新たな犯人
「白峰ちゃんの衣服に葉っぱが挟まってたのか? 争った時に犯人のものがついたとか?」
「そうかもしれないけど、こんな風に挟まるものなのかな?」
姉村所長が白峰の遺体から摘み取った植物の葉を見て、風崎刑事も自らの見解を述べてくる。
俺も気になるのは姉村所長と同じく、その葉が白峰のワンピースの胸ポケットに挟まっていたことだ。
白峰の部屋に観葉植物の類はない。
率直に考えれば犯人のものと思えるが、それならば白峰とかなり密着した状態で揉みあったということか?
白峰の全身は複数個所に渡って切り裂かれているし、その可能性は大いにありうる。
ただそれでも、白峰のワンピースの胸ポケットに都合よく収まるものだろうか?
「昨日は山奥まで行ってましたし、その時に紛れ込んだのですかね?」
「確かに山奥には行ったが、そこまで木々のある場所にはいなかっただろ。ほとんど建物の中だったしよ」
俺も他の可能性を探してみるが、どこか納得できる点が見つからない。
使われていない特務局の施設に行った時も、山奥とはいえ胸ポケットに葉が入り込むようなタイミングはなかった。
可能性がゼロではないが、もっと別のことの可能性も――
「ちょっと待ってて。白峰ちゃんの体で、他にも気になるところがあって……」
――俺や風崎刑事が悩んでいると、姉村所長が今度は白峰の遺体の手足を触り始めた。
いくら亡くなっているとはいえ、男性の俺や風崎刑事では白峰の遺体には触れづらい。
同性である姉村所長もどこか気まずそうにはしているが、俺達がやるよりもマシだろう。
そうした姉村所長の検死の結果、あることが分かったように顔を上げる。
「……やっぱりね。白峰ちゃんの手首と足首に、何かで締め付けられたような跡が残ってたよ」
「何かで締め付けられた? ロープか何かってことですか?」
「だとしたら、白峰ちゃんは犯人に体の自由を奪われた状態で殺されたのか? そいつはなんとも酷い目に遭ったもんだ……」
姉村所長の話を聞くと、俺と風崎刑事の顔が険しくなる。
白峰はただ殺されただけでなく、拘束されながら殺されたようだ。
あの優しかった白峰が、どうしてこんな仕打ちを受けなければいけないのかと思うと、怒りさえもこみ上げてくる。
――あの殺人犯だって、これまでの殺人でここまでのことはしていない。
あいつは背後から喉元を掻き切るという、ある意味苦痛を一瞬で済ませる殺し方をしていた。
白峰を殺した犯人の方が、よっぽど猟奇的だ。
「姉村所長。他に何か分かりませんか?」
「他に気になることと言えば、どうにもこの匂いが……」
俺は姉村所長に頼み、さらなる手掛かりを探してもらう。
所長は今度は白峰の手に鼻を近づけ、何やら匂いを嗅いでいるが――
「……これ。植物の匂いだよ。白峰ちゃんの手首から、草木のような匂いがする」
「草木のような匂い?」
――どうにも気になることが分かったようだ。
白峰の手首からするという草木の匂いだが、これも奇妙な話だ。
確かに白峰は殺される直前、山奥にはいた。
だが、そんな草木の匂いが染みつくような奥まった場所までは行ってない。
「私が見たところ、白峰ちゃんの手足を絞めつけていたのも、植物のツタのようなものかもね」
「拘束するのに、わざわざツタなんかを犯人は使ったのか? 何のために?」
「それが分かれば苦労はしないし、犯人の手掛かりにもなるんだけどね……」
姉村所長と風崎刑事もこのことについて、不思議そうに顔をしかめて考えこんでいる。
俺だって分からない。白峰を拘束する必要があるなら、素直にロープを用意すればいいだけの話だ。
まさかとは思うが、犯人はツタしか持っていなかったとでも――
「……ん!? まさか、本当に『ツタしか持っていなかった』って言うのか!?」
――俺がそこまで考えていると、ある一つの可能性について思わず声に出してしまった。
そんな俺の声を聞いて、姉村所長や風崎刑事も振り向いてくる。
「いやいや、ツッ君。流石にそれはないんじゃないかな?」
「ロープを持ってなくて、ツタは持ってる犯人とか、一体何者だよ……」
二人とも俺の考えには否定的で、呆れ顔をしながら言葉を返してくる。
確かに俺の推理は、普通の事件としては的外れなものだろう。
ただ、そもそも俺達の周囲で起こっているのは『普通の事件』じゃない。
「普通の人間ならロープを用意するでしょうが、このツタが異界能力者の能力だったならばどうでしょうか?」
「え? ……あっ!?」
「異界能力者が犯人ってことか……!?」
殺された白峰もそうだが、俺達の周囲には異界能力者というこれまでは空想上だった魔法を扱う存在がいる。
常識なんて通用しない。異界能力者ならば、ロープではなくツタを使った理由があってもおかしくない。
「つまり、白峰ちゃんが殺されたのは、異界能力者の内輪揉めってことか!?」
「その可能性は高いです。犯人がこれまでの殺人犯でない以上、白峰と関係がありそうな線からだと、一番考えられるのは異界能力者絡みですね」
風崎刑事も俺の話を聞いて、犯人が異界能力者であることに可能性を見出し始める。
白峰がどういう理由で殺されたかまでは分からない。それでもこの不可解な現場の検証をする限り、その不可解を可能とする異界能力者が犯人とするのが濃厚だ。
「でも、犯人が異界能力者だったとして、その中の誰の犯行なのかな? 異界能力者なんてたくさんいるし、調べるのにも骨が折れて――」
「それについても、俺の方で一人だけ見当がついてます」
姉村所長も犯人像には納得しているが、具体的に誰なのかという部分に難色を示している。
ただ、この点についても俺は思い当たる人物がいる。
白峰を拘束するために、ロープではなく植物のツタを使ったこと。
生前の白峰からも聞かされていた、異界能力者内部でも植物の魔法を扱う人間。
これらのことから考えだせるのは、俺の知る異界能力者の中で言うと、切り札と呼ばれるあいつだけだ――
「正義四重奏の一人、緑蓮寺 春美。あいつの犯行ならば納得できます」




