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第三話「贋花嫁」  作者: 和泉和佐
16/18

贋花嫁16

更新できました_(^^;)ゞ

―――――― 16 ――――――


「おちよさん、少しお話よろしいか」

 雪之丞が声をかけた相手は、縁側でぼんやりと庭を眺めていた。

「あ、はい。なんですか? あ、家へ帰れという話ならお断りですよ」

 おちよはハッと物思いから我に返り、慌てて居住まいを直した。夏の暑いこの時期、深山一座は小屋を建てていない。それ故、雪之丞たち役者も夏休みで、この時期はもちろん女装は無しだ。おちよの手前、ということもある。なにしろおちよはいまだに贋物屋の『雪さん』と自分の祖母が贔屓にしている役者の雪之丞とが同一人物であることに気が付いていないのだ。

 もっともその所為で多少の苦手意識を持たれているようではあるが。それも仕方がない、女形姿ではない雪之丞は物言いも態度も生真面目でお堅いのだ。男と恋仲になり燃え上がった挙句に駆け落ちしてくるようなおちよとは、残念ながら相容れないようである。

 そんなおちよの様子に雪之丞は苦笑してから、こちらもついと居住まいを正す。その仕草は―――たとえ男装(?)姿ではあってもこの上なく麗しく、艶っぽかった。

「………/////」

「? おちよさん?」

 急にポーッとなったおちよを心配して雪之丞が声をかけると、おちよはハッと気を取り直して聞く態勢を取った。おちよの説得はおもに仲良くなっていた女性陣(おことと菊弥)に任せていたので、真正面から話をするのは実はこれが初めてなのである。様々な説得が無駄となり、いよいよ最終兵器である雪之丞(正論)の出番となったわけである。

(口元を拭ったようだったが―――気のせいか?)

「えっと、とりあえずは家へ帰れ、という話ではありません」

「ええ! もちろん! 何度言われたって帰りませんとも! 伊勢屋にだって近江屋にだってね」

 勢い込むおちよに雪之丞は再び苦笑。なるほど、これは手強い。実はおちよを家に帰そうと色々とアプローチはしてみた。女性陣の説得から始まり小平太や吉三らおっちゃん連中からの説諭、ちょっとずるい手だが駒吉とタイプの似ている(似ているとは言ってない)助三や文治らによるハニトラまがいの懇願まで。それらはことごとくはねつけられた。

 文治は渾身の口説き文句を全部スルーされてちょっとへこんでいた。

助三はといえば菊弥公認(本人はそもそも自分に断りを入れられている意味が分かってなかった)のハニトラで腰が引けていた上に、ハニトラの台詞に一々『俺はやらんが』とか『俺は違うが』といった枕詞をつけてくるのがウザかった。しまいには菊弥から『あ、そういうのはもういいんで』と言われていたのは、さすがに気の毒であった。

ちなみに雪之丞はそもそも戦力に数えてもらえなかった。(駒吉とタイプが違いすぎて)

 なので、おちよはこれまで雪之丞とあまり接点が無かったわけである。おちよにとって雪之丞は顔のキレイなだけの、恋人(おことのこと、そのような事実はない)の尻に敷かれたヘタレ男(安全牌)なのである。但し、顔は女のようにキレイだ。(大事なことなので2回言った)

「とにかく! 誰に何と言われようと、私は駒吉っつぁんを信じます」

 信じますといったそばから不安が頭をもたげてくるのをおちよは見ないフリをした。誰も彼も女は見ないフリが得意だ、辛いことの多い世の中での処世術なのかもしれない。だが、その処世術も時と場合による。だから、おことも菊弥も助三も文治も他の皆もおちよを引き留める。

 そして、雪之丞も。

「おちよさん……」

 口を開きかけた雪之丞を、おちよはパッと掌を突き出してさえぎる。

「わたしのことより、そちらこそもうちょっと男らしくした方がいいんじゃなくって?」

「はっ?」

 ぽかんと口を開けた雪之丞。とはいえ、おちよの前では花嫁姿を披露した事実があるため、まあ仕方がないかと思い直す。

「いえ、あれはですね…」

 言いかけた雪之丞だが再びおちよにさえぎられる。先ほどからほとんどしゃべらせてもらえない。とことん相性が悪いようだ。さすがに大黒屋巳之衛門を言い負かしただけはある。

「おとこちゃんだって時には殿方に引っ張ってもらう方が嬉しいに決まってるじゃないの!」

「はっ?(真っ白)」

「ですから、駒吉っつぁんみたいに優しいのもいいんですけど、そればっかりじゃなくってェ」

「………」

「駒吉っつぁんみたいにやる時はやる、みたいな男らしさというかぁ」

「………」

「そうそう! 時にはぐいぐいと引っ張る強引さもぉ、たまんなくイイんですよぉ。駒吉っつぁんみたいなぁ―――やっぱり男は強くなくっちゃ!」

 雪之丞への忠告(?)なのか惚気なのかわからないような言葉が次々と飛び出す。だが、何故か雪之丞にはおちよの言いたいことがしっかりと伝わったようで、

「うぇええェ~、や、やめてください! おことちゃんとはそんなんじゃなくってっ!」

 ピシリと固まった状態から解凍された途端、首まで真っ赤に染め上げながら大慌てに慌て始めた。ついでにメンタルエイジも下がったらしく意味のない言葉を繰り返した。そんな雪之丞の様子におちよは『はぁ~』と深いため息をつき、フリフリと頭を振った。

(やっぱり男としてはちょっとねえ…。おことちゃんには悪いけど、駒吉っつぁんが一番ね。一番強くって優しくって。最高だわ♡)

「とにかく! 私は駒吉っつぁんの言った通り、このまま一人で生きていきます。そして、駒吉っつぁんが上方(かみがた)から戻って迎えに来てくれるのを―――待ちます。たとえ何年でも―――ずっと」

 ビシィッ!っと効果音が付きそうな勢いである。

 中々に健気な決意表明ではある。まあ多少、自分自身の言葉に酔いしれた感が強いが。ともあれ『女金時』伊勢屋のおときの孫娘である。こうと決めたらその決意は三日前に焼いた仏蘭西麺麭(フランスパン)のように堅いに違いない。

「それは結構なんですが……」

 対する雪之丞の方も、気を取り直すように咳ばらいを一つした後で、これまた五日前に焼いた仏蘭西麺麭と同じくらいにはカチコチのしゃちこばった声で呟いた。余談であるがフランスのロリアン地方には『フランスパン格闘術』なるものがあるらしい。

「―――本当に?」

「え…?」

「本当に思っておいでですか? 信じておられると? 本当に?」

「な、なんのことを…」

 雪之丞は訝しげな様子のおちよにはぁっと深くため息をついた。

「私は知らないが、おちよさん、あなたはよくご存じのはずです。駒吉という男を―――駒吉という男がどんな人間なのかということを―――本当に、彼はあなたを迎えに来る、と? 本当にそう思っておられますか」

 雪之丞はそう問うた。逃げは許さないと、その真剣な瞳が言っている。希望的観測ではなく、事実をと。おちよに求めている。先ほど揶揄われたかたき討ちではない、けっして。

「―――」

 黙り込んだおちよ。愛する男に対する信頼と、愛する男を信じきれない罪悪感とがおちよを(さいな)んだ。

「私どもでね、駒吉さんの行方を探ったのでございますよ。駒吉さん、まだ江戸にいるようですよ?」

 雪之丞の言葉におちよは弾かれたように顔を上げた。

「………」

 聞きたいことはいくらでもあるのにどうにも言葉が出ない。パクパクと酸欠の金魚のように口を動かすおちよを憐れむように微笑んだ雪之丞は、

「―――一つ良い手があります」

「?」

「駒吉さんの本当の気持ち。知りたくはございませんか?」

 おちよは少し考えるように黙ったが、

「……知りたい……知りたいです」

「ただし、少々危険なのですが…」

「何をすればいいですか? 私、何でもします」

 部屋の中でくすぶっているよりもよほど彼女の性に合うのだろう、おちよに躊躇はなかった。

「では、お耳を」

 雪之丞はおちよとごしょごしょと何やらを長いこと話し合い、それから―――

 



 おちよの手元には駒吉からの文がある。

「………」

 読み下したおちよは、そのまま屋敷を抜け出した。駒吉からの文だけを胸に抱き、そっと誰にも何も告げずに。

 遠い道のりを最初は歩いていたものの徐々に早足となり、しまいには小走りとなった。

「ハッ…ハッ…ハァ…」

 乱れる息を整えることもせず、おちよは待ち合わせの場所に急いだ。

 そこにいた五・六人の男たちの影に向けて、

「ッ、コ、ケホッ駒吉っ、つぁん?」

 荒い息の中で呼びかけたが、振り向いた男たちの中に愛しい人の顔はなかった。

「ハァッ、ハッ…あんたたち! 駒吉っつぁんは何処に!」

 落胆の気持ちから詰問するように叫んだのは仕方のないことだったろう。

 待ち受けていた男たちはニヤリと(わら)い、

「へえ。本当に来たぜ」

 と言った。癇に触るような言い方だった。『ひへへ』『げへへ』と笑いあう男たちにおちよは苛立った。そうだ、駒吉は字を書けないんだと思い出していた。

「ちょっと! あなた達! こま―――」




 五・六人の男たちだけがその場を去っていった。女の姿はない。ただその中の一人が来る時にはなかった大きな(こも)包みを肩に担いでいるばかりである。

 人一人が入るくらい大きな荷物を肩に乗せながらもまったくふらつくことのないしっかりした足取りで歩くのは、少し前に戸塚の長吉一家に草鞋を脱いだ旅の博徒。顔には無精ひげ、月代はぼうぼう、いつものイケメンぶりが鳴りを潜めた助五郎(助三)であった。





( ゜∀゜)人(゜∀゜ )オヒサー

亀更新、どころかミジンコ更新です。

ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?

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