超法規的措置
「超法規的措置……? 自分にですか?」
「な、何を考えてるんですか!? 所長!?」
「ツッ君。悪いんだけど、今は私に話させてもらえないかな?」
姉村所長が突如提案したのは、ラルフルに超法規的措置を施し、罪を軽くするという内容だった。
あまりに突飛すぎて話についていけない。そもそも超法規的措置なんて、そう簡単に使えるものではない。
政府関係者でもない俺達が、一体どうやってそんなものを使うというのだろうか?
「ラルフル君。君は確かに連続殺人という大罪を犯した。日本の法案に従えば、死罪は免れない。だけど、君は世間的にはすでに戸籍も抹消されている。異界能力者による被害に遭って『すでに死んだ人間』である君に、通常通りの法律が適用されるとは思えない」
「……だから、自分が死罪になることも避けられると?」
「流石に無罪までは無理だろうね。だけど、それは私のコネで何とかしてみるよ」
俺の疑問など他所に、姉村所長はさらにラルフルへと提案を続ける。
所長の言い分は分かるが、そもそもが簡単な話ではない。
それでも所長は超法規的措置を使う手段が自らにあることを示唆している。
――ずっとはぐらかされていた所長の秘密だが、もしかするとそれも本人の言うコネにあるのだろうか?
「……ミス姉村の話は理解しました。ですが、自分には必要ありません」
そんな姉村所長の提案だったが、ラルフルはあっさりと跳ねのけてしまった。
「自分の目的は異界能力者の皆殺しです。そのためならば、すべてが終わった後に、自分は死罪だって喜んで受け入れます」
「そんなことを続けてても、君のお姉さんは納得しないよ? お姉さんの目が覚めた時、君はどういう顔で会うつもりなの?」
「どういう顔で会うつもりも何も、姉さんと目が覚めた状態で会うことなど、もう二度とありません。米軍関係の医師の話でも、姉さんが目覚める見込みはありません。たとえ目が覚めたとしても、自分に会わせる顔は現時点でもうありません」
ラルフルは相変わらず睨むような目つきのまま、自らの考えを述べてくる。
確かにラルフルは異界能力者のせいで復讐心にとりつかれはしたが、これまで異界能力者を何人も殺してきた大量殺人鬼であることは事実だ。
そんな奴にまっとうな結末など訪れないことは、ラルフル自身が理解している。
――それでも、俺は心の中で解せないものがある。
「なあ、ラルフル。俺も異界能力者に家族を奪われた身だ。だから、あんたがそう考えるのも理解できる。だけどよ、こんなことを続けてたら、眠ったままのお姉さん――家族はそのことを知らなくても、いい気はしないだろ?」
「家族がどうこうとおっしゃるのならば、それは自分が殺した異界能力者にも同じことです。彼らにも家族がいたことぐらい、自分も理解しています。自分の存在だって、その家族からすればいい気はしないでしょう?」
俺もラルフルに超法規的措置への理解を示すが、それさえも跳ねのけられてしまった。
ラルフル自身も自らが殺した人間の家族については理解している。それを理解したうえで、連続殺人という凶行を続けている。
――こいつが自らの凶行を理解してなお続けるのは、やはり特務局によってその精神を大きく狂わされた影響と見える。
相手にも家族がいようとも、自身も含めた十人分の憎悪がラルフルの倫理観を狂わせている。
姉を植物状態にした恨みを抑えようにも、ラルフルの精神にブレーキはもう効かない。
――自らが壊れていることを理解し、壊れていようとも先に進むことはやめない。
あらゆる面で崩壊した人間性が、ラルフルの凶行を推し進めている。
「確かにラルフル君の言う通りだね。君自身が理解している通り、これまでの連続殺人は被害者の遺族から見ても、到底許されるものではないよ」
姉村所長もラルフルの言葉に理解を示し、どこか残念そうに顔を逸らす。
ラルフルの凶行を許すことはできないし、野放しにもできない。
超法規的措置という提案を受け入れられなかった以上、全ての事件が解決した後、ラルフルは法の裁きを受けるしかない。
「ただ私も思うんだけど、ラルフル君の精神って、完全に歯止めが利かないほど壊れてはいないと思うよ」
そうして俺も内心でラルフルの説得を諦めていると、姉村所長がさらに話を続けてきた。
「ラルフル君はこれまで『素行の悪い異界能力者』ばかりを狙ってたんだよね? それって多分、ラルフル君自身が内心で『善良な人間は殺したくない』って思ってたからじゃないかな?」
「先程も言いましたが、自分が素行の悪い異界能力者ばかりを狙っていたのは、そういう人間の情報を集めやすかったからです。別に異界能力者ならば、線引きせずに殺します」
「本当にそうなのかな? ラルフル君ぐらいの腕前があれば、異界能力者の素行など関係なく、片っ端から見つけ次第に殺せたと思うよ。現に白峰ちゃんのことだって『殺さないほうが都合がいい』なんて言ってたけど、内心では『悪い人間じゃないから殺したくない』とも思ってなかった?」
「…………」
姉村所長の話をラルフルと一緒に聞いていると、確かに俺も同じようなことを考えてしまう。
ラルフル自身は黙り込んでしまったが、こいつを捕えてから思うことは、連続殺人の衝動以外は特に何の変哲もない一般人ということだ。
ラルフルは連続殺人鬼ではあるが、決して快楽的な猟奇殺人鬼ではない。
ターゲットにした異界能力者を殺すにしても、その首を掻き切ることで一瞬で終わらせている。
白峰についても、結局ラルフルは自らの意志で殺さないと決めていた。
――ここから分かるのは、ラルフルの精神は完全に壊れたわけではないということ。
こいつにはまだ心のどこかで、押しとどめるべき一線がある。
「私が言った超法規的措置についても、今すぐ受け入れなくてもいいよ。でも君のお姉さんだって、眠りながらも弟のことを心配してるよ」
「……たとえそうだとしても、自分の目的は変わりません。いつの日か必ず、異界能力者を皆殺しにしてみせます」
ラルフルが姉村所長の提案を受け入れることはなく、結局はこれまでと同じく『異界能力者を皆殺しにする』とだけ口にしてきた。
その言葉がどこまで本心かは分からない。もしかすると、ラルフル自身も無意識のうちにターゲットを選んでいるのかもしれない。
――いくら異界能力者という異能を超える異常な殺人鬼であっても、俺はラルフルのわずかに残った良心を信じてみたくなる。




