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第三話「贋花嫁」  作者: 和泉和佐
13/18

贋花嫁13

更新できました_(^^;)ゞ

―――――― 13 ――――――


 さて、これは伊勢屋に脅迫状が届くよりも少し前のことである。

とある夜のとある場所で、

「チョウカハンカチョウカハンカ! チョウカタナイカチョウカタナイカ、ハンハンハン!」(訳:丁か半か、丁か半か、丁方ないか、丁方ないか、半、半、半!)

 威勢の良い掛け声とともに異様なほどの熱気がただ一点に集中する。

 やがて痛いほどの静寂が訪れ、

「―――丁半、コマそろいました―――」

 ツボ振りがそっとツボを持ち上げる。

「グイチ(五一)の丁!」(偶数は丁、半は奇数のこと)

 ツボ振りの宣言に快哉を叫ぶ者、顔を死人のように青ざめさせる者。悲喜交々の中、駒吉は『チッ』という小さな舌打ちとともに目の前の横向きに置かれたコマ札(長方形の木札、カジノチップと同義)が回収されていくのを面白くなさそうな顔で見送った。

「にーさん、今日はツイてないねえ」

 隣にいた中盆(なかぼん)(勝負の進行係兼審判員)にニヤニヤと笑われた駒吉はむかっ腹で席を立った。半の目に掛けた駒吉は本来ならばツボ振り側に座るべきであったろうが(丁方は中盆側、半方はその向かいのツボ振り側と決まっている)、この鉄火場(てっかば)(小さな賭博場のこと)では勝負ごとに一々席替えするわずらわしさを解消するために長方形のコマ札を半の目なら自分に直角に横置き、丁の目なら垂直に縦置きする、という決まりを作ってあった。

だが、途中で中盆に座った男が駒吉とは以前、女関係でもめたことのある男だったので、駒吉の不愉快さは(いや)増した。席を立って隅の方へ下がると、ドッカと腰を下ろして酒をあおる。賭博場や鉄火場ではツマミはないが酒だけはいくらでも無料(タダ)で出てくる(酒が入ると掛ける金のタカが跳ね上がるから。ラスベガスのホテルと同じ方式)ので、それをがぶがぶと飲み下し、

「ふぃ~」

 と一息を入れる。

 もちろんインターバルを挟んだだけで勝負はまだまだこれからだ。ここから負けを取り返すのだ。懐に入れたコマ札を意味もなくカチャカチャといじくりまわす。

「ィやー! 今日はツイてねえわ、やめだやめだ、もうやめた! もう二度とやらねえ!」

 両手を派手に振り回しながらこれまたドッカと駒吉の隣に座り込んだのは、どこかのお(たな)手代(てだい)といったような風体の男だった。そろそろ仕事もこなれてきて遊びも覚え公私ともに順風満帆。店での信用もそこそこあって給金も悪くない(賭け事に使う金がそれなりにある)、まあ、鉄火場に通う典型的な上客である。こういう自分に自信の出てきた頃合いの男が実にいいカモになるのだ。

駒吉は隣に座ったその男に酒を差し出してやった。どうせ自分の酒でもないし、負けが込んだ者同士それなりに親近感も沸く。

「にーさんもイケなかったくちかい?」

 男はにやりと笑いながらそんなことを言う。余裕ぶった口ぶりに腹が立つ。それに煽られたわけではないが駒吉も、

「なぁ~に、これからさ」

 などと余裕を見せて返した。相手は駒吉の賭けっぷりを見ていたらしく少し驚いたような顔で、

「へえ~、ずいぶんと景気がいいんだねえ」

 と半ば呆れたように半ば感心したように言った。その後、しばらくは雑談に興じていた駒吉であったが、ふと男がつぶやいた言葉にわずかな警戒が沸き上がった。

「にーさん、少し前に伊勢屋さんとこのおちよ坊と街を歩いていなさらなかったかい?」

 ぴくりと駒吉の片眉が持ち上がる。

「―――おめえさん、おちよを知ってんのか?」

 男の言葉には答えず逆に質問で返す。そんな駒吉にさして気にすることもなく男はニカッと笑い、

「おうよ。俺が奉公してるお(たな)の三軒先が伊勢屋さんなんでね」

 伊勢屋の店は日本橋の一等地である。その近所となるとこの男も相当な大店(おおだな)に努めているということで。道理で気前の良い金の使いっぷりをするわけだ。

 まあ、駒吉には関係のないことではあるが。

「…へえ、そうなのかい」

 駒吉の口数は途端に少なくなった。黙って酒を舐める。

「………」

 しばらくしてから駒吉が恐る恐るといったように口を開いた。

「伊勢屋の近くってことだが、その、どんな様子だったかは…」

 言いさしては逡巡し止めるといったことを繰り返してようやくそれだけのことを聞いた駒吉。男はいぶかしげに首を傾げ、

「様子ってったってなぁ…」

「その…騒ぎになってたり…とか?」

「騒ぎ? いや別に。ったって、今日は娘の婚礼の日だ。慌ただしいのは仕方ね…あ…」

 そこまで言って男はようやく気付いたといったように表情を変え、気まずげに咳払いをした。

「あー、すまねえな。にーさん。あれだろ? おちよ坊がその、嫁に…。あー、その、残念だったな」

 男のさも傷心を慰めるような言葉に、駒吉は内心おかしくてしょうがなかった。そのおちよなら今頃、婚礼の席を抜け出している頃だ。騒ぎになっていないってことはまだ贋物屋のアジトで駒吉を待ちぼうけているのであろう。かわいそうなことである(棒読み)。

「残念? 俺が?」

 自分が振られたみたいに思われているのが少し面白くなかった駒吉は男との話を続けた。

「残念でもなんでもねえさ。俺ぐらいになりゃ女なんざいくらでも寄ってくらぁな」

 そう(うそぶ)いてみるが、失恋男のやせ我慢と受け取られたらしく生暖かい目で見られた。

「そうだよなぁ、にーさんならまだまだイイ女が寄ってくらぁな。まあ、飲め飲め!」

 駒吉の主張を軽くいなして自分の酒でもないくせに気前よく駒吉の茶碗にドボドボと酒を注ぐ男。駒吉はムッとしてますますムキになった。“だってそうだろう、俺が! あの女を、捨てたんだ!”

 そして、半刻。

すっかり出来上がった駒吉がクダを巻き始めた。男はとても迷惑そうな顔をして、だが、もとより面倒見がよいのだろう、仕方なしに相手をしてやっている状態が続いている。

「いいか? 俺ぁなぁ、あの程度の女なんざ散々食い飽きてんだよ! わかるぅ~? にいさん、聞けって!」

「おお、ハイハイ。聞いてるって」

 同じ話が二周を回ったあたりで返事もだいぶおざなりである。

「そもそもだ、あの女は箱入りのお嬢ちゃんのくせして人気(じんき)の悪いあたりに平気で足を踏み入れるような馬鹿で、案の定、変な奴らに絡まれてよぉ…俺が出ていかなきゃありゃ品川あたりに売り飛ばされてたね」

「そうか、そうか。で? にーさんが颯爽とご登場ってわけだ。そらぁ、おちよ坊もメロメロだぁなぁ。いよ、色男!―――まあ、飲みねえ、飲みねえ」

 男はいよいよめんどくさくなり(ちなみにこの話も二度目である)、駒吉をツブしにかかっているようだった。

「まあ、俺様にかかりゃあんな乳くせえ小娘なんざイチコロよ」

 この駒吉という男、確かに姿かたちはそれなりに整っているのだが、それを鼻にかけた様子がとにかくウザい。どうやらまともな職に就くこともなく女を食い物にして遊びまわっているようで、先ほどから自慢タラタラ。どこそこの女がどうだ、あそこの後家はアッチの具合がどうのと―――とにかく―――ウザい。伊勢屋のおちよはこんな男と縁が切れて本当によかったなぁ…とご近所の奉公人というに過ぎない男でさえ遠い目になったほどである。

 もっともおちよとこの男の出会い自体は仕組まれたものではなく本当の本当に偶然で、おちよが“運命を感じちゃって☆彡”も仕方のないくらいのドラマティックさだったので、それまでは駒吉を責められまい。

駒吉だって〈仕事〉ではなく好きあった者同士のように出かけたりする相手としておちよのことはそれなりに気に入ってはいたのだ(←上から目線。ウザい)。金を持ってくるおちよを止めたことはなかったが金を持ってくるように促したこともない。デートはすべて駒吉が金を出してやった(おちよからもらった金or女から巻き上げた金)し。なにより“すごいわ! 駒吉っつぁん、かっこいい!”というおちよの視線は中々に心地の良いものであったから。もちろん―――駆け落ちをしてやろうというほどに好いていたわけではなかったが―――

 それでも駒吉としてはそれなりにおちよのことを気に入ってはいたのだ。だから、これは正しく〈やけ酒〉なのである。おちよが駆け落ちなぞと面倒なことを言い出しさえしなかったら…

(てっ! 面白くもねえ!)

 駒吉はぐいを茶碗の酒を呷った。


 その時である。

「やいやいやいやいやい! 駒吉が来てやがるだろう! ここへ出しやがれ!!」

 突然の乱入者に場が沸き立った。『すわ、ガサ入れか!』と金を懐に詰め込み腰を浮かせる気の早い者もいる。(ガサ入れ=奉行所の取り締まりのこと。どの時代であっても賭博行為はすべからく違法です)

 だが、乱入してきたのは五人―――いや、六人。どれもこれも顔に傷、肌に彫り(イレズミ)、腰に長ドスという三拍子がそろった屈強な男たちである。

「こりゃあ! 戸塚の親分さんとこの! どうなさいやした!」

 中盆(なかぼん)博打(ゲーム)の進行役)を務めていた男が慌てたように男たちを出迎えた。顔見知りであったようだ。

 〈戸塚の〉というのは、この近辺を縄張りとする地回りやくざのことである。そこの親分が名を長吉といい戸塚の生まれであるため戸塚の長吉一家、戸塚組などと称して縄張り内でハバを利かせてやりたい放題している。

「にーさん方、すまねえが騒ぎは勘弁してくんねえな」

 中盆が小さくなりながらもやくざ者相手にそう申し立てた。

 賭場の客筋はソレもんも多いが同じくらいに素人がちょっと手慰みに…という場合も多い。賭場で騒ぎがあればそうした客はあっという間に逃げてしまうので、騒ぎを起こさないようにと戸塚の親分には話を通しているしそれなりの金(みかじめ料)も毎月渡している。賭場の経営自体も戸塚組の息がかかっているし、持ちつ持たれつの関係があるのだ。

「おう! すまねえな。用事が済みゃすぐにいなくなるからよ。―――ここに駒吉という()が来てると聞いたんだが、どいつのこった?」

 その言葉に中盆の男は黙ったまま部屋の隅に向けてクイッと顎をしゃくった。その顎の先には…

「………」

 青い顔で縮こまる駒吉の姿。存在を消す最大限の努力をしていたようだ。隣にいた男は関わり合いになりたくないとばかりにそそくさといなくなった。

「―――ほぉーう!―――おまえさんが駒吉かい」

 六人の屈強な男たちがわらわらと駒吉を取り囲み、その全身を舐めまわすように見る。

「なーるほど、こいつぁ中々のオコトマエだ。姐さんが入れ揚げるだけのこたぁあるなぁ! なぁ!」

 一人が同意を求めるように問えば周りの男たちはゲラゲラと下品な笑声を上げた。

「アワ…アワワヮヮ…」

 這いつくばって逃げ出そうとする駒吉の首根っこを男の手が抑える。

「どこへ、逃げ出そうってんだ、色男さんよぉ」

「ヒィィィ~…か、勘弁してください。頼んます、お願いです、あの女とは別れますんで! 戸塚の親分の情婦(レコ)だなんて知らなかったんすよぉぉぉぉ」

 実に情けない声を上げ、べたりと床に伏したまま手だけを出して男たちを拝んでいる。どうやら駒吉、女関係でやらかしたようだ。

 知らなかったと泣き喚いているが、真実かどうかはわからない。

「おう、騒がして悪かったな」

 男たちの一人がポンと懐から小判を一枚投げ、引き上げていく。先ほどからずっと泣きわめき続ける駒吉を引きずって―――

「……ありゃあ、簀巻きだな」

「ま、いいとこ半殺しってとこだろう」

 好き勝手に言って自分の博打に戻っていく客たち。簀巻きというのは(むしろ)(ゴザのようなもの)でぐるぐる巻きに縛られて川に投げ込まれる殺害方法(こと)で、ヤクザ社会では定番の処罰だ。現代でいうところの『コンクリート詰めで東京湾に沈めたろか、あ~ん?』という奴だ。鉄火場ではこんなのは日常茶飯事、とまではいかないまでも珍しいというほどの出来事でもない。

 だから、駒吉が悲鳴を上げながら連れていかれた後、客たちはまた盆ゴザの周りを陣取り何事もなかったようにまた自分の信ずる目へとコマ札を置いていった。




それは丁度、

雪之丞が近江谷彦四郎の家をするりと抜け出した頃のこと。おちよが駒吉の訪れを今か今かと待っていたのとちょうど同じ時分。おちよと近江谷彦四郎、祝言の日の出来事であった。





( ゜∀゜)人(゜∀゜ )オヒサー

亀更新、どころかミジンコ更新です。

ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?

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