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始まりの日

幼い美姫が男とはじめて会った日。


幼稚園に通う美姫は白い猫と出会う。

呼ばれた声に引き寄せられ、男と出会う。


「思い出して」


夢の中で1人小さな女の子が泣いていた。

横たわっている人らしきものの横に座って、

わんわんと声を上げて泣いている。


ピピピ

アラーム音が鳴り響く中、1人の少女は目を覚ました。

顔に手を当てると、涙が出ていたようだ。


何があったんだろう。


そのシーンばかりがリアルで、他を覚えていない。

誰か死んだんだろうか?

大切な人だったんだろうか?


しかし、家族はみんな元気で、未来そうなりそうな

感じではない。


過去、かな?


幼い頃はよく思い出せないのだが。

何かを思い出して欲しいんだろうか。


「おはよ、姫」

体をベッドから起こすと、見慣れた顔が覗き込む。

ビクッと体を震わせ、逆さに浮かんでいるこの男には、今だに警戒してしまう。


私の名前は岡田美姫。

そばで浮いているこの男の名はカイル。

この男が人がどうかは、怪しい。

得体の知れないふわふわした体が、本当に生きているのか聞いてみたいところだ。


この男と出会ったのは、いつだったのか。


家の玄関に出ると、ニャーと猫が泣く。

白くて少しぽっちゃりとしている猫が、

足元にいた。

小さな女の子は座って猫に手を伸ばし、

「怖くないよ」と背中を優しく撫でた。


野良猫は人に触らせてもらえる事は、滅多にない。

人が好きなんだろうか。

不思議な雰囲気のしたこの白い猫は、

目の色が片眼ずつ違っていた。

オッドアイ。

綺麗なその眼に、惹きつけられるようだった。


「美姫、幼稚園行くよ!」

「はぁい」


母の声に返事をしながら立ち上がり、

足元をみると猫はもういなかった。


幼稚園に行くと、先生達が迎えてくれる。

園の入り口を通ると、またそこに白い猫がいた。

目の前を歩いていく猫に、同じ猫かと確かめたいが、そんな時間はなかった。


時間はあっという間に過ぎて、先生達は帰りの準備をしていた。

母も迎えに来て、「さようなら」と挨拶をする。

帰り道、母は友人に会い、話が弾んでいた。

どうやら、時間が長くなりそうだ。


「こっちにおいで」


ふと、誰かの声が聞こえた。

耳には聞こえているのだが、その声の主が見当たらない。


誰が呼んでいるんだろう。


呼ばれた方に、ふらふらと歩いて行った。


幼稚園の裏には竹林があり、過ぎていくと

大きな川が流れていた。

太陽の光が温かく、川がキラキラと輝いていた。

穏やかに流れる川を、覗き込む。

魚が気持ち良さそうに泳いでいる。


「やぁ」


声をかけられて振り返ると、そばに男が立っていた。

人が寄ってきた気配もなく、いつの間に立っていたんだろうか。


「誰、おじさん」


母の知り合いだろうか。

心臓がドクドクと、激しく波打つ。


「おじさんはひどいよ、僕まだ20代なんだけどな」


頭をポリポリとかきながら、拗ねた顔をする。

小さい女の子から見ると、身体の大きい男の人は

みんな、おじさんだ。


「ここで何をしてるの?」


おじさんに聞いてみるが、

それは君でしょ?と返されてしまった。


なんでここに来たんだろう。


不思議に思っていると、白い猫が川に浮かんで

流れてくる。

溺れたのか、すでに息耐えているようだった。

「あっ」声にならない悲鳴を上げて、

川に近寄って手を伸ばすが、

猫の体に届かない。


流れていく姿を見て、何も出来ない自分が悔しくて、涙が溢れた。

大人だったら、手が届いていたかもしれない。

川に入る事も出来たかもしれない。


「あれを助けたいの?」


おじさんは後ろから声をかけて、アレと呼ぶものを指差した。

コクリと頷くと、猫のいる方に手をかざす。

くるりと手を回し、

パチン

と指がなると、猫の体が浮かび上がる。


猫の死体は川岸にゆっくりと降ろされた。


「なんで死んでるのに、助けるんだろうね」


おじさんは不思議そうに首をかしげる。

少女は猫のそばにかけより、体をそっと撫でた。


「苦しかったよね、もう大丈夫よ」


大きな一粒の涙を流すと、猫がふわりと浮かび上がり、空へと帰っていく。


ありがとう

猫の声が聞こえた。

それは、嬉しそうだった。


おじさんはそれを見ながら、ニヤニヤしている。

顎に手を当てて、うんうんと頷いているようだった。

「この子、苦労するな」

ポツリとその少女に聞こえないように呟く。


少女は涙を腕で拭い、立ち上がった。

「ありがとう、それって魔法なの?」


そんな事が出来たなら、助けてあげれたのだろうか。魔法があれば、私が強かったなら。


強くなりたい。


少女の目にはキラリと強い光が

宿っているようだった。


おじさんは少女に手をかざして、

パチンと指を鳴らす。


少女は崩れ落ちて、眠っていた。


「悲しい事は忘れて。僕とはまた会えるから」


気がつくと、川岸に倒れ込んでいた。

暖かく日差しが包んでくれている。

ここで気持ち良くて、寝てしまったんだろうか。


「美姫、どこにいるの?帰るわよ!」


大きな声で母が呼んでいる。

急いで母の元へと走っていく少女に、

後ろの方で男は「またね」と手を振った。


ニャア


家の玄関で猫が鳴く。

茶色の猫が足元で擦り寄ってくる。

少女は背中を撫でながら、さみしい気持ち

を味わっていた。



白い猫が引き寄せた運命。

猫の死と向き合い、強くなりたいと望む美姫に

男は忘れるように魔法をかけた。


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