わずかに掴んだ手掛かり
「黒間!? 無事だったか!?」
「風崎刑事……。無事とは言い難いですが、なんとかってところですね……」
異界能力者の殺人犯が逃げ出した後、風崎刑事が大勢の警官を引き連れて倉庫へとなだれ込んできた。
殺人犯は警官の包囲をものともしなかったようで、その影すらも目撃されていない。
俺が警官の手で殺人犯に殴られた怪我の手当てを受けていると、風崎刑事も心配して駆け寄ってきてくれた。
「手ひどくやられたみてえだな……。お前だって、第二世代の異界能力者を一蹴できるぐらいの拳法使いなのによ」
「俺の護身術レベルの拳法なんて、とてもじゃないですが歯が立ちませんよ。正直、命が助かっただけ儲けものです」
例の殺人犯に殴られた怪我だが、半端なく痛い。
俺もあの時は必死だったが、正直言って滅茶苦茶怖かった。
あの殺人犯は本当に『人を殺すこと』に慣れている。
それは異界能力者の能力のような脅威とかじゃなく、もっと俺の体に分かりやすく刻み込んでくる恐怖だ。
ナイフ一本であそこまで簡単に人を殺し、そのことを意にも介さない異常性。
俺に対しても素手で余裕とばかりに格闘戦を挑んできたが、あのままやっていたら俺は確実に負けていた。
――それどころか、殴り殺されていてもおかしくなかった。
「そうだ、風崎刑事。ここにもう一人、異界能力者の女の子がいたはずなんですが?」
「ああ、いるな。安心しろ。ちゃんと身柄は保護してる」
「あ、あの! さっきはその……ありがとうございます……」
そして俺がそもそも殺人犯に挑むことになった理由である異界能力者の女の子も、無事に保護されていた。
あの殺人犯の腕前は異常だから、逃げる間際に俺も気付かぬうちに襲っているのではないかと思って冷や冷やしたが、どこも怪我はしていないようだ。
あんなことがあったせいで怯えながらだが、俺に頭を下げて来てくれた。
「す、すみません……。わたし、異界能力者だからみんなを守らなきゃいけないのに、むしろ助けられちゃって……」
「ああ、気にしないでいいから。別に俺もたまたま居合わせただけだし、異界能力者の実力なんて信用してないから」
「は、はぁ……」
その女の子なのだが、かなり自信なさげに俺にお礼を言ってくる。
それ自体はありがたいし素直に受け取りたいのだが、どうにも俺はそっけなく言葉を返してしまう。
――この女の子だって、異界能力者だ。
別にこの子が悪くなくても、俺はどうしても拒絶してしまう。
「悪いな、お嬢ちゃん。こいつは異界能力者のことが嫌いでな。大目に見てやってくれ。……それよりも黒間。お前にも現場検証に同行してほしい」
「分かりました。傷は痛みますが、これも仕事ですからね」
そんな俺の様子を見た風崎刑事が、女の子に説明を入れながら俺を現場検証に誘ってきた。
女の子の方はというと、オドオドしながらその場に留まるばかり。こういう現場には慣れていないのだろう。
俺は手当てしてもらった包帯がズレないように確認しながら、風崎刑事の後をついていった。
「お前は犯行現場を見ていたわけだし、この二人にも見覚えがあるから余計な説明は不要だな。むしろ、こっちが教えてほしいぐらいだ」
「教えると言っても、犯行方法は死体の状況そのまんまですよ。一瞬で背後に回り込んで、ナイフで首をバッサリです。見ていて寒気がするぐらいの手際の良さでした……」
そして改めて殺された異界能力者の二人の死体を確認するのだが、今日の昼に見た死体と同じような状況だ。
何が起こったのか分からないほど一瞬で、抵抗する暇もなく首を切られて失血死。
俺も一部始終を見ていたが、それ以上の説明ができない。
それほど鮮やかな殺しの手口。それこそ、異界能力者よりも人間には見えないほど『人を殺す』ということに抵抗がなかった。
――今でもその光景を思い出すだけで、体から血の気が引いていく。
「まあ、目の前でいきなり人が殺されりゃ、誰だってビビるよな。犯人の特徴とかは分からねえか?」
「全身を黒いコートで覆ってて、顔も確認できませんでした。ただ、男ではあるみたいですね。それと『英語圏の人間』みたいなことも言ってました」
「犯人は外国人なのか? だがそれなら『異界能力者に恨みを抱く人間』って線も薄くなるか……?」
風崎刑事は今度は犯人の姿について尋ねてきたが、それも俺から言えることは限られてくる。
ただ『犯人が外国人』という話を聞くと、どこか腑に落ちない様子を見せている。
「異界能力者に恨みを持ってる人間なら、そいつは日本人の可能性が高いだろ? 異界能力者は現在、日本国内でしか活動してねえし」
「ああ。それはそうですね。ただ、俺がわずかに見た犯人の目からは、底知れない復讐心のようなものが見て取れました」
「目を見ただけじゃ、犯人像の材料には薄いだろ。でもまあ、実際に目の当たりにしたお前が言うなら、そうなのかもしれねえな……」
風崎刑事の懸念を聞いていると、確かにおかしな話になってくる。
異界能力者がいるのはこの日本だけ。かつては研究のために一時的に派遣されていた異界能力者も、今は全員日本に戻っている。
日本に来ていた外国人がその時に異界能力者に恨みを抱いた可能性もあるが、俺が気になるのはあの犯人の目だ。
――それこそ『異界能力者を絶対に許さない』というほど、恨みの感情に満ち溢れた目。
あれはただ単純に嫌な目に遭ったとかそんなレベルじゃない。日本人だとか外国人だとかに関係なく、恨みのレベルが尋常ではない。
俺も異界能力者に両親を殺された恨みはあるが、そんなものとは比にならないほどに見えた。
去り際に俺に言った英語での言葉も、『異界能力者を皆殺しにしてやる』とかそんな内容だったのかもしれない。
「犯人の足取りを追うにはまだ足りねえが、とりあえずはあの女の子も守れたし、お前も無事でよかったってところか。それでも、また被害者が二人出ちまったがな……」
「いえ、もう一つだけ犯人を追う手掛かりがあります」
「手掛かり?」
風崎刑事は被害が出つつもそれを最小限に食い止められたことに複雑な表情をしているが、俺には犯人を追うための手掛かりがまだ一つ残っている。
一度風崎刑事との話をやめると、俺は事件現場から『あるもの』を探し始めた。
「……あった。これなら犯人の足取りを追えるかもしれません」
「それは……銃弾か?」
俺が探し出したのは、犯人が逃げる間際に俺に撃ち込んできた銃弾だ。
俺に当たりこそしなかったが、銃弾は倉庫の壁にめり込んでおり、それを俺は取り出して風崎刑事に手渡した。
「これは犯人が俺に撃って来たものです。これを解析すれば、犯人の足取りが追えるかもしれません」
「撃って来た……って、お前、そんなに危ない目に遭ってたのか!?」
「だから言ったでしょう? 『命が助かっただけでも儲けもの』だって」
「……ったく。本当に危ない橋を渡りまくりやがって。こんなの、お前みたいな便利屋の小僧じゃ手に余るなんて話じゃねえぞ?」
風崎刑事は俺の身を案じてくれたのか、わずかに怒りを露にしながらもその銃弾を受け取ってくれた。
確かに銃で撃たれるなんて、それこそ警察の人間でも手に負えるかも分からない。
だが、これは犯人が残したわずかな手掛かりだ。
「この銃弾は風崎刑事の方で預かっていてください。特務局の手に渡ってしまうと、まともに調査されるかも分かりません」
「まあ、あいつらは御上でふんぞり返ってる機関だから、まともな捜査ができてるのか不安だが……。とにかく、この銃弾の件は了承した。お前も今日は帰れ。こんだけ無茶したんだから、さっさと休め」
「ありがとうございます。とりあえず、姉村所長のところには戻ります」
風崎刑事ならば、異界能力者の関係者なんかよりもよっぽど信頼できる。
俺も流石に度重なる騒動と緊張で身も心も限界だったので、銃弾の件だけ頼んだら、また特務局の人間が現場に押し寄せる前に立ち去ろうとした。
「あ、あの……。す、少しお話が……」
「何? さっきもあの刑事に聞いたでしょ? 俺は異界能力者が嫌いなんだよ」
ただその帰り際、一緒にいた異界能力者の女の子が俺に何かを言おうとしてきた。
それでも俺の疲れは限界だし、何よりも異界能力者と話をするのは気が進まない。
俺は機嫌悪く断りの言葉だけ入れると、姉村便利事務所への帰路についた――
 




