野生の猫耳娘が転校してきた!
やせい の ねこみみむすめ が てんこう してきた!
*最初の一文と最後の一文を修正しました。
俺、沢尻秀樹が通う高校にショッキングな出来事が起こった。変わった転校生が現れたのだ。
「はじめまして。転校生の花巻莉愛です。よろしくお願いいたします」
とてもとてもとってもかわいい少女であることには間違いないのだが、クラスのみんなは色めき立つどころか、むしろ茫然と口を開けて転校生少女のことを見ていた。俺も口を半開きにしている。
「じゃあ、花巻は沢尻の隣の席を使ってくれ」
どこか諦めているかのような表情を浮かべる担任の言葉に転校生少女は「はーい」と返事をする。相変わらず俺たちは口を開きっぱなしだったが、そんな俺たちのことなど気にも留めず、転校生少女は耳をぴょこぴょこさせながら俺の隣の席に座ろうとした。
好奇心がわいたというわけではない。単に理解不能だったのだ。気になったというよりも、あまりの不可解さを解消したくて、手を伸ばし、“それ”を掴んだ。
彼女のスカートの裾から伸びる黒い尻尾を。
「にぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!」
女の子の悲鳴と同時に痛みを伴いながら俺の視界は暗転した。
*****
俺の隣に座る転校生少女はクラスメイトの女の子たちに囲まれて楽しそうに会話している。そしてクラスの男どもはそんな彼女に向って涙を流して拝んでいた。
「猛者だよ……。おまえは猛者だ……」
一部の友人たちは俺の頬を見ながらそんなことを言ってくる。友人たちの目に映る俺の頬にはきっと赤い手形がついているに違いない。
「いや。気になるじゃん」
そう返す俺の言葉に、クラスの女子たちから侮蔑のこもった視線を向けられた。友人たちからも「だからって掴まねえよ」と言われてしまう。ああ……、人間ってこうやって孤立してくんだなぁ……。
女子からの視線が突き刺さって痛い思いをしている俺のことなど気にも留めないように、猫耳with尻尾姿の転校生少女、花巻莉愛は楽しそうに会話を続けていた。
*****
昼休み、俺は登校中にコンビニで買ってきたゼリー飲料を飲んで時間を潰していた。
「むむむ?そこの変態さんよ!それだけでは足りないのではないかね?」
なんか作ったような口調で声をかけられた。「変態」という言葉は正直認めたくなかったが、今朝の事故ゆえに否定することができず、声の主に顔を向けた。目の前には耳と尻尾をぴょこぴょことさせる莉愛が居た。
「悪い?」
「ん~。食べ盛りの男の子にしては少なすぎるんじゃないかなぁって」
「ご飯食べるとお腹壊すんだ」
「……それ、生物として致命的じゃない?」
呆れたように言う莉愛。余計なお世話じゃいと内心思った。
「俺のことはいいよ。聞いていいか?その尻尾、本物?」
「むむ?引っ張っておきながらまだ偽物だと申すか!」
「あれは不可抗力だ」
「故意を不可抗力って言う人、君が初めてだよ……」
呆れた表情を浮かべながらも、「ちゃんと動いてるでしょ?」と尻尾を横にフリフリと振って見せた。
「こんなこともできるんだよ!」
そう言って、莉愛は俺の右手に持っていたゼリー飲料に尻尾を伸ばしてするりと奪い取って見せた。
「ふふん!本物じゃなきゃこういうこと出来ないでしょ!」
そう言って見せる莉愛。そんな彼女を周囲の女子は「キャー」とか「ちょっと莉愛さん!?」と口に出し、男どもは「おお!女神よ……」と祈りを捧げ始めた。そんなクラスの喧騒に気づかず、ない胸を張ってドヤ顔を続ける莉愛に俺は指摘をしてやった。
「そんな風に尻尾動かしたら水色のパンツが見えるぞ」
莉愛は最初何を言っているのか分かっていなかったみたいだが、みるみると顔を赤くさせた。
そして再び俺の視界は暗転した。昼間でもお星さまって見えるんだなぁ……。
*****
古今東西、漫画で書かれている習わしとして、転校初日は引っ張りだこにあうというものがあるが、莉愛はまさにそれにはまっていた。放課後になってもクラスメイト、さらには他のクラスや別の学年の人たちにまで囲まれ、あれやこれやと聞かれている。主に耳と尻尾のことを。
最初は楽しそうに話していた莉愛も、さすがに放課後遅くまでとなると疲れが溜まるらしい。若干困った表情を浮かんでいるのが見て取れた。時々莉愛が助け船を求めるように視線を俺に向けてくる。
こんな時、漫画のイケメン主人公ならば、さっそうと彼女たちの輪に入って何かしら言って、莉愛を解放してあげるに違いない。
しかし生憎と俺はそれができなかった。
先月、英語と数学と古文の課題提出の〆切があったのだが、俺はそれらに一切手を付けずに放置した。〆切後、先生たちから何度も提出の催促が来たが、面倒くさがって無視をし続けた。その結果しびれを切らせた担任に呼び出され、今日居残りで全部やるように命じられてしまった。
三科目分全部やらなくてはいけないので、莉愛に構う暇などなかった。
こうして、俺たちはそれぞれの理由で放課後拘束されてしまい、やっとの思いで解放されたころにはお互い疲れ果てていた。
「君と一緒にしないで欲しいな。私は別に怠慢が理由で疲れてるわけじゃないんだから」
莉愛の鋭い一言に返す言葉もなかった。
お互い下校のタイミングが重なったので、成り行きでそのまま一緒に帰ることにした。
「おまえ、どこ住んでるんだ?」と帰り道尋ねると、「こっちだよ!」と手招きで案内される。言われるがままついて行くと、なぜか近くの公園の中へと足を踏み入れていった。ずんずんと前に進む彼女の後を追いかけると、ベンチの横にある少し大きめの段ボールの中に彼女は入り込んでニコニコと俺に顔を向けた。
「ここが私の家なんだ!」
絶句した。
「いやいや、冗談だろ?」
「むむむ?冗談じゃないよ!前はあそこの赤い屋根の家に住んでたんだけど、その家のおばちゃんから『新しいご主人様に拾われてね』って言われてここに引っ越してきたんだから!」
捨て猫じゃねえか。
「拾ってくれるご主人様には出会えたか?」
「三日たったけどまだだね」
「捨てられたの結構最近じゃねえか。てか昨日おととい雨だっただろ。どうやって過ごしたんだよ?」
「捨てられたんじゃないよ!引っ越したんだよ!」となぜかそこに突っかかるが、質問にはちゃんと答えてくれた。
「雨降ったときは段ボールをひっくり返して頭からかぶってたね。おなかがすいたときは、近くを通りかかった子供が持ってるお菓子とか、おっちゃんが手にしてた肉まんとか奪って食べてたけど」
人間の姿でそう言われると、追いはぎをやっているようにしか聞こえなかった。いや、実際に追いはぎかもしれん。昨日町内会からひったくりの注意喚起が出されていたことを思い出した。
「おまえ、今日もここで暮らすのか?」
「うん!新しいおうちが決まるまで!」
「……だったら俺の家に暮らすか?」
その言葉は決して親切心とか同情心とか彼女を不憫に思ったとかそういった理由で出たわけじゃなかった。同級生の人型少女が段ボールハウスで過ごしているところを見るのは流石に精神衛生上よろしくなかったからだ。もし俺が彼女をほったらかしにして帰り、その様子を同級生たちから見られていたら、間違いなく薄情者とのそしりを受けるだろう。俺が原因じゃないところを責められるのはさすがに堪える。
そういうわけで、自分の保身のために提案してみたのだが、そうとは知らない莉愛はぴょこんと耳を動かし、尻尾をフリフリさせて「いいの!?」と聞いてきた。
「ああ。まあ、親父とおふくろに説明するのは大変そうだが、さすがに家無し娘を放置するほどは薄情じゃねえだろ。多分……」
俺の言葉に莉愛は「やったー!」と喜び、俺に向き直る。
「これからよろしくね!ご主人様!」
*****
ジリリリリ。と目覚まし時計の音が鳴り響いた。俺は目をこすりながら、リビングにおり、朝食を済ませ、制服に着替えて家を出た。家の前には一人の少女が立っている。
「おはようございます。先輩」
隣の家に住む一学年下の幼馴染だった。
「無理に先輩って言わなくっていいぞ、莉愛」
そう言いながら、俺は思わず莉愛の頭を見てしまう。
「?どうかしましたか先輩?私の頭に何かついてます?」
莉愛は俺の視線を気にして、左手で自分の頭を触る。
「いや、変な夢を見てな。おまえが猫耳と尻尾つけて俺のクラスに転校してきたんだよ」
「私が猫耳と尻尾をつけてですか……」
莉愛は暫く考え込むそぶりをする。
「夢はその人が無意識のうちに抱いているものを見せるって言いますから……。まさか先輩」
莉愛は顔を引き攣らせ、一歩下がりながら言い放った。
「私の事そんな風に見てたんですね。変態」
「やかましいわ。別に無意識のうちにそう抱いてるとは限らねえだろ?昔じゃあ、相手に対する思いが強いときに相手の夢の中に自分が出るって言われてたじゃねえか。もしかするとおまえの猫耳姿で俺の前に出たいって願望が俺にそういう夢を見せたのかもしれねえだろ?」
「古文赤点のくせに、屁理屈いうときはそういう知識ひけらかしますよね」
「だからやかましいっての」
そう言いながら俺たちは朝の通学路を一緒に歩きだす。
「でもまあ、考えていることが夢に出る場合でも、思っていることが相手の夢に現れる場合でも、あまり差はない気がしますけどね」
「は?どういうことだ?」
「実は私が今日見た夢に先輩が出てたんですよ。これってどういうことなんですかね?」
いたずらを思いついた子供のような顔を浮かべて莉愛は俺の顔を覗き込む。そんな彼女の言葉の意味を理解して俺は顔を赤くしてしまった。
「馬鹿なこと言ってんじゃねえよ!さっさと行くぞ!」
俺は恥ずかしさを誤魔化そうとずんずんと彼女を置いて先に行った。
莉愛に背中を見せたその一瞬、彼女からピョコリと何かが動いていたのを俺は気づくことができなかった。