屍の礎
「じゅ、十人のうち、九人も死んでる……!? そ、そんなの、わたしも聞いたことない……!?」
「そらそうやろう。こないな話、異界能力者内部の人間にはなおさら話されへん。話してもうたら、特務局への求心力もガタ落ちや。……今の白峰ちゃんみたいになぁ」
「う、ううぅ……」
鬼島さんの話を聞き、白峰はその真実にひどく怯えている。
無理もない。ある程度は予測していたが、特務局のやり方は異常だ。
――実験のために九人の命を犠牲にするなんて、世界的にも許されることではない。
「共同実験の被験者は入院している一人だけ……。その家族などへの連絡も難しいかな?」
「難しいですなぁ。この間の埠頭の一件以来、在日米軍も真帝会とは距離を置いてますなぁ。異界能力者に目をつけられた以上、迂闊に動くこともできねぇんでさぁ」
さらに姉村所長も尋ねるが、入院している被害者の関係者への接触も難しい。
こうなると考えられるのは『殺人犯が被害者の関係者』という線なのだが、それさえも厳しい。
どうにかして、糸口をつかむ方法はないものか?
「おい、鬼島。俺からも一つ聞かせろ。今の話で気になったことがある」
「おーおー。風崎はんがオレに尋ねごとかいな? 警察相手にベラベラするんは癪に障るんやがな~」
「グダグダ抜かすな。こうして俺達と関わった以上、そっちが逃げることも許さねえぞ」
そうこう悩んでいると、これまでは険悪なオーラ全開だった風崎刑事が口を開いてきた。
相変わらず鬼島さんのことを嫌い、嫌悪感を隠す気もないのが分かる。
それでも、風崎刑事には俺や姉村所長が尋ねた以外に、何か気になることがあるようだが――
「その九人の犠牲者についてなんだが、遺体は確認したのか?」
「あ~あ~。ホンマに刑事ってのは疑り深くて気に食わん」
――どうやら、この話の信憑性を気にしているようだ。
「わたしも聞いたことないけど、この人たちが嘘をついてる気配はない。それはちょっと、風崎刑事の考えすぎかも」
「俺は別に、こいつらが嘘をついてるかは気にしてねえ。だが同時に、真帝会でも米軍からの情報が完全ではないのも事実だ。鬼島、お前だって実際に遺体を確認しねえと、話の信憑性がねえだろ?」
「キシシシ。実に刑事らしい着眼点や。確かにオレも含めた真帝会の人間は、犠牲者の遺体をこの目で確認しとらん」
白峰も自身の魔法で感じ取った気配を説明するも、風崎刑事の疑いは晴れない。
だが、それも無理はない。現職の刑事として殺人事件の捜査をする風崎刑事にしてみれば、遺体を確認しないとこの話を信じることはできないのだろう。
鬼島さんも遺体は確認したことはないらしく、風崎刑事の疑惑を強めている。
「……いや、オレら真帝会どころか、遺体は米軍でも確認しとらんのかもなぁ」
「米軍も……!?」
ただ、鬼島さんは補足するように自身の見解を述べ始めた。
「考えてもみろや? 死人を出しとるようなヤバい実験をしといて、特務局が米軍にホンマのことを言えるか? 『こちらが実験に失敗したお仲間の遺体ですー』なんて言うて、素直に引き渡すか?」
「た、確かに、これまでの連続殺人の被害に遭った人達の遺体も、特務局が隠ぺいしてる」
「せやろ? 実験の結果が失敗であれ、特務局としても重要な参考になりそうな遺体を渡すとは考えづらい」
鬼島さんも述べる通り、確かに特務局が米軍に犠牲者の身柄を素直に渡すとは考えづらい。
白峰もこれまでの特務局の行いを振り返り、その仮説に納得している。
――連続殺人の被害者の遺体まで隠ぺいしてるのに、実験の犠牲者なんてもっと重要な参考データだ。
死亡事例自体は流石に関係者周りで隠ぺいできないだろうが、遺体の所在は特務局が隠ぺいしていてもおかしくない。
「そうだとすれば、本当に共同実験で死亡したアメリカ人が九人だったのかも危ういな」
「ヤクザの世界なら、死んだと思った人間が生きてるのもよくある話でさぁ。それに、死亡したのはアメリカ人。日本人じゃないなら戸籍を闇ルートで洗浄しててもおかしくねぇですなぁ」
さらにそこから考えられるのは『本当に死亡したのは九人だったのか?』という疑問。
風崎刑事と西原さんも口にするが、その中に生き残ったアメリカ人がいる可能性はある。
――もしそうだとすれば、その生き残りが殺人犯の正体だとも考えられる。
「共同実験のデータについては、流石に分かりませんかね?」
「当たり前やろが。むしろ、共同実験の話となると、そっちの方が詳しいんとちゃうか? こっちは米軍づてにしか聞いとらんで? その米軍かて、確かなデータは持ってなさそうやし」
「そうですよね……」
この仮説についてはもっと言及する必要がある。これこそが殺人犯に繋がる道筋かもしれない。
そのためにも次なる情報が欲しいのだが、これ以上は鬼島さんが知る由もない。
かと言って、こちらも共同実験に関するデータなんて、以前に代表の虹谷博士から手に入れたデータだけ。
――調べるためには、共同実験に関するもっと詳しい情報源が必要となる。
「共同実験がどこで行われていたかも、やっぱりご存じないですか?」
「ああ、知らん。米軍と今でも連絡取れたらええんやけど、向こうから接触してくれんと、こっちもコンタクトとれへんし」
その共同実験を調べようにも、現状この場でその手段はすぐに用意できない。
真帝会を通してまで極秘裏に動く米軍だ。直接基地に乗り込んでも、話を聞くはずもない。
ただ、このままでは手詰まりに――
「……わたし、実験がどこで行われたのか知ってるかも」
「ほ、本当か!? 白峰!?」
――そんな時、白峰が考えこみながら口を開いた。
いくら末端とはいえ、白峰も異界能力者だ。以前の第二世代に関する噂といい、何か気になるものはあるのだろう。
「ここから遠くなるけど、特務局で所有してる山がある。今は使ってないけど、そこにも異界能力者の実験施設がある」
「そこが共同実験が行われた場所ってことか?」
「うん。誰も入れないように立ち入り禁止になってるし、一番可能性は高い」
白峰はスマホを操作して、地図アプリ開きながら場所を示してくれる。
その場所を見る限り、かなりの山奥であることが分かる。
秘密の実験をするにはおあつらえ向きかもしれない。
「んぅ? なあ、西原。ここって、在日米軍基地も近なかったか?」
「そうですねぇ。真帝会に依頼してた米軍も、確かこの辺りの連中ですなぁ」
さらには鬼島さんと西原さんも、白峰が示した場所に覚えがある。
――確証はないが、探ってみる価値はありそうだ。
「俺、ここを調べてみたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ここまで来たら、途中下車みたいな真似はしたくないよね。私もツッ君の意見に賛成だよ」
「俺も刑事として、この連続殺人を追いたいからな。今のところ、共同実験を行っていた場所を調べるのが一番だし、俺も手伝ってやるよ」
「わ、わたしも!」
俺の要望に対し、姉村所長も風崎刑事も白峰も、快く了承してくれた。
いまだに謎が残る共同実験。殺人犯も関係者と思われる以上、みんなも調べずにはいられないようだ。
「ほんなら、オレも行こか。西原、お前も一緒に来いや」
「え? 鬼島さんと西原さんも来てくれるのですか?」
「別にええやろ? 人数多い方が、調べごとには都合がええ」
「それはそうですけど、ここまでくると真帝会としては関係なくないですか?」
「そうでもないやろ。オレらヤクザもんは異界能力者の被害者や。異界能力者の尻尾を掴めるなら、オレらにも都合がええで」
さらには鬼島さんと西原さんまで調査に加わってくれた。
こちらとしてはありがたいのだが、俺が真帝会から知りたかったのは異界能力者や米軍との関係性だけだ。殺人犯を追うとなると、そこは範囲外になる。
それでも、鬼島さんにも異界能力者の施設を探る意味はあるらしい。
異界能力者の裏を探ることで弱みを握りたいのは分かるが、どうにも別の理由がある気がする。
――その要因はおそらく、俺がまだ聞いていない真帝会の秘密についてだ。
「鬼島さん。これは殺人事件とは直接関係ないですが、最後に一つだけ俺の質問に答えてください」
「おお、なんや? この際やから答えたるで」
俺はそのことについて、鬼島さんにも質問してみた――
「真帝会のバックにいるフィクサー。あの噂って、本当なのですか?」




