表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンガー  作者: 音川凜音
1/1

OLの話

【プロローグ】

 生きることが難しい世の中だから、人は悩み、もがき、苦しむのでしょう。

そんなときは、こんな音楽を

 「朔坂―できたかー?」

竹内部長の声で我に返る。

 「すみません。もう少しかかります」

 「その書類作るのに何時間かかってんだよ。俺なら2時間あれば完璧にこなせるけどな。お前はとろくさいんだよ。何をやっても鈍くさいし。パソコンもまともに使えねえんじゃこの仕事辞めた方がいいんじゃねぇの?」

 「すみません」

 「謝ればいいと思ってんだろ。そんなんだからゆとり世代は困るんだよ。お前の資料ができないと俺の仕事にも影響する。俺に迷惑かけてんのわかる?次のプレゼンで失敗したら、お前の資料のせいだからな」

そう言って竹内部長は喫煙所に消えていった。

 「はぁ…」

こんなはずじゃなかった。そう思い、思わずため息を吐く。

 私は朔坂沙織。滑舌が良い人じゃなけば絶対に噛んでしまうような名前である。都内の国立大学を3月に卒業したが、就職氷河期とも呼ばれるこの時代、私を採用する会社なんてなくて、やっとの思いで採用を勝ち取ったこの会社はとてもブラックだった。


 「はぁ…」

本日もう何度目かわからないため息を吐いて会社を後にする。終電まで残業し、始発で出勤して仕事をする。全てサービスで。残業だけじゃないから、私はサービス時間外労働である。ふと何気なくSNSをみれば大学の同期のキラキラした写真が溢れていて嫌になってくる。こんな職場で働いてるのすらも恥ずかしくて、私の投稿は3月に瑠々と行った卒業旅行の投稿で止まっている。投稿する内容もないのだけれど。


「朔坂―。まだ終わんないのか?」

 「すみません」

 「だから、謝るくらいなら仕事終わらせてくれないと。仕事できないなら生きる価値もないよな」

 そこまで言う?という言葉を飲み込んで私はまた謝罪の言葉を口にする。私は生きてていいのだろうか。竹内部長にここまで言われても、他の社員も誰も助けてくれない。死んだ方が楽なのではないだろうか。


 「はぁ…。なんで生きてんだろ…」

 今日は竹内部長と外回りの営業に同行してそのまま直帰できることにはなったけど、明日また竹内にみっちり叱られるのだと思うととても気が重かった。

 「はぁ…」

もう人生何度目かわからないため息を吐くと、遠くからギターの音が聞こえてきた。その音に引き寄せられるようにして、私は知らないお店の前にいた。

 『もういっそ死んでもいいかなって

思ったりしてみる

もう疲れたよって

嘆いてみたりして』

 小さい女の子が歌っていた。ギターを担いでいるのか、ギターに担がれているのか。そのくらいの小さい女の子が歌っていた。

その子は歌い終わると、そそくさとギターを片付け、お店の中に消えていった。

 

「根無し草…?」

私はその女の子が消えていったお店の名前を呟いた。

こんなお店あっただろうか…?

ふと気になり、お店のドアを開けた。

 「いらっしゃいませ」

そこにいたのは、端正な顔つきの男の人だった。

 「あれ、初めましてだよね?このお店。ようこそ、根無し草へ」

 「あ…どうも…」

初めてのお店でここまで話しかけられると、おどおどしてしまう。ましてや相手は若いイケメンなのだ。

 「すごい迷い込んだ感じじゃん。いいよーこっちおいでー」

そう言ってカウンターの端の席を指さした。

 「んで?どうしたの?」

質問の意味が分からず、何も答えないでいると、うちは何か悩んでる人、生き詰まっている人が多く来るからさ、と男の人は続けた。

 「あの、さっき…女の子がここに入っていったから…」

 「あーシンガーに連れられてきたのね。納得―」

 「シンガー?」

 「あなたが連れられた女の子の名前っていうのかな。あの子名前呼ばれるの好きじゃないから、俺はシンガーって呼んでるの。あ、俺の名前は麦ね。一応名刺渡しておくね」

そういって差し出された名刺を受け取る。

 「んで?生き詰まってるんだ?」

この人なんか嫌だ。目が合うとなんか吸い込まれそうで。それでいて隠し事ができない、すべてを見透かしてる目をしている。いいところで引きあげて帰ろう、そう思ったとき、目の前にリンゴジュースが差し出された。

 「あの…」

 「頼んでない、そう言いたいんでしょ?そしてあの女の子がいないから、そろそろ帰ろうとしてる。ここまではあってる?」

何も言わず頷く。

 「うん、わかってた。でも俺、あなたをこのまま帰したくないんだよね。だって今日の歌が心に残ったんでしょ?迷ってるんじゃない?このままでいいのか、どうしたらいいのか」

なんでそこまで見抜かれてるんだろう…そう思いながら頷く。

 「俺、人の心を読む元プロだから」

そう言って麦さんは笑った。そして店の奥へ引っ込んでいった。

 

数分経って麦さんは戻ってきた。あの女の子を連れて。服装は違っていたが、あの子だ、と心が反応するところがあった。ショートカットの髪形もそうだし、なにより切れ長の一重の目には人を拒むような雰囲気があった。

 「ほれ、うちのシンガーちゃん。このお姉さんが今日の歌良くて根無し草に入ってきちゃったんだよ」

シンガーと呼ばれたさっきの女の子はペコリと頭を下げた。

 「ね、ちゃんといるでしょ?」

 「はい…」

 「んで?何に行き詰って人生に生き詰まってるの?」

麦さんがそう聞くと、シンガーと呼ばれた女の子と目があった。何か言葉を発するような雰囲気ではないが、無言の中に話を進めてほしいというような目をしていた。連れてこられた時のような人を拒むような目ではなかった。

 「私…あ、朔坂沙織っていうんですけど。今22歳で。今年大学を卒業して就職をしたんです。一応国立大学を卒業したんですけど、この就職氷河期に就職先なんかなくって。今の会社も何回も不採用をもらった中で唯一私を採用してくれた会社で。でも、部長とうまくやれてなくて…自分の存在価値ってなんだろうって。両親はまだ生きてるけど、死んで悲しむのはそのくらいだろうし…って思っちゃったんですよね」

初対面の人たちに何を話しているんだろうと馬鹿らしくなって自分の言葉に嘲笑する。それでも麦さんもシンガーも笑わなかった。

 「んで?生きるか死ぬかって迷ってたんだ?」

麦さんがそう問いかけてくる。

「まぁそんな感じですね」

「俺もシンガーも沙織ちゃんに生きろとも死ねとも言わないよ。でもこれも何かの縁。来週またお店においで。ここはお昼は喫茶店で夜はバーをやってるからいつでも開いてるし。時間内に来れなさそうなら、俺の名刺に電話番号書いてあるからそこに電話してね。また待ってるよ」

そう言われ、ふと時間を確認すると、もうすぐ終電の時間になっていた。私は慌てて財布を出す。

「はい、帰ってー」

「リンゴジュースのお金」

「それは俺が勝手に出しただけ。沙織ちゃん頼んでないでしょ?そんなもの請求できないから。はい、早く帰ってー」

「すみません。ありがとうございます」

そう言って私は店を出た。麦さんの不器用で強引な優しさを思い出してちょっと笑顔になる。その日、私は少しだけ早く眠った。


 ~幕間~

沙織が帰ったあとの根無し草にて。

 「音羽があんな目をするなんて珍しいじゃん。昔の自分と被るところがあったんじゃない?」

シンガーと呼ばれていた子が頷く。

 「いいんだよ?俺の前では喋ってさ。今日は接客もしたから疲れたでしょ?早く寝な?」

音羽は頷いて、店の奥に引っ込んでいった。


~~~~~


根無し草に行ってから一週間がたった。その一週間も竹内部長は相変わらずだったけど、私は少し変わったと思う。瑠々や大学の同期のSNSを見ても以前よりは劣等感のような気持にならなくなった。そうして私は約束通り根無し草を訪れていた。

「いらっしゃい。あ、沙織ちゃん来てくれたんだね。そこに座って」

そう麦さんに言われ、前回と同じ位置を勧められる。

 「あれからどう?」

 「どう…と言われましても、変わらないです。部長とは相変わらずうまくやれてないです。でも友達とかのSNSとかは見れるようになりました。ここに来る前は、なんか…そのキラキラした生活とか、そういう世界とか。なんか私のいる世界とは違う気がして、劣等感っていうんですかね。見れなかったんですけど」

 「そかそか」

そう言って麦さんはなぜか嬉しそうに微笑んだ。そこで私はまだ何も注文していないことに気がついた。

 「あ、すいません。リンゴジュースお願いします」

 「はーい」

そう返事して、麦さんが店の奥に引っ込んでいった。

しばらくして出てきたのは、麦さんではなく、シンガーの女の子であった。

そして何も言わず私に一通の封筒を差し出した。私がそれを受け取ると、ペコリと頭を下げ、店の奥に引っ込んでいき、入れ違いに麦さんがリンゴジュースを持ってきた。

 「はい、リンゴジュース」

 「あの…これ…」

 「それを受け取ってもらいたくて、来てって呼んだんだよね。シンガーちゃん直筆のお手紙」

 そうなのか、と納得する。また来てねではなく、来週と指定された理由もなんとなくわかった気がした。

 「それは家帰ってから読んでね。ここで読まれても、その間俺暇だから」

そう言って麦さんは笑った。その後はなんでもない話をして、今日はしっかりリンゴジュースの代金を支払い家に帰った。そして手紙を読んだ。


手紙をもらった一か月後。

 「お世話になりました」

私は仕事を辞めた。その帰り道、久しぶりに瑠々に電話した。

『もしもし?沙織?元気してる?』

 「瑠々―。今時間大丈夫?」

 『大丈夫じゃなくても沙織の電話は何時間でも付き合うよ』

 「今度ご飯に行かない?」

 『なに改まって。すぐ行くよ。いつ会いてんの?』

 「ありがとう」


Fin


 ~手紙~

さおりさん、先日はどうもありがとうございました。あの日歌っていた歌はせいという曲で、私が人生に迷ったとき、悩んでいた時に作った曲です。それがさおりさんの心に残ったみたいで私は嬉しかったです。ありがとうございます。

私は「死にたい」という気持ちを認めていますが推進はしていません。この曲も最後は前向きな歌詞です。あなたにはもっと輝ける場所があるのではないかと思います。生きやすい場所があると私は思います。決めるのはあなた自身です。

最後に生の歌詞を同封します。あなたの良き道標になりますように。

 

~ 生 ~


人生迷路で迷子になって 

何処に向かっても生き止まり

生きるか死ぬか、白か黒かの 

瀬戸際で宙ぶらりん


もういっそ死んでもいいかなって

思ったりしてみる

もう疲れたよって嘆いてみたりして


死にたいと口に出して 

そんな簡単に死ねないと気づく

生きることと同じくらい 

死ぬことも難しい


思考回路の無限ループで 

何故生きるのかを問い出して

生きるか死ぬか、白か黒かの 

真ん中で右往左往


もう少し生きてみようかって 

思ったりしてみる

まだ頑張れるって 叫んでみました


生きたいと口に出して 

弱虫な自分がまた顔をだす

死ぬことと同じくらい 生きることも辛くて


生きたいと思いながらも 

死にたいと思って

自分の本心がわからないまま 

今日をフラフラ歩いていて

死ぬ覚悟が出来るまで 

生きていこうと思ったのです


生きたいと口にだして 

弱虫な自分がまた顔をだす

それでもいいの私は 

生きていくと決めたから



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ