誓いと別れ
「黒間に姉村の姉ちゃん。これからの動き方なんだが、警察で例の連続殺人犯――ラルフル・ボルティアークを指名手配にするのは、いったん待っておこうと思う」
俺が白峰への誓いを心の中で立て、まずはどこから手をつけるか考えていると、風崎刑事から提案が入った。
「現状の仮説だけ見ても、白峰ちゃんの死が異界能力者と関わってる可能性は高い。今ここでラルフルの指名手配を進めれば、そのことは特務局の耳にも入る。それでラルフルの身柄が特務局のもとに行っちまうと、白峰ちゃんを殺した事件についての口も封じられちまう」
「なるほど。ラルフルが白峰を殺した犯人でなくても、ここまで過去の実験に深く関わっているとなれば、白峰の事件での参考人になりますからね」
「そういうことだ。白峰ちゃんが殺された事件を追うためにも、俺達だけでラルフルを捕まえる」
風崎刑事の提案は、殺人犯の容疑者であるラルフル・ボルティアークを俺達だけで捕まえるというもの。
ここで指名手配をして、先に特務局にラルフルの身柄を抑えられれば最悪だ。
特務局だって、異界能力者を殺して回るラルフルの存在は鬱陶しく思っているに違いない。
――いずれにせよ、俺達が優先してやるべきことはラルフルの身柄の確保だ。
当初の目的通りに連続殺人を止めるだけでなく、ラルフルから白峰が殺されたさらなる真相を調べ出すこともできる。
「俺としては助かりますけど、風崎刑事の立場は大丈夫なのですか? 現場もこのままにしてますけど、警察上層部に黙って動いてたら、色々と問題もあるでしょう?」
「そのことについては心配すんな。警察の上層部だって、異界能力者の出現以降の警察の立場陥落について、かなり鬱憤が溜まってる。実際、俺の動きは見て見ぬフリをしてもらえてる。問題ねえよ」
風崎刑事の提案はありがたいのだが、風崎刑事自身の立場は俺も気になっていた。
だが、そんな俺の心配にも『知ったことか』とあっさり風崎刑事は返答してくれる。
警察組織自体が異界能力者の台頭で気力を失っているようにも見えるが、それならそれで構わない。
「白峰ちゃんが手に入れたデータで分かることも、今はここまでだね。それじゃ、まずやることはこれまでとも変わらず、殺人犯の容疑者であるラルフル・ボルティアークの身柄の確保からだね。ここでの調査はいったんここまでにしよっか」
「そうですね。……あっ、そうだ。一つだけ気になることがあるのですが……」
姉村所長もこの提案に同意し、ノートパソコンをしまいながら帰り支度を始める。
俺も同じように帰ろうとするが、ここでどうしても気になることがある。
「風崎刑事。白峰の遺体についてなんですが、今後はどうなりますか?」
「……そのことか。流石にいつまでもこのままとは行かねえからな。今は鬼島と西原の真帝会コンビが動いて、白峰ちゃんの親御さんに接触してくれてる」
「あの二人がですか? 白峰の親に接触するにしても、どうやって?」
「あいつらが『特務局の職員』ってことにして、本物の特務局よりも先に『白峰ちゃんが連続殺人で殺された』情報を流してんだよ。親御さんが下手に特務局に問い合わせねえようにな。白峰ちゃんの遺体も、引き取る段取りを付けてもらってる」
「そうですか……。あの二人には辛い役目を押し付けちゃいましたね」
「あいつらも責任を感じてるからな。あっちから提案してくれた」
俺が気になったのは、白峰の遺体の処遇についてだ。
このまま放置するわけにいかないと心配していたが、そこは鬼島さんと西原さんが率先して動いてくれている。
白峰の両親の元に渡ってくれるなら、それが一番当然の選択だ。
――そうなると、白峰とはこれで最後の別れとなる。
「……すみません。最後に少しだけ、白峰と話をさせてもらってもいいですか?」
「……ああ、構わねえさ。最後の別れぐらい、きっちりと済ませてやりな」
俺は風崎刑事の確認をとると、ストレッチャーの上で横たわる白峰の傍で膝をつき、顔を近づけた。
そしてその手をとって、少し自らの顔を俯かせる。
――話をするといっても、もう白峰が言葉を返すことがないのは分かっている。
握りしめた手から体温を感じることはなく、恐ろしいほどに冷たい。
脈拍も鼓動も感じず、すでに物言わぬ骸になっていることを実感する。
――それでも、俺は白峰と顔を合わせると、会話をするように言葉を発した。
「白峰……。お前とは中途半端な関係で終わったけど、お前と会えて本当に良かった。お前がいたおかげで、俺は何度も助けられた。本当に……本当にありがとうな……!」
そうして感謝を交えて言葉を紡ぐ最中、俺は感情をこらえきれずに涙を流す。
白峰の願いをもっと聞いてやりたかった。白峰の傍にもっといたかった。
それらもう叶うことのない想いで言葉を震わせながらも、俺は白峰へ最後の別れを告げる――
「お前が託してくれたものを、俺は決して無駄にしない。お前が俺に抱いてくれた好意の通り、俺はこれからも生き続ける。正気を失い、凶行に走るような真似もしない。だから……どうか……どうか天国で見守っていてくれ……! 白峰ぇ……!」
――最後の方は言葉にするのも辛かったが、それが俺が白峰にかけた最後の言葉だった。
今でもこうしてその手を握っていると、苦しさでどうしようもなくなってくる。
それでも、俺はもう歩みを止めないと決めた。
白峰だって、俺が立ち止まることをよく思わないのは分かる。
――言いたいことは言い終えた。
これでもう、白峰と会うことはない。
■
「ツッ君。大丈夫?」
「ええ……すみません。やっぱり、覚悟は決めても辛いものですね……」
俺と姉村所長は白峰のマンションを後にし、近くの公園のベンチで一息入れていた。
風崎刑事は現場に残り、鬼島さん達からの連絡を待っている。
白峰の遺体も、今日中には家族の元へ引き渡されるそうだ。
「ツッ君はよくやってくれてるよ。天国の白峰ちゃんだって、そんなツッ君のことを悪く思うはずがないよ。ほら、あの意味不明なルックのウォンちゃんってぬいぐるみも、大事にしてくれてたし」
「ウォンちゃんが『意味不明ルック』という点については、俺もプレゼントする前から同意ですよ。俺を慰める言葉の中にまで、いつもの冗談を交えますかね?」
「でも、それを聞けるぐらいには元気になったよね?」
「アハハハ。それはそうですね」
いまだに辛い気持ちを抱える俺のことを、姉村所長は優しく気にかけてくれた。
その会話の中でいつもの軽口を叩き合うが、それもいつもの調子で返すことができている。
心に傷は残っているが、傷自体はだいぶ癒えてきている。
――こうしていると、本当に五年前に家族を失った時と同じだ。
姉村所長は俺が心に傷を負っても、親身になって癒してくれる。
ここは俺の方からも、しっかりお礼を言う必要がある――
「……ツッ君。ありがとうね。君がいてくれたおかげで、私も前に進めるよ」
「……え? 所長?」
――そうしてお礼の言葉を考えていると、逆に姉村所長の方からお礼を言われてしまった。
そのせいで鳩が豆鉄砲を食らったような俺に対して、所長はそのまま言葉を紡いでくる。
「白峰ちゃんの死の真相を追えるのも、ツッ君が気付いてくれたおかげだよ」
「そのことについては、姉村所長や風崎刑事も少し時間をおいて冷静になっていれば、俺なしでも気付いていたと思いますよ?」
「データの隠し場所については、ツッ君でないと分からなかったよ。やっぱり、私達にはツッ君が必要だね。挫けそうな時は支えてあげるから、これからも私達のことを支えてね」
姉村所長は笑顔で俺の顔を見つめながら、感謝の気持ちを述べてくれる。
所長にこうまで真正面から感謝されるなど、過去五年間であったかどうかも怪しい。
素が美人なことはあり、こうも見つめられると恥ずかしさまで出てきてしまう。
――昨日は冗談とはいえ、俺はこんな人に良く『いっそのこと付き合いますか?』などと言ったものだ。
「ツッ君がいないと、私はご飯が食べられないのだよ。事務所だって、今よりも散らかっちゃうし……」
「『支えて欲しい』って、そこのことですか? 食事ぐらい自分で何とかしてください。事務所だってあれ以上散らかったら、もうゴミ屋敷じゃ済まないですよ?」
「む~! ツッ君は主婦なのかな? いっそのこと、女装して私のお嫁さんにならないかな?」
「それこそ死んでもごめんですよ……!」
もっとも、姉村所長は外見の良さをこうした余計な一言二言で台無しにしている。
俺としてはそこが親しみやすさにもなってはいるが、なんとも残念な人である。
――まさかとは思うが、所長はこの歳で恋人がいなかったりするのだろうか?
「おーおー? いつぞやの拳法使いの革ジャン兄ちゃんじゃねえか?」
「この間の可愛い子と違って、大人のお姉さんを連れてるなー? もう鞍替えしたってのかー?」
そうして俺と所長がいつものようなやり取りをしていると、何人かの男がこちらに近づいてきた。
向こうは俺のことを知っているようだが、そいつらを見た俺にも確かに見覚えがある。
あれは確か、白峰と商店街に行った時の話だったが――
「あー……。あの時に俺と白峰にいちゃもんをつけてきた、半グレの皆さんですか」




