異能を超える異常
陽が落ち始めた街を駆け、俺は大急ぎで姉村所長に指示された倉庫へとたどり着いた。
所長も言っていた通り、今は誰も使っている様子のない廃屋だ。
だが物陰から中の様子を伺うと、人の声が聞こえてくる――
「おい! あんたは第一世代の異界能力者だろ!? どうにかして、異界能力者を殺して回ってる犯人を見つけられねえのか!?」
「聞いた話だと、あんたは探知魔法が使えるんだって? だったらそれで、犯人を探し出せるだろ!?」
「そ、そんなこと言ったって……。わたし、そういうの怖いし……」
――どうやら、異界能力者が三人ほど中で揉めているようだ。
そのうちの二人は俺に喧嘩を吹っ掛けてきた、目的の第二世代の異界能力者だ。
もう一人は見覚えがない私服の女の子で、話を聞く限り第一世代の異界能力者らしい。
話に聞いていた恐喝をしているのではなく、異界能力者内部での内輪揉めのようだ。
「ったく! こんな気弱なのが第一世代なのかよ!?」
「元から探知魔法しか使えないただの役立たずなのに、こういう時にしっかりできないとか、異界能力者の名折れだぜ!」
「きゃあ!?」
予定とは違い、別にこの場所で恐喝しているわけではなかったが、第二世代の男子高校生二人は第一世代の女の子を突き飛ばし、乱暴に扱っている。
これはこれで見ているだけというわけにもいかない。俺の目的はあの第二世代二人の身辺保護だったが、とりあえず止める必要はありそうだ。
「ああ。ちょっと君達――」
そう思った俺は物陰に隠れるのをやめ、三人の異界能力者に声をかけようとした。
――その時だった。
ザシュッ!!
「カ……ハァ……!?」
「……え?」
「ヒ、ヒイィ……!?」
第二世代の内の一人の首から、鮮血が噴き出した。
その血は目の前にいたもう一人の第二世代の顔にかかり、当人は何が起きたか分からず、呆気に取られている。
突き飛ばされて尻もちをついていた第一世代の女の子も、突然の事態に顔を青ざめながら固まっている。
そして首から血を流した第二世代の異界能力者は、目の焦点が合わないまま地面へと崩れ落ちていく。
さらにはその後ろから、この事態を引き起こした張本人の姿も現れる――
「……まずは一人ですね」
――黒いコートや手袋で全身を覆い、目元が見えないほど深くフードを被った人物。
全身黒づくめなせいで姿はハッキリ確認できないが、声を聞く限りは男だ。右手には血の滴るナイフを握っている。
その男は目の前で崩れ落ちた異界能力者に顔を向けながら、感情のこもってない声で淡々と確認するように呟いている。
――それこそまるで『虫を一匹始末した』とでもいった感じの様子だ。
「だ……誰だてめえはぁあ!?」
あまりの事態に硬直していたもう一人の第二世代だが、目の前の男によって仲間が殺されたのを理解すると、激昂しながら右手に炎を宿した。
異界能力者が使う魔法は、感情によってその出力にも作用する。
俺に喧嘩を吹っ掛けてきた時には溜めるのに時間がかかったのに、今回はすぐにバスケットボールサイズの火球を作り出した。
それだけ、目の前で仲間が殺されたことへの怒りが大きいということだろう。あんなものを食らえば、皮膚どころか内臓まで焼けただれてしまう。
――それでも、次の動きは黒づくめの男の方が速かった。
ヒュン―― ザシュンッ!!
「ゲェ……エェ……!?」
男は一瞬で炎を放とうとした異界能力者の背後に回り込み、そこから手に持ったナイフで再びその首を掻き切った。
その一撃により、炎を放とうとした異界能力者はカエルのような声をわずかに漏らし、血だまりへと崩れ落ちていく。
あまりにも一瞬の動きだ。動き自体に無駄がなさすぎる。
だがその様子を見る限り、異界能力者には見えない。
かなり鍛錬された動きではあるが、異界能力者のような何か特別な能力を使ったわけではない。
ただ純粋に人間としての技量を磨き上げ、昇華された殺しの技術。
人が殺される瞬間を初めて見た俺にも、その恐ろしさがよく分かる。
――この男は凄腕の殺し屋だ。
俺もあまりの光景に、息をするのも忘れてしまう。
「さて、目的の二人は始末しましたが、もう一人いるのは想定外でした。ついでに始末しましょうかね?」
「た、助け……て……!?」
第二世代の二人を殺した男だが、さらには腰が抜けて動けない第一世代の女の子にまで狙いをつけ始めていた。
この男がこんなことをする理由は定かではないが、異界能力者を狙っているのは分かる。
元々は俺も安否を心配していた第二世代の二人だけが狙いのようだったし、もしかすると俺達の仮説は正しいのかもしれない。
――だが、俺はその男のフードの深くに潜む目が見えてしまった。
その目は異常なまでの狂気を含み、目の前にいる異界能力者の女の子への殺意をむき出しにしている。
それこそ俺も考えていた通り『異界能力者への復讐心』を感じさせる目だが、その矛先は異界能力者個人の素行など関係ないといった様子だ。
異界能力者ならば、人格に関係なく殺してしまいたい。
たまたま目についた異界能力者でも、そこにいるなら殺さずにはいられない。
――そんな常識では考えられない、異常としか言えない狂気を感じてしまう。
こんな本物の殺し屋相手に、俺が何かできるとは思えないが――
「……ッ! おい! 待てぇ!!」
――俺は意を決して、その男の前に姿を見せた。
正直言って、怖くて仕方ない。
こんな簡単に人を虫のように殺せる奴を前にして、俺の拳法なんて役に立つかも分からない。
――それでも、俺は目の前で人が死ぬ光景を見たくない。
たとえそれが俺にとって関係のない人間でも、憎い異界能力者の一人でも、目の前で人が死なれるのはもう勘弁だ。
――五年前に両親を失った時と、同じような後悔はしたくない。