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第三話「贋花嫁」  作者: 和泉和佐
11/18

贋花嫁11

更新できました_(^^;)ゞ

―――――― 11 ――――――


 さて、情報収集のためにも駒吉の情報をあれやこれやとおちよの口から吐き出させなければならない、『ここは私たちの出番ね』拳を握って張り切ったのはおことと菊弥である。

 雪之丞、助三、文治らはとっくの昔に『リア充爆散!』の四字熟語(?)を心中に呟きながら撤退している。

 想定通りノロケで始まりノロケで終わった事情聴取であったが、なんとか駒吉の住みかが木挽町の裏長屋であることと、その交遊関係などまでは聞き出すことができた。身よりはいないとのことである。後は駒吉への賛辞が大半を閉めた。それについて意見を差し挟んだ文治はおちよに叩き出された。

 ともあれ、聞き出した情報にしたがって情報収集に出張ったのは文治であった。なんといっても一座でもっとも人当たりのいい言うなればコミュ力お化けだ。こうした聞き込みには本領を発揮する。おちよには通用しなかったが。地味に凹んでいた。

 まずはともあれ、ヤサ(隠語、住居のこと)からであろうとばかりにやって来た木挽町。地名の起こりは読んで字のごとく江戸城大修理の際に集まった製材職人たちを集めて住まわせたことからつけられたものだが、この当時の木挽町といえば森田座や山村座といった大芝居の小屋があり、人の多い町でもあった。いわゆる東銀座の辺りを指し現代でもなお賑わいを見せる町である。

 キョロキョロと辺りを見回す文治。賑わう町の様子にテンションも上がる。芝居小屋に出入りする美しく着飾った娘たちを眺めるだけでも楽しい。

 さて、駒吉の住まいは裏長屋である。娘さんたちを眺める視線をしぶしぶと引き剥がし、文治は長屋の細道を奥に進んだ。少し進んで、井戸を右に曲がって二つ目が駒吉の家だった。

「よーよー、おねーちゃん、よぉ」

 文治は井戸端で着物を洗っていた女の子に声をかけた。一番手前にいた彼女は、正しく女の、子であった。いや、身分によっては結婚話が出なくもないだろうが、庶民としては”まだ年端もいかぬ”と言われる微妙なお年頃であり、少なくとも文治のような男に『おねーちゃん』と呼び掛けられるに相応しい年回りではなかった。

 案の定、

「おまえさん、なんだい? おみっちゃんに何の用さ」

 周りで井戸端会議(これこそが本物の井戸端会議だ)をしていた女たちが一斉に文治に注目し、一人が少女を引いて自分に引き寄せた。少女は急に腕を引っ張られてたたらを踏み、目をぱちくりしている。

「ああー、わりぃわりぃ。いや、そんなんじゃねえんだよ、すまねえな」

 文治は素直に謝罪の言葉を口にし、ニパリと笑った。人好きのする、幼げで(←童顔)警戒心の欠片も無さげな、くしゃっと崩れるような全開の笑顔だ。これで八割方相手の警戒心はほどける。こちらが警戒心を無くせば(無くすとは言ってない)、相手も懐を開くものというのが文治の持論だ。

「じゃあさ、そっちのおねーさんでもいいよ」

 と話を振った相手は、職人の女房風の若い女だった。

「な、な、な、なんだいっ?」

  最初の威勢はどこへやら。文治の問いかけにどぎまぎと返した。ちなみに文治の方が年上だろうに、彼の童顔も相まってその甘えた口振りに違和感がない。

「いや、ね。この長屋に駒吉ってのが住んでるだろう? 家は何処だい?」

 職人の女房は文治の目的を知ると納得げにうなずき、文治の立ち位置よりも若干奥の―――井戸を右に曲がって二つ目の家を指し示した。

「あんがとね」

 語尾にハートが付きそうな笑顔で言い残すと文治はそちらへ体を向ける。

「言っとくけど、駒吉っつぁんは留守だよ」

 と声がかかる。どうやら文治に無駄足を踏ませないようにという気遣いを見せる程度には絆されてくれたらしい。さすが文治である。さすぶん

「えー、そうなんだぁ。困ったなぁ…」

 眉をへの字に下げ、頭をポリポリとかく文治。けっしてイケメンではないというのにこういうところはやけにかわいく見える。かわいく見えても結構いい歳なのだが、そうした雰囲気を微塵も感じさせない、警戒心を抱かせない辺りが食えない男である。さすぶん(二回目。大事なことなので)

「駒吉の奴に何の用だい―――おまえさんも借金取りかい?」

 別の女房が口を出した。若い女房は文治の笑顔に満更でもない顔をしている。

「…へえ、ってことは俺の他にも借金取りがよく来るのかい?」

 文治がもう一度若い方の女房に話しかける。

「そらそうよ。あの人、明けても暮れても博打だなんだとお(あし)が懐であったまる暇もないのよ? おっかない人たちがいつでも出たり入ったり、時には大声で……。おっかないったらないわ」

 と眉を潜める女房。答えたのは年嵩の方だ。ぐいと若い方を押し退ける。最初に文治が声をかけた少女はとっくの昔に井戸端での用を終えて、他の女たちに家に戻されていなくなってしまっていた。

「文治」

 ふと声がかかった。少し低めだが、よく通る声だ。

「―――いねえんだそうっすよ、どうしやす? ねーさん」

 くるりと振り向いた文治がわざとらしい伝法(でんぽう)(粗暴で無法な振るまいのこと)な口利きで応えた。文治のその言葉に軽く眉をしかめて近づいてきたのはとんでもなく美しい女、いや、雪之丞(性別=雪之丞)である。本日は粋でちょいとアダ(婀娜。色っぽい、艶かしい様子)な装いである。少し低めの声もそのコケティッシュな魅力に拍車をかけている。

 雪之丞の登場にその場の全員が度肝を抜かれたようにあんぐりと口を開けた。『ちょいとおみっちゃん、おみっちゃんたらっ!』そんな声をとともに家に引っ込んだはずの少女まで顔を出したので、その場の狼狽ぶりも窺い知れよう。

 ともかく(ひな)には(まれ)な、稀すぎるくらいの美女のご登場だ。美女の口から、

「……おやまあ……」

 屈託げに呟かれた台詞にも一々注目が集まる。彼女…ではない、彼ほどの役者となれば

存在感(オーラ)など出入り自由、取り出し自在の交通系ICカードと同じようなものである。

「~~~」

 近寄ってきた文治に顔を寄せ、小声で何やら話している。

「なあなあ、駒吉がいつ戻ってくるか知ってるかって?」

 これくらいの美女ともなると下々の女房風情などとは直接に口を利かないらしい。美女に見惚れてポーッとしていた女たちもム、と不満の表情を浮かべた。

 それと見てとったか、美女が彼女らに向かって直に口を開いた。

「ご存じであれば、どうぞ教えておくんなまし」

 口調がいつもの雪之丞(の女言葉)とは少々異なる。

 衝撃からいち早く立て直した一番年長らしい古女房がその雪之丞の言葉遣いに何か思うところがあったようで、

「ははーん、わかったよ―――あんたら付け馬だね?」

 付け馬、というのは女郎屋などの借金を取り立てる専門の取り立て屋である。雪之丞のことをどう思ったのやら、ニヤニヤと嫌らしい顔で見てくる。

「駒吉なんてあんなろくでもない男のどこがいいのやら、ハン!」

 と半笑いである。付け馬というものは借金をした本人にくっついて家まで金を取りに来るのが普通だ。それが女連れでここに来ている(しかも、女の方が大分偉そうである)ということは…と職人の女房は頭を働かせたらしい。雪之丞扮する色街の女(仮)が駒吉を忘れられずに付け馬を口実に家まで押し掛けてきた―――そういうことなのだろう、というのがこの女房の推理である(的はずれ、残念)。

「おや? 駒吉っつぁんの悪口ならよしておくんな」

 雪之丞がわざとらしいほどに蓮っ葉な物言いで口を挟んできた。その悪ノリにさらに乗った文治が『まあまあ』などと雪之丞をなだめるように押さえる。顔は半笑いだ。

「ねーさんもそちらさんもそう剣突(けんつく)食わせねえで―――そんで? 駒吉はどこ行っちまったんだい? それさえ聞けたらすぐに帰ぇるから教えてくんねえな」

 文治の言葉に一応は双方ともに矛を納める。

「どこに行っちまったかなんて知るもんかね。ここんとこ何日も姿なんて見てやしないよ。あんたたちはどうだい?」

 基本的には人が善いのであろう。周りにも声をかけ教えてくれるらしい。周りの女たちも口々に知らぬ存ぜぬと返してくる。

「あのさぁ…」

 雪之丞と文治が顔を見合わせたところに一人の女房が口を挟んでくる。最初に文治が声をかけた少女をいち早く背に庇ってさっさと家に戻してしまった女だ。

「冗談口じゃなくほんとに。あんな男に入れあげるなんて、あんたがバカを見るだけだよ。よしといた方がいいよ」

 よっぽどのお人好しと見える。

「今だって絶対にありゃ女のところにでもシケこんでるのさ」

「……こちらにもよく女が来るのでありんすか?」

 美女は悋気を起こしたように表情を固くした。

「ああ、山程ね。あの駒吉(バカ)はいっぱしの色事師を気取っているからね。女同士がかち合ったって平気な顔で笑っていやがるのさ」

 駒吉の隣に住むという女房の話によると、あの男、朝から晩までお盛んであるらしい。訪ねてくる女も商売女から素人娘まで幅広く―――その中にはどうやらおちよも含まれているようだった。微に入り細に入り話を聞き取った(中には割りとえげつない話まであった、裏長屋の壁はペラペラなので筒抜けである。ちなみにおちよではなかった)雪之丞は、

「……そんな!」

 と綺麗な着物(ベベ)(たもと)で顔を覆ってしまった。分かりやすいほどのショックを表した美女はヨロヨロと(きびす)を返し、

「文治、文治……あちきは店に戻るでありんす……」

 小さな声で言いおき、その場を後にした。

 後ろ姿を見送った女たちはやれやれといったように大袈裟なため息を吐いた後、大きな笑い声を弾けさせた。

「いやはや、よくもまあ駒吉の奴、あんなイイ女をオトせたもんさ」

「まったく! あの別嬪(べっぴん)は何をどう間違ってあんなのにひっかかっちまったのかねぇ」

 ワイワイと実にかまびすしい。美女が去ってようやく本来の井戸端(日常)に戻ったのだろう。

「あの…」

 そこへ掛けられた文治の声に、女房たちは飛び上がるくらい驚いた。

「うわぁっ! なんだい、おまえさん、何でまだそこにいるんさね!」

「―――駒吉、金を払えそうな感じですかねぇ。うちの店だけでも相当なもんで……。いえね、実のところ駒吉の飲み代はあのお人(雪之丞)が肩代わりしてくださろうって話だったんですが、なんかもう払ってくれなそうじゃねえですか。だったら駒吉に払ってもらうしかねえわけで―――」

 女たちは互いに顔を見合わせ、申し訳なさそうな顔で文治に向き直った。

「あれ、すまないねえ。おまえさんの商売の邪魔になっちまったかい?」

「駒吉は逆さに振ったって金なんぞ出てきやしないよ、あたしらと一緒でねっ」

 そろって大爆笑。その様子からして大して悪いとも思っていないらしい。もっともゲラゲラ笑っている中には文治も含まれていたので、悪びれる者などいるわけもない。

「いや、マジマジ。ほら、さっき別の借金取りも来てるって言ってただろ? だからどうなのかと思ってよぉ」

「ああ、あれねえ。よく知らないんだけど、おっかないアンちゃんたちが金が払えないんだったら簀巻(すま)きにして大川(隅田川の下流域)放り込むぞ!とかなんとか、怒鳴ってたのよぉ。ホントおっかないったら…」

「ああ、あれねえ。借金取りってか戸塚の長吉親分のとこの若けぇしよ、アレ。うちの宿六(やどろく)(夫のこと、”宿のろくでなし”を語源とするどっちかというと悪口)も博打をやるから。ちょっと揉めたことあるんで知ってるわ」

 戸塚の長吉というのはこの辺りを縄張りとしている地廻り(この場合はヤクザ・ならず者と同義)で、賭博場を仕切ったり金貸しをしたり香具師(やし)の元締めのようなことまで色々と手広くやっている男だ。

「―――へえ………戸塚の長吉親分かぁ。じゃあ、うちの取り分は残らねえかなぁ」

 文治がため息をつくと、

「…おまえさんも大変だねえ。駒吉みたいなおけら(文無し)の付け馬だの、花魁(おいらん)のわがままだのに付き合わされたりしてさ」

 雪之丞はすっかり花魁認定である。

「―――いや、いいんだ。駒吉みてえなどうしようもねえスケこましのろくでなしのヒモなんぞにさっさと愛想つかしてくれたんなら―――オレのネーサンには早く目ぇ覚ましてほしかったから、さ」

 文治の悪ノリはまだ継続中だったようでわざと少し赤らめた頬をポリポリと掻きながら呟いた。もちろん文治がいくら童顔だったとしても雪之丞の年下ということはない、この場合は意味深な方である。文治のその言葉は大分小声ではあったものの、聞き逃さなかった女たちは『あらっ~!!』と色めき立った。




 さて、その後は文治の独壇場である。井戸端会議になんの違和感もなくしれっと混ざりこんで聞きたいことをすべて聞いてきた文治は、ほくほくで家路へと着いたのである。




( ゜∀゜)人(゜∀゜ )オヒサー

亀更新、どころかミジンコ更新です。

ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?

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