殺人犯の正体
「なんて野郎だ……!? あの正義四重奏まで殺しちまうとは……!?」
「しかも今回は青林の時と違い、真っ向勝負で殺してますよ……!」
風崎刑事と俺は壁にもたれた黄本の死体を見て、思わず腰を引かせてしまう。
黄本は体を電気へと変え、電線を伝って移動できるというとんでもない能力の持ち主だった。
普通に戦える相手じゃない。
――そんなとんでもない能力が相手でも、目の前にいる殺人犯には関係なかった。
青林に続き、正義四重奏を二人も殺害するという、異能でさえも及ばない異常な力。
しかも今回は左腕を負傷こそしているが、真っ向勝負での犯行だ。
「そう驚くことでもありません。どれだけ体を変化させようと、結局は人間です。人間の体になっている時ならば、ナイフも無事に通りましたよ」
「よくぞそんな簡単に言うもんだ。こっちからしてみれば、あんたの方が人間に見えない……!」
「Japanese jokeとでもいうものですか? 誉め言葉として受け取っておきましょう」
殺人犯は尚も淡々と、自らが犯した犯行について語っている。
『正義四重奏も人間だから殺すのは簡単』とのことだが、それこそ言うは易く行うは難しというものだ。
そんな簡単に正義四重奏が殺されるのならば、ここまで異界能力者の勢力は大きくならなかった。
――冗談抜きで俺は思う。
こいつこそ異界能力者なんて目じゃない、正真正銘の怪物だ。
「ところで、本日は自分にどのような御用でしょうか? そちらの方は、確かこの国の警察関係者だったとお見受けしますが?」
「どうもこうもないさ。俺達はあんたを捕まえに来たんだ……ラルフル」
「んぅ……!?」
殺人犯は俺と風崎刑事に対し、まるで関心もなさそうな態度で話を続けてくる。
こいつの殺人術は嫌というほど分かった。こんな奴を前にして恐怖すれど、野放しにはできない。
――だから俺は殺人犯に対し、これまでの推理を交えながら話を始めた。
「こっちもあんたの正体について、調べはついてるんだ。あんたはかつて在日米軍基地で生活をしていて、三年前の当時十六歳だった」
「…………」
これまでの俺達の推理はあくまで仮説。それでも目の前の殺人犯に対し、確信を持ちながら言葉を紡ぐ。
「そして三年前のある日、ちょうどこの場所で、あんたは異界能力者特務局の実験に十名のアメリカ人の一人として参加させられた」
「…………」
俺が話す言葉に対し、殺人犯は黙って耳を傾けている。
「その実験は精神の移植を題材としたもの。実験に参加した十名のアメリカ人の内、九名は死亡。一名は今も植物状態にあると聞いてる。その一名の名前は――『マカロン・ボルティアーク』」
「…………ッ」
言葉こそ発しないし、表情もフードで確認できないが、殺人犯が動揺するのを感じ取れる。
「さらに死亡したと思われた九名の内、一名だけは奇跡的に息を吹き返し、この施設から脱出することに成功した。そいつは現在、十名分の復讐心を自身の肉体に植え付けられ、その復讐心のままに異界能力者を殺して回っている。そいつこそ、さっき言った生き残った一名の弟にして、その名前を――」
それでも俺は言葉を止めない。
この殺人犯の正体をバラし、ここでの退路を防ぐためにその本名をフルネームで述べた――
「『ラルフル・ボルティアーク』――あんた自身のことだ」
「……なるほど。確かによく調べたものです」
――俺がその名前を口にすると、殺人犯は落ち着きを取り戻すように言葉を返してきた。
それでも、この反応には手応えがある。気持ちを落ち着かせてこそいるが『図星をつかれた』といった声色だ。
「ここまで調べ上げられた以上、自分も正体を隠す必要はありませんね。あなた方の推察通りですよ。自分こそが――」
そして殺人犯はナイフを握った右手の甲でフードを払いあげながら、ついにその正体を現した。
やはり俺達の思った通り、この男の正体は――
「かつてこの施設で行われた、非道な実験の被験体番号十番。ラルフル・ボルティアークです」
「……え!? ちょ、ちょっと待て!?」
「そ、その姿は……!?」
――ラルフル・ボルティアーク本人だった。
だが、その姿を見た俺と風崎刑事には、別の意味で衝撃が走る。
「どうかされましたか? あれから三年経っているのです。姿が気になるのでしたら、変わっていて当然でしょう?」
「い、いや……! 変わってるって、あんた……!?」
その姿は確かに俺達が白峰の残したデータでも見た、ラルフル・ボルティアーク本人と形は似通っている。
三年前のどこか幼さの残る面影はなくなり、年相応に成長したようにも見える。
ただ、写真でも見た緑色の瞳は、まるで輝きを失ったように濁っている。
目元にできた隈を始め、これまでの復讐の人生でかなりやつれたことが伺える。
――それでも、一番重要なのはそこではない。
「そ、その髪……! どうなってるんだ……!?」
「年老いた白髪とかじゃねえ……!? 完全に真っ白じゃねえか……!?」
ラルフルの頭髪は写真での赤みがかった茶髪と違い、完全に白一色へと変色していた。
それも年齢やストレスによる白髪には見えない。それこそ、もっと強大な何かの影響で、不気味なまでに白く染まっている。
――俺も風崎刑事もラルフルのその変貌に、言葉では言い表せない恐怖を感じずにいられない。
「ああ、この髪ですか。何故でしょうね? 自分が死んだと思われて処分され、再度目が覚めた時にはこうなっていました」
「こうなってたって……。その髪はまるで――」
ラルフル自身は自身の頭髪の変化など、まるで気にも留めていない様子だ。
ただ、俺からするとこの異様な頭髪の色の変化について、身に覚えのある人物がいる。
ラルフルがこの言葉を聞くと何をしでかすか分からないので、すんでのところで言葉を飲み込みはしたが――
――この異常な髪の色は、正義四重奏と同じだ。
「なあ、黒間。確か、正義四重奏はラルフルを実験台に作り上げたとかって話が、データの中にもあったよな?」
「どうにも、その話の信憑性も高くなってきましたね……」
風崎刑事が俺に耳打ちをしてきたので、俺も思ったことを率直に答える。
白峰が残してくれたデータの中に、確かにそういった記載はあった。
アメリカ人による精神移植実験の最後の被験者、ラルフル・ボルティアークをベースに正義四重奏は作られたこと。
その実験データが載っていたのは『Project:Force of the JUSTICE』と呼ばれる項目だったこと。
そこには異界能力者の精神を操作し、精神年齢の成長を止めていたこと。
――これらの実験の中には、人の感情といった精神が大きく関わっている。
それらの流れを考えるに、ラルフルはこれまで行われていた『人為的な異界能力者への関与』における、プロトタイプにも見える。
白峰が殺された最大の理由――特務局が隠したがっている研究の始まりが、今目の前にいるラルフルにあるような気がしてならない。
「なあ、教えてくれないか? あんたにこれまで、何があったのか――」
「身の上話をこれ以上するつもりもありません。正義四重奏も一人葬れたことですし、本来ならばそろそろ引き上げようと思っていたのですが――」
俺はラルフルにこれまでの経緯を聞こうとするも、言葉を被せて遮られてしまった。
それどころか、今度は右手に持ったナイフを握りしめ、ゆっくりとこちらへと歩みを進めてくる――
「自分の素性がバレてしまった以上、あなた方にはここで死んでもらいます」
――そして口にされる殺害予告。
こうなることは分かっていた。分かったうえで俺はラルフルの正体を言い当てた。
ラルフルは黄本との戦いで、左腕の自由がまだ利いていない。
対して、こちらは俺と風崎刑事の二人がかり。
――こちらに有利に見えても、ラルフルが醸し出す殺気は異常だ。
フードを外した冷たい眼光で睨まれると、思わず怖気づいてしまう。
それでも、ここまで来たらやるしかない。
「あなたは自分にとって、正義四重奏を殺すチャンスを与えてくれる存在でしたが、どうやらこれまでのようですね」
「俺はあんたの都合のいいようには動かないよ。……風崎刑事、気を付けてください」
「分かってるさ。黒間こそ、覚悟を決めろよ……!」
俺と風崎刑事はそれぞれ、ラルフルへと構えをとる。
こいつを捕まえるチャンスはここしかない。ここで必ず決着をつけてみせる。
――この先の真相に迫る目的は増えたが、この連続殺人犯を捕まえることこそが、俺達の本来の目的だった。
その目的を果たすために、俺も全身全霊を尽くす。
「さあ、お二人とも、自分の手で殺して差し上げましょう……!」
■ラルフル・ボルティアーク
十九歳の男性。元在日米軍基地在住者で、共同実験の被害者。
そして、異界能力者連続殺人事件の犯人。




