫でるような仕草を見せた―――腹の辺りで…
その意味に気がついた伊勢屋の夫婦、御内儀は青い顔をして出ていった。遠くの方で番頭に近江屋に使いを出すように怒鳴り付ける声が聞こえる。
そして、伊勢屋の主人は―――
部屋の真ん中で膝をつき、両手で上半身を支えて、がっくりと項垂れたorz。
「フンッ」
大おかみは息子のその姿に鼻息を一つ浴びせかけ、部屋を出ていった。
「……ああ、いやんなっちまう。また忙しくなるねえ」
言葉とは裏腹、顔はにんまりと―――笑みを形作っている。
( ゜∀゜)人(゜∀゜ )オヒサー
亀更新、どころかミジンコ更新です。
ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?