再度のトラップ
俺が虹谷博士を誘き出すためのキャバ嬢をやると聞き、鬼島さんと西原さんと風崎刑事は唖然とした表情で固まってしまった。
この場では姉村所長だけが事情を知っており、今回は所長も余計な口は挟まないでいてくれる。
――虹谷博士の女性の好みは把握している。
以前、俺が特務局に潜入した時は、その好みに合わせて変装することで、目論見通りに虹谷博士を欺くことができた。
もう一度やるのは恥ずかしさもあるが、余計なワガママも言えない。
それでも恥ずかしさはあるので、姉村所長以外には直前まで事情を伏せて――
「キャバ嬢として潜入ですか? そういえば、以前に自分が特務局でミスター黒間に会った時も――」
「ラルフル、頼む。黙っててくれ」
――ただし、事情を知っている人間が姉村所長以外にいたのを懸念していた。
俺は余計なことを言おうとしたラルフルを睨み、強引に黙らせた。
拘束されているとはいえ、殺人鬼が相手でも俺の女装の件は黙っていてもらいたい。
ラルフルは別にビビることはなかったが、これ以上は面倒とでも思ったのか、追及してくることはなかった。
「……まあ、なんかしら手があるなら、そこは黒間に任せるわ。虹谷博士の方も今日キャバクラに来れば、とりあえず日付をまたぐまでは、酒とサービスで店に縛り付けとく。準備が整ったら連絡入れるから、黒間もウチの店まで来てくれや。……余計なことは聞かんとく」
鬼島さんも一連の俺の様子を見て、これ以上の言及は控えてくれたようだ。
俺達にキャバクラで虹谷博士を攫う手順についてのみ説明し、それ以上のことは言わないでくれた。
「今回は俺がいないほうがいいだろ。警察の方で虹谷博士の捜索が遅れるよう、なるべく小細工はしておく」
「風崎刑事もなんだかんだで、オレらに協力してくれて助かりまさぁ」
「……好きではやってねえからな? ラルフルを監禁してるのだって、警察官としては大問題だし、これ以上ヤクザと組んで動くのもごめんだ。誘拐の実行は専売特許のヤクザでやってくれ」
今回、風崎刑事はラルフルの時のように作戦に直接参加はせず、警察や特務局への根回しに回ってくれる。
現役警察官という風崎刑事の立場を考えると、政府とも繋がりのあるお偉いさんの誘拐には簡単に加担できない。
それでも、こうして協力してくれるのは助かる。
「ツッ君のメイクはキャバクラの専門スタイリストさんにお願いするね。大女優、黒間 次子の再来だね」
「『黒間 次子』って何ですか? 勝手に名前を決めないでください」
「でも、キャバ嬢として接客するなら、名前はやっぱり必要だよね。あっ、源氏名は次子でね」
「……やっぱり、もう勝手にしてください」
姉村所長からも女装の手筈を述べられ、勝手に源氏名まで決められてしまう。
少し不服ではあるが、やると決めた以上は余計なことを言わず、おとなしく従った方がよさそうだ。
――ともかく、これで次にやることは決まった。
後は早ければ今日の深夜に、虹谷博士の誘拐を決行するだけ――
「皆さんで盛り上がってるところ失礼しますが、自分のことはどうするつもりでしょうか?」
――だったのだが、肝心なことを忘れていた。
これまでの異界能力者連続殺人事件の犯人、ラルフルの身柄をどうするかが残っていた。
「皆さんで用事があるのでしたら、自分のことは解放していただけませんか?」
「するわけねえだろ。今はまだ警察にも引き渡せねえし、この後に虹谷博士の尋問をする時にも必要になる。それまではおとなしくしてろ」
「では、自分はこの倉庫に一人で拉致ということですね? それならそれで構いません。皆さんがいなくなったタイミングで、無理矢理にでも逃げ出します」
「……こいつ、嫌に態度が冷めてるな」
ラルフルの身柄はまだこちらにとっても必要だ。
まだ異界能力者の真相を突き止めていないのに、特務局へ渡る真似をするわけにもいかない。
風崎刑事もそれが分かっているので、ラルフルの無茶な要望も突き返している。
――それにしても、ラルフルの態度は俺から見ても異様に映る。
これほどまでの連続殺人を起こしていても、それらを日常の一部としか感じていない。
こういった態度も全て、特務局によって精神を滅茶苦茶にされた影響なのだろうが、俺はそこに恐ろしさと悲しさを覚えてしまう。
――精神年齢が止まっている異界能力者よりも、精神が狂ったこいつの方がよっぽど人間として壊れてしまっている。
「とりあえず、ラルフルの手錠の鍵は俺が預かっておく。これなら万一逃げられても、体の自由は効かねえだろ」
「それは構わへんのやが、どこに匿っとこか? オレらと一緒に連れてって、キャバクラの倉庫にでも連れ込んどくか?」
「鬼島のカシラぁ。流石にそいつぁ、護衛の異界能力者どもにバレるリスクが怖いでさぁ……」
肝心のラルフルの処遇についてだが、手錠の鍵はひとまず風崎刑事が預かってくれる。
それでも、どこにラルフルを匿うのかについての問題が付きまとう。
今から全員この場を離れるので、ここで一人だけにしておくのも不用心だ。
どこか俺達の目の届く範囲で匿える場所があればいいのだが――
「ねえ、みんな。ラルフル君を匿う場所について、私から一つ提案があるんだよね」
――そうやって全員が頭を悩ませていると、姉村所長が提案をしてきた。
こういう時、所長は色々と便利な動きをしてくれる。
これまでの通信眼鏡やハッキング用端末といった、役に立つとんでも道具然りだ。
そんな所長に対する信頼と期待を寄せ、その提案を聞いてみるのだが――
「私の事務所で匿っておくよ」
「……えぇ!?」




