失意のどん底
新章。物語七日目。
〔絶望の果てから望む明日〕
俺は一人、自分のアパートの一室で横になっていた。
心が重すぎて、体を起こすことすらできない。
昨日の一件が脳裏に焼き付き、俺の心を後悔で埋め尽くす。
「くっそぉ……! 白峰……!」
俺は横になりながら、何度もその名を呼んで涙を流す。
堪えることなどできない。今でも頭の中では白峰の最後の姿が浮かんでくる。
――これまでの連続殺人で殺された異界能力者と同じく、白峰も理解できない表情のまま、首を切られて事切れていた。
今は姉村所長や風崎刑事が動き、白峰の遺体と部屋を管理してくれている。
本来ならばいつものように特務局が出てくるが、今回は風崎刑事も情報を隠してくれている。
昨日、俺達が特務局の施設で見た、殺人事件の被害者が収まったカプセル。あんなものを見た後で、白峰の遺体を渡せるはずがない。
白峰をあそこで何かの実験台として、一緒に並べるわけにはいかない。
トュルルル
「……もしもし」
『黒間か。風崎だ。……大丈夫か?』
俺が一人で自室にいると、スマホに着信が入った。
相手は風崎刑事だ。どこか元気のない声をしているが、俺のことを心配して電話をしてくれたようだ。
『白峰ちゃんのことは……その……残念だった。姉村の姉ちゃんも心配してるぞ?』
「……そうですか」
『鬼島と西原も今回の件は堪えてるらしくてな。話を聞くとわざわざ俺のところに来て、頭を下げてきた。……白峰ちゃんがこうなったのも、自分達が巻き込んだからだと責任を感じてる』
「……誰のせいかって言うなら、俺のせいです」
風崎刑事は姉村所長達の話を出し、俺を慰めてくれる。
その中で誰の責任かという話になるが、それは俺の責任だ。
白峰も俺と関わらなければ、狙われることもなかった。
俺と関わってしまったばかりに、白峰は命を落としてしまった。
――白峰が死んだのは俺のせいだ。
『……抱え込みすぎるなよ? 白峰ちゃんの件の捜査は、俺の方で個人的に進めておく。お前はまず、しっかり飯を食って体力をつけろ。いいな?』
「……はい」
俺は風崎刑事の話を聞き終えると、電話を切ってそのまま横になり続けた。
――昨日に白峰の遺体を見てから、とても食べる意欲も起きない。
水すら口にせず、ただひたすらに自室で横になっている。
「白峰にカレー……作ってやれなかったな……」
それでも食べ物の話を聞くと、それにまつわる話が頭に浮かんでくる。
白峰は俺の作るカレーを楽しみにしていたのに、もうそれも叶わない。
なんで白峰が殺されなきゃいけなかったんだ?
白峰が異界能力者だからか?
殺人犯が異界能力者を強く憎んでいることは分かっていた。
だが、白峰のように人畜無害で子供っぽい奴まで、殺されなければいけなかったのか?
――どうせなら、白峰よりも俺を殺して欲しかった。
「……もうこんな時間か」
満足に眠りにつくこともできず、外を見れば夕陽が見え始めていた。
こうやって丸一日横になるのも久しぶりだが、俺の体は重いままだ。疲れなど抜けるはずがない。
――少し前には白峰が押しかけてきて、休日なのに連れまわされていたことを思い出す。
あの時は面倒だったが、そんな日はもう戻ってこない。
姉村所長曰く、白峰は俺に好意を寄せていた。
俺もおぼろげとはいえ、白峰のことは気になっていた。
――こんなことなら、もっと白峰に優しくすればよかった。
俺も白峰も、どこかお互いに消化不良のままに引き裂かれてしまった。
――殺した犯人が憎くて仕方ない。
ガチャ ガチャ
「ツッ君……。その様子だと、ご飯も食べてないよね?」
「姉村所長……」
暗くなり始めた室内に、突如として来客が現れた。
ノックもせずにドアを開けて入って来たのは姉村所長だった。
何やら買い物カゴを携え、俺の断りも聞かずに部屋へと上がってくる。
「ツッ君が何も食べてないと思って、ご飯の材料を買ってきたよ。私が料理してあげるから、ちょっと台所を借りるね」
「…………」
「……いつものツッ君なら『所長が料理なんて無理でしょう?』って返すのに、それをする元気もないんだね……」
姉村所長だって辛いはずなのに、健気に俺のことを心配してくれる。
その厚意をありがたく思いながらも、俺はまともに返事も返せない。
いつものように所長に言い返す気力も湧かない。
「……白峰は本当に死んだんですか?」
「うん……言いづらいけど。私の方でも調べたけど、あの出血量じゃ助かりっこなかった……」
「……そうですか」
それどころか、俺は思わず白峰の安否について尋ねてしまった。もちろん、所長の答えは『ノー』だ。
俺だって分かってる。あの時の白峰の姿を見れば、助かりようがないのは一目瞭然だ。
俺にあの後の記憶はないが、姉村所長はあの後も白峰が殺された現場を調べてくれていた。
――俺にはもう、そんなことをする気力もない。
一番守りたかった白峰が殺された今、現場である白峰の部屋に入る気も起きない。
もう一度現場を見れば、俺はもう生きる気力さえ失う。
――連続殺人事件の調査も含めて、俺には先に踏み出す力さえ残っていない。
「……姉村所長。俺から一つだけ、お願いがあります」
「ん? どうしたのかな?」
俺は重い体を起こしながら、部屋の台所に向かおうとする姉村所長を呼び止めた。
こんな結末になってしまった以上、俺の存在は姉村所長達の邪魔になる。
俺は自ら身を引く決意を固め、所長へと願い出た――
「俺を……姉村便利事務所から除名してください……」




