Battle:正義四重奏 黄本 秋江
黒間、白峰、姉村、風崎、鬼島、西原
VS
第一世代異界能力者、正義四重奏:黄本 秋江
「正義四重奏の黄本さん……!? ど、どうしてここに……!?」
「落ち着くんだ、白峰。声を出すな」
横で白峰が怯えるのを、俺が抱きしめながら落ち着かせる。
思った通り、ここにやって来たのは俺も特務局で一度会った異界能力者の一人――雷のような金髪をした正義四重奏の黄本 秋江だった。
白峰からも聞いていたが、あいつは雷の魔法が使える。
まさかとは思ったが、黄本はその能力で自らの体を電気へと変え、壁の中に埋もれる電線を通って侵入してきた。
「なんや? 異界能力者って、あんなとんでもないことができる奴までおるんか?」
「体を電気にするって、もう人間じゃぁねぇでしょぉがぁ……」
「俺だって、初めて見て驚いてる……!」
「三人とも、今は息を潜めておいてね。ここで見つかったらひとたまりもないよ……!」
鬼島さん、西原さん、風崎刑事、姉村所長も、俺と白峰が隠れた物陰とは違うところに隠れている。
黄本に気付かれないように小さな声で言葉を交わし、胸の内の驚きを語っている。
――あちらの四人は俺や白峰と違い、正義四重奏と直接会うのは初めてだ。
そのわずかに零した言葉からでも、ここにやってきた相手がまともに立ち向かえる相手でないことを読み取っているのを感じる。
「ん~? ここの部屋って、こんな物の配置やったかな? やっぱり、誰かおるんかな? ウチより先に誰か来る予定もなかったし、なーんか怪しいな~」
幸い、黄本に俺達の居場所はバレていない。
ただ、一部の物の配置が変わっていることから、ここに誰かいることを感じ取っている。
――最悪の状況だ。これはもう調査どころではない。
とにかくここから脱出しないと、俺達は全員捕まえられる。
かと言って、この部屋は密室だ。出入り口の扉から逃げようにも、それでは部屋を見回る黄本にバレてしまう。
どうにかして逃げる手立てはないものか――
「……待てよ。ここの部屋、もしかして隠し通路があるんじゃないか?」
――そうしてこの危機的状況からの脱出について悩んでいると、俺の頭に一つの逃げ道が浮かんだ。
この部屋は確かに人が使っており、埃も積もっていない。
だが、他の部屋やここに至るまでの通路には埃が溜まっていた。
異界能力者の遺体を運ぶにしても、絶対に通るはずの道に人の通った様子はない。
――それならば、この部屋にはまだ本来の出入り口とは別に、隠し通路のある可能性がある。
「隠し通路だって? ……なるほど。それがあるなら、おそらくは少し離れたあそこの壁だ」
「本当ですか? 風崎刑事?」
「ああ。あそこの壁にある床だけ、何かを引きずったような傷がある。それこそ、扉を引きずったような弧を描く傷だ」
俺が密かにその可能性を声にすると、風崎刑事が隠し通路のありそうな場所を指さしてくれた。
風崎刑事も述べる通り、少し離れたところにある壁近くの床には、扉の開閉でできたような傷がある。
――隠し通路があるならば、あそこと見ていいだろう。
「だが、どうやってあそこまで行く? 元の出入り口より近いとはいえ、少しぐらいは黄本の気を逸らさないと――」
「なあ。オレも詳しいことは分からへんが、あの黄本とか言う姉ちゃんは、雷の能力者なんやな?」
「ええ、そうですけど……」
ただ、それでも隠し通路に向かうためには、黄本の気を引かないことには危険だ。
俺がその方法について悩んでいると、鬼島さんが確認をとってくる。
黄本が雷の能力者であることを確認してきたが、一体それに何の意味が――
「よっしゃ。ほんなら、ちょいと今から隙を作る。西原、お前ってまだ紙巻きタバコを使っとったよな?」
「えぇ、そうですけどぉ」
「せやったら、タバコの煙をアレに吹き付けて、作動させてくれへんか?」
「あぁ、なるほどぉ。分かりましたでさぁ」
――そう思っていると、鬼島さんは今度は西原さんに天井を指さしながら指示を出した。
紙巻きタバコで何をするのか分からなかったが、俺も天井を見てその意図を理解する。
確かに自信を電気へと変える黄本が相手なら、この方法でうまく行くかもしれない。
――危険も伴うが、今はそれに賭けるしかない。
「フゥー……」
取り出したタバコに火をつけた西原さんは、言われた通りに天井にある装置へと煙を吹き付けた。
かなり大量の煙を一気に噴き出したおかげか、目論見通りに装置が作動し始める――
ジジジジジジッ!!
「な、なんや!? これって警報か!? 火事か!?」
――火災報知器。鬼島さんの想像通り、西原さんのタバコの煙でそれが作動した。
鳴り響く警報に黄本も慌てふためくが、最大の目的は警報ではない――
ザァアアア!!
「ア、アカン! スプリンクラーが!? ウチに水は――アババババ~~!?」
――非常用の消化機能、部屋の天井に広がるスプリンクラーの放水だ。
黄本は雷の能力者ゆえ、水を被れば漏電してしまう。
鬼島さんの狙い通り、スプリンクラーからの放水をまともに食らった黄本は、全身に稲光を走らせながら悶えている。
一時的なものだろうが、これで黄本に隙ができた。
「急ぐよ! この壁の隠し通路は私が開けたから、すぐにここから脱出しよう!」
気がつくと、姉村所長は誰よりも先に動き、すでに隠し扉を開けていてくれた。
もうここに留まる余裕もない。調べたいことはまだあったが、今は逃げるしかない。
俺達は全員、隠し通路の中へと飛び込んでいく――
「マ、マズい! 黄本さんがこっちに気付く!」
「何!?」
――そんな時、白峰が気絶する気配を感じ取って知らせてくれた。
西原さんや鬼島さんと戦った時にも見せた、白峰の能力を研ぎ澄ました未来予知。
その力が数秒先の未来を感じ取り、俺達に少し先の未来を知らせてくれた。
俺もわずかに黄本の方を見ると、体を震わせて起き上がろうとしているのが見える。
それでもここまで来ると、後はもう急ぐしかない。
残るは俺と白峰だけ。俺は白峰の背中を抱えながら、隠し通路の中へと入る――
「……待って。黒間君達は先に行って。わたしが残って、うまく誤魔化す」
「し、白峰……!?」
――そんなあと一歩のところで、白峰が歩みを止めて俺だけを隠し通路へと押し込んできた。
「わたしは異界能力者だから、黄本さんにバレても言い訳できる。わたしが時間を稼ぐから、黒間君達で先に逃げて」
「馬鹿なこと言うな! こんな状況で、お前がどうやって言い訳して――」
「いいから! 早く!」
白峰の狙いは理解できた。自らも異界能力者であることを利用し、ここで一人だけ時間稼ぎをしてくれるようだ。
確かにこのままだと黄本に追われかねないのは事実ではある。
だが、俺は白峰を一人だけ残してはいけない。そんなことをすれば、いくら異界能力者の白峰でもどうなるか分からない。
――それでも、白峰は俺だけを強引に隠し通路へと押し込み、自らが外に出たまま扉を閉めようとする。
「大丈夫。わたしの方から落ち着いたらまた連絡する」
「ま、待ってくれって! 白峰ぇ!」
「また後でね。カレーパーティーの約束も忘れないでね」
俺の制止の声も聞かず、白峰は隠し通路の扉を閉めてしまった。
その際にわずかに見えたのは、白峰の暖かくて穏やかな笑顔。
これまでの一喜一憂とは違う、どこか俺を安心させるために作った笑顔に見えた。
「……ツッ君。今は白峰ちゃんを信じよう」
「……分かりました。とにかく脱出が先です……」
結局、俺達は白峰を置いて逃げるしかなかった。
姉村所長にも諭され、俺も隠し通路の中を進んでいく。
――それでもやはり、俺の気は重たい。白峰だけをここに残した後悔が大きい。
今の俺にできるのはここから逃げることと、白峰の無事を祈ることだけだ。




