Battle:異界能力者連続殺人犯
姉村便利事務所調査員:黒間 次彦
VS
異界能力者連続殺人犯
「……まだいたのですか。今日は随分と人が多いのですね。あなたも異界能力者でしょうか?」
二人の異界能力者を殺した男は、目線を目の前にいる女の子からゆっくりこちらに向けてくる。
その際に俺のことを尋ねられたが、どうやら俺も異界能力者だと勘違いされているようだ。
――その言葉を聞く限り、こいつの狙いは異界能力者だけだ。
ここで本当のことを言えば俺は狙われないのかもしれないが、それではこうして姿を見せた意味がない。
俺の目的はあくまで狙われている異界能力者の女の子を助けること。この男を倒すことじゃない。
それに所長も風崎刑事に連絡を入れてくれているなら、もうじきここに警察も駆けつけてくれる。
だから俺にできるのは、とにかく時間を稼ぐこと――
「ああ、そうだ。俺も異界能力者の一人だぜ。あんたの目的は知らないけど、異界能力者を殺して回ってるんだろ?」
――そう考えた俺は、わざと自らを異界能力者だと名乗った。
こうすればこの連続殺人犯の意識を俺に集中させ、へたり込んだ女の子から逸らすことができる。
あの女の子も異界能力者だが、見たところ戦える状態になさそうだ。
だったらここは、俺がこいつの相手をした方がいい。
「……成程。承知しました。本来の予定より死体が二つ増えることになりますが、あなたも自分が殺して差し上げましょう」
「『殺して差し上げましょう』とは、なんとも大仰な物言いだな……!」
そんな俺の狙い通り、連続殺人犯は俺の方にナイフを握りながら近づいてきた。
その時の言葉から、自らの腕前によっぽどの自信を持っていることが伺える。
――正直、メチャクチャ怖い。異界能力者を相手にするよりよっぽど怖い。
異界能力者のような魔法はないようだが、ナイフ一本でここまであっさり人を殺せるというのは、魔法なんかよりもよっぽど特殊で異常な能力だ。
それでも、ここまで来たら俺も腹を括るしかない。
ゆっくり近づいてくる殺人犯に対し、姉村所長仕込みの拳法の構えをとる――
スゥ――
「後ろか!?」
「ぐぅ!?」
――その直後、殺人犯の姿が一瞬消えるが、俺は即座に反応して後ろに向きを変える。
そのまま殺人犯の右手を抑え込み、首元に突きつけられそうになったナイフを止める。
「大した腕だけどさ、俺には通用しないんじゃないかな?」
「……言ってくれますね」
そして少しでも時間を稼ぐために、あえて手招きしながら挑発をする。
そんな余裕に見える態度をとってはいるが、俺の心臓はうるさいぐらいに激しく鼓動している。
それでも、その事実を表面に出すわけにはいかない。
今の一瞬に反応できたのは『初手で相手が俺の首元を狙ってくる』と分かっていたからだ。
もし俺のハッタリがバレてしまえば、一瞬でやられてしまう。
今は少しでも小細工を交えて、相手の手を緩めないことには――
「……You don't seem to be Alien Abiliter」
「英語……?」
――そう思いながら余裕の構えを崩さずにいたが、殺人犯は突如英語で何かを話し始めた。
それもかなりネイティブな発音でだ。
姿は黒づくめで覆い隠しているせいで分からないが、その言葉を聞く限り、英語圏の外国人なのだろうか?
「ああ、これは失礼しました。『あなたは異界能力者ではなさそうですね』と言いました」
「……なんでそう思う? そもそもその話し方、あんた外国人か?」
「日本語で話すようにはしているのですが、気を抜くと母国語に戻ってしまいますね。そして自分があなたを異界能力者ではないと思った理由ですが、これまで殺してきた異界能力者とは明らかに違うところがあります」
俺が不思議そうな顔をしていると、今度は逆に目の前の殺人犯が余裕そうに語り掛けてきた。
それも『これまで殺してきた異界能力者』と言ってる辺り、やはりこいつこそがこの異界能力者連続殺人事件の犯人のようだ。
――その事実を改めて認識すると、もう俺に平静を取り繕う余裕もない。
そんな俺の様子からも察したのか、殺人犯はナイフを構えるのをやめて顔の横で遊ばせながら、その理由を述べてくる。
「あなたは異界能力者と違い、戦いの基本というものを身に着けています。これまでの異界能力者は揃いも揃って、真正面からの殺し合いがサッパリでしたからね。その点、あなたは自分のナイフを止めてきました。こんなのは初めてです」
「異界能力者の中にも、格闘術に覚えのある人間はいるぜ?」
「確かにそうかもしれませんね。ですが、あなたのそれは格闘術というより、ストリートファイトに近いです。勝敗を決するというよりは、命の削り合いですね。そういう意味では、自分と近いものがあります」
「あんたのような殺人犯と一緒にされるのはごめんだ」
「そうですか。それは失礼しました」
殺人犯は相変わらず顔を隠したままだが、その理由については的確だ。
俺の知る中でも、こうやって格闘術をメインに戦う異界能力者はいない。
それに俺の格闘術にしても、元は異界能力者とのいざこざへの対応を目的としたスタイル。試合などのリングで戦うことを想定していない。
本物の殺しの技と一緒にされるのは癪に障るが、言いたいことは分かる。
だが俺が異界能力者ではないことはバレてしまったらしく、殺人犯の意識が俺から逸れてしまっているのが分かる。
このままでは、また異界能力者の女の子に危害が行きかねない――
「本来ならあなたのことは殺しの対象にはしないのですが、どの道このままだとこちらの足取りを追われてしまいます。とりあえず、口が利けなくなるぐらいには痛めつけておきましょうか」
――だが、殺人犯の方は幸か不幸か、俺の方に狙いを向け直してくれた。
手に持っていたナイフは懐にしまい、ボクサーのように両拳を眼前に構えてくる。
「素手でやり合う気か?」
「ナイフで瞬殺はかわいそうなので、運が良ければ一ヶ月ほど目が覚めない程度に済ませてあげましょう」
素手で襲ってくるなら、さっきのナイフ程の脅威は感じない。
これならば俺も本気を出せば、ここで犯人を仕留めることも――
ヒュン―― ボゴォン!!
ヒュン―― ズドンッ!!
「ゲホォ!? ガハァ!?」
「『素手なら勝てる』などと、甘いことを考えてはいませんか?」
――そんな俺の甘い考えは、一瞬で崩壊した。
この殺人犯、そもそもナイフ捌きが恐ろしいのではない。一瞬で背後に回り込む技量といい、体術そのものがとんでもないのだ。
俺の見立てが甘すぎた。殺人犯の拳は俺のガードの間を潜り抜け、顔や腹にめり込んでくる。
「ハァ! ハァ! めんどくせえ野郎だなぁああ!!」
「……ッ!?」
だが俺だって殴られてばかりで終わる気はない。
完全に殴り合いになったことで、俺の中の変なスイッチが入ってしまったこともあるのだろう。
こちらからも裏拳や肘鉄、回し蹴りや膝蹴りで反撃を行い、なんとかやり返しにかかる。
技量自体は殺人犯の方が上だが、それでも俺の攻撃の何発かを入れることはできた。
――いくら素手喧嘩になったとはいえ、相手はそもそも殺人犯だ。
俺だって死に物狂いで相手するしかない。そうしなければ本当に殺される。
そう思いながら、無我夢中で戦い続けていたのだが――
――ファンファンファン!
「ッ!? パトカーのサイレン!? まさか、これが狙いだったのですか!?」
「ハァ……ゲホッ……! ま、間に合ってくれたか……」
――その戦いの最中に、パトカーが倉庫の近くに来てくれたのが聞こえた。
俺はかなり満身創痍だったが、なんとか時間を稼げたようだ。
「……成程。これは自分が一本取られましたか」
「もう、おとなしく観念しろ……。警察に包囲されたら、あんたに逃げ場はねえぞ……!」
だが油断はできない。この殺人犯を捕える絶好のチャンスが訪れたとはいえ、これまでの異常な身体能力を考えれば、天井近くの窓まで飛び移って逃げることぐらいはできそうだ。
そうさせないためにも、俺は痛む体に力を入れて身柄を押さえようとするが――
――バキュゥゥウン!
「……え?」
――俺の頬をかすめるように、何かがすごいスピードで飛んでいった。
「まったく。これはあまり使いたくなかったのですが、このままあなたに捕まえられるわけにはいきませんからね」
「け、拳銃……!?」
その正体は銃弾だった。この殺人犯、懐に拳銃まで隠し持っていたようだ。
俺も拳銃を向けられた以上、流石に恐怖が勝って動けなくなってしまう。
せっかくのチャンスだったが、これほどまでの殺意を向けられて、普通の人間である俺になす術などない。
そして殺人犯はわずかに俺の方を睨みながら、最後に少しだけ話をしてくる――
「I will definitely kill all of Alien Abiliter someday……!」
――それは英語で俺には分からなかったが、その言葉を言うと殺人犯は天井の窓へと飛び移り、警察が包囲するよりも先に現場から逃げ出してしまった。