もう一度
「すみませんって、姉村所長。俺も少し調子に乗ってました」
「調子に乗って私と付き合おうとするなんて、ツッ君は本当に悪い子だよ……。不良から更生できてなかったよ……」
「俺が不良から更生してるかどうかは関係なくないですか?」
俺の迂闊な発言のせいで号泣した姉村所長は、床にへたり込んだままいじけてしまった。
いい歳の大人がみっともない姿をしているとは思うが、元はと言えば俺のせいだ。ここは反省しよう。
――俺が不良云々は別問題な気がするが。
「ハァ……。でも、ツッ君もこんな冗談を言えるぐらいには元気になったのかな?」
「姉村所長って、ふざけてるのか真面目なのか、時々分からなくなりますね」
「私はいつだって真面目にふざけているのだよ」
「そうですか。もうこれ以上は聞かないでおきます」
気がつけば白峰の死で落ち込んでいた俺の気持ちは、いつもの姉村所長とのやり取りができるぐらいには持ち直していた。
この人は不思議な人だ。やたらと秘密を着飾りたがるのに、人の心にうまく潜り込んでくる。
「そういえば……結局、姉村所長が俺のことをここまで気にかけてくれる理由って何ですか?」
ただ、こうしていつもの調子に戻って気になるのが、姉村所長との稽古前に交わした話題についてだ。
人の心への潜り込み方は別として、どうしてこの人はここまで世話を焼いてくれるのだろうか?
一応は俺が所長に勝てば話してもらえる約束だったが、どうにも気になってしまう。
「うーん……。ツッ君が勝てれば素直に話すつもりだったけど、結局は勝てなかったからね……」
「別にそれぐらいなら、教えてくれてもいいじゃないですか。『女は秘密で美しくなる』なんて言ってますけど、俺はそんな秘密を脱がしてみたい気もします」
「ツッ君! 表現がエロい!」
「エロいですか? 所長の脳内が勝手に変換してませんか?」
気持ちが持ち直してきた俺は、冗談を交えながら姉村所長にその理由を問いただしてみる。
所長もどこか冗談交じりに返しているが、しばらくするとどこか遠くを見ながら呟いた。
「まあ、私がこうやってるのも、罪滅ぼし……かな?」
「罪滅ぼし?」
その呟いた言葉こそ、姉村所長が俺の面倒を見てくれる理由とのこと。
ただ、罪滅ぼしと言っても、俺にはそこにどんな意味があるのかが見えてこない。
「ツッ君の身元を引き取ったのも、姉村便利事務所を作ったのも、私自身の罪滅ぼしとでも言うのかな……」
「異界能力者と関わることで不幸になった人間に、救いの手を差し伸べることがですか?」
「そんなところかな。……ごめんね。今の私に言えるのはここまでだよ。それに、今考えることがあるならば、それは今後の活動についてだね」
その後も姉村所長が語ってくれたのは、ほんのわずかな言葉だけ。
異界能力者に関連するトラブル対応屋――姉村便利事務所の存在もまた、所長にとっての罪滅ぼしの一つとも言っている。
所長はそこまで口にすると、作り笑顔をしながら俺に理解を促してきた。
――『これ以上は察して欲しい』と感じ取れる笑顔であり、そんな顔をされると俺もこれ以上聞く気にはなれない。
まだまだ気になることはあるが、今は所長も言う通り、今後のことを考えるのが先決だ。
「今後のことにしても、どうやって殺人犯を追えばいいんですかね? 白峰を殺された身としては、どうあっても捕まえたいのですが……」
「先に私からも言っておくけど、決して白峰ちゃんのために復讐をしようとかは考えないでね。私達の目的は殺人犯を捕まえること。気持ちに任せて、危害を加えたらダメだよ」
「それは分かってますよ。そんなこと、白峰だって望まないでしょう」
これからの動き方について考えていると、姉村所長から釘を刺された。
俺も白峰を殺した犯人のことは憎い。それでも、所長の言うことは理解してる。
俺が復讐心に駆られて殺人犯を殺すような凶行に走っても、死んだ白峰の魂は浮かばれない。
あいつは異界能力者とは思えないほど、人を害することに抵抗があった。
それに俺の両親が殺された時から、所長にも言われていることがある――
どんなに心を乱しても、未来が変わるわけではない。
恨んで荒れるぐらいなら、同じような恨みが生まれないようにしろ。
過去を恨むぐらいなら、未来を望む力に変えろ。
復讐を望んでも、ただ虚しいだけだ。
――当時の俺には眩しかった言葉だが、今でも忘れてはいない。
俺は姉村所長のその言葉を信じることで、ここまで立ち直ってやって来た。
もしもここで復讐に走れば、俺は殺人犯と同じ末路をたどる。
「あの殺人犯も『今は白峰を狙わない』とか言ってたくせに、結局襲いやがって……」
殺人犯への怒りは募るも、俺はなんとか冷静さを失わないように心を落ち着かせる。
先日、このアパートに姿を現した殺人犯は、白峰のことはまだ殺さないと語っていた。
だがそんな約束も、所詮は犯罪者の戯言でしかなかった。
白峰のことも他の異界能力者と同じく、その首を掻き切るどころか、挙句の果てには全身まで切り裂いて――
「……え? ちょっと待てよ? 何かおかしいぞ?」
――そこまで思い出した時、俺の中で奇妙な違和感を覚えた。
白峰は確かに他の異界能力者と同じく、首を切られたことによる失血死で死んだ。
だが、あの時の現場の状況も含めて、これまでとは大きく違うところが多い――
全身を切り裂かれた白峰の遺体。
大きく荒らされた室内。
電話越しにも聞こえた争うような物音と悲鳴。
――少し思い出しただけでも、これまでの殺人犯の手口とは大きく違う。
白峰が殺された裏には、これまでとは別の思惑が眠っている。
「姉村所長は白峰が殺された現場には、あれからもう一度入りましたか?」
「いいや、入ってないよ。正直、私も入りづらくてね……。風崎刑事の方で白峰ちゃんの遺体と現場を保存してもらってるけど、昨日からずっと手つかずになってるよ」
俺が感じた違和感は、姉村所長や風崎刑事でも気づきそうなものだ。
それでも二人のショックも大きかったのか、再度調べる余裕もなかったのだろう。
幸い、事件現場は今も保存された状態。白峰の遺体もあの部屋で必要な処理を施されたうえで、まだ残っているとのこと。
――それならば、俺にはまずやるべきことがある。
「姉村所長。明日、俺に白峰が殺された現場の検証をさせてください」




