点と点を繋ぐ糸
「さーて。役者も舞台も整ったことやし、早速話すとすっか」
鬼島さんと西原さんに案内されたのは、この地下闘技場の選手控室のような場所だ。
俺達はそこにあった椅子で、円を描くように座る。
「こっちからの話については、ツッ君にしてもらおうかな」
「まあ、鬼島の話を一番聞きたがってたしな」
「そうですか。では、そうしましょう」
姉村所長と風崎刑事に諭され、話題については俺から話すことになった。
ちょっとした功労者気分だが、この二人はそもそも鬼島や真帝会とも縁がある。
どうせ話を聞くなら、俺のように知らなかった人間の方がいい。
「それでは、鬼島さんに西原さん。まずは西原さんが埠頭で行っていた、外国人相手のビジネスについてお尋ねします」
俺は二人の言葉に従い、鬼島さんと西原さんに最初の質問を始める。
「こちらの推理では、あの外国人は在日米軍基地のアメリカ人だと思うのですが、いかがでしょうか?」
「そのへんも考察はしとったんやな。まあ、西原からもお前と白峰ちゃんにバレたって報告は受けとるし、そこが気になんのも当然や。……これについてはその推理通りや。あいつらは在日米軍基地に住んどったアメリカ人や」
「あの時、埠頭に泊まっていた潜水艦についても、米軍のもんだぁ。あれだけの規模の潜水艦を極秘裏に用意するなんて、米軍レベルじゃないと無理だなぁ」
まずは最初の質問――真帝会と米軍の関係性。
これについては予想通り、真帝会は在日米軍基地と繋がっていた。
鬼島さんと西原さんは二人して、あっさりと事実を認める。
「在日米軍基地はこの国の政府に対して、なんや面倒な立場におったらしいわ。正規の方法で国外に逃げたかったけど、それもできんかったらしい。そこで、真帝会に極秘裏の国外逃亡の手助けを頼んだってわけや」
「オレは英語がある程度話せたから、鬼島のカシラの命令で真帝会側の窓口をやってたんだぁ」
「西原の奴、昔はアメリカの地下格闘界にもおったらしい。オレも英語は話せるが、真帝会の会長代行という立場上、あんま表に出るわけにもいかんかったしな」
そして補足するように、真帝会がどう米軍と関わっていたのかの詳細も教えてくれた。
在日米軍は日本政府に協力要請はできなかった。飛行機などを使わず、潜水艦を使うという機密性。
これらの中から予測できる『在日米軍基地と日本政府の間の面倒な立場』についても、おそらくはこれまでの推理通り――
「在日米軍基地はかつて、異界能力者特務局と共同実験を行っていた。その時の被験者だったアメリカ人の死亡事例を隠ぺいするため、日本政府から監視される状況にあった。それがさっき言ってた『面倒な立場』じゃないですか?」
「……キシシシ! 中々おもろい推理やな。それによう調べとる。概ね、そんな感じやな」
――俺がその推理を話すと、鬼島さんもこちらに笑みを浮かべながらその内容を認めた。
俺達は俺達で調査を進めていたことが、鬼島さんには面白く見えたのかもしれない。
「そっちが調べた通り、在日米軍と特務局は共同でなんや実験しとったらしいわ。ほんで、その結果として国際的にもヤバいことになったのは聞いとる」
「そ、それって、やっぱりその実験で人が死んじゃったから?」
「そういうことだなぁ。オレも窓口で米軍とは何度も接触したし、その実験の話もすることはあったぁ。だが、詳細な中身については知らされてねぇ」
白峰も話に加わり、鬼島さんと西原さんが言葉を紡いでくる。
米軍と特務局の共同実験で問題が起こったのは事実だが、どのような問題が起こったのかまでは不明とのこと。
米軍からしてみても下手に情報を漏らし、これ以上監視の目をきつくされるわけにはいかない。
どのような問題が起こったかは気になるが、真帝会と異界能力者の接点が見えただけでも大きな収穫だ。
「あぁ。でも、在日米軍の連中はオレと取引をする時、いつも同じ病院を使ってたなぁ」
「同じ病院……?」
そんな時、西原さんが思い出したようにあることを呟いた。
在日米軍との取引に使っていた病院。それは俺と白峰が西原を目撃した、あの病院のことだろう。
「この辺りの話は、米軍の窓口になってた奴からも少し聞いたなぁ。なんでも『この病院には特務局との実験の被害者が一人入院してます』って話だぁ」
「共同実験の被害者が? それって本当ですか?」
「あぁ、本当だぁ。場所も米軍の方から指定してきてなぁ」
まさかとは思ったが、あそこの病院に話に聞く共同実験の犠牲となったアメリカ人が入院しているようだ。
米軍があの病院を取引場所に指定したのも、入院している被害者との関りが見える。
「あの病院に被害者がいるから、その様子を伺う意味も含めて、米軍は取引場所に指定したのかもな」
「ねえ、黒間君。あの時にわたし、あの人の気配も感じてたけど――」
俺が顎に手を当てながら考察していると、白峰もそこに割り込んできた。
そうだった。あそこの病院に俺と白峰がいたのは、本来西原ではなく、別の人間を追ってのことだった――
「異界能力者連続殺人事件の犯人。あの人もあそこにいた」
「……ああ。少しずつだが、因果関係が見えてきたか」
――白峰も言う通り、例の殺人犯はあの病院にいた。
白峰は気配を感知する魔法により、殺人犯の気配を感じ取っていた。
どうにも、あそこの病院は色々と接点になっているような気がしてならない。
「異界能力者連続殺人事件の犯人か。確か、黒間らはそいつを追っとるんやったな」
「鬼島さん、正直に答えてください。真帝会はその犯人と繋がっていますか?」
「こないなとこで嘘なんてつかへん。真帝会はそもそもあの連続殺人について、完全にノータッチや」
俺は先に鬼島さんへ、真帝会と殺人犯の接点を確認してみた。
その答えは『ない』とのこと。これについては予測できた。
そもそも真帝会が殺人犯と繋がっているならば、こうやって話の場を設けようともしない。
殺人犯も俺のことは知っている。姿を隠したい立場なのに、繋がっている組織と俺達が接触することを指を咥えて見ているはずがない。
――もしもそうするつもりなら、昨日の夜の段階で俺を殺しに来てる。
真帝会と殺人犯の繋がりはなしと見て問題ない。
「それなら、入院してる共同実験の被害者と話はできませんか?」
「そらぁ無理な話やで。オレもあの病院の話は聞いとるが、そいつが入院しとる病棟自体が完全に隔絶されとる。特務局から姿をくらますためやろうな」
それならば次に調べるのは、入院している共同実験の被害者についてだ。
殺人犯があの病院にいた理由は、今のところ二つ考えれる。
殺人犯が被害者と親しい間柄にあり、見舞いにやって来た。
被害者こそが殺人犯の正体であり、治療のために戻って来た。
――いずれにせよ、ここから掘り下げられる情報はまだある。
直接の話はできないと鬼島さんも言うが、今は少しでも情報が欲しい。
「その被害者の身元って分かりませんか?」
「それも無理や。そないな個人情報、いくら真帝会が米軍に協力しとっても、話す筋もあらへん」
被害者の身元が分かれば、どちらの可能性であっても殺人犯にたどり着ける。
その願いを込めて聞いてみたが、鬼島さんでさえも知らないらしい。
「オレも後聞いたことがあるのは、米軍連中の立ち話ぐらいだなぁ」
「被害者のことについてですか? どんなことを?」
「えーっと……。あれも英語だったけどよぉ……」
ただ、西原さんの方は日常会話を耳にしたのか、何やら覚えがあるようだ。
そのことについて話してくれるのだが――
「『She is unlikely to wake up』……って、言ってたなぁ」
「それって、和訳だとどうなります?」
「『彼女は目を覚ましそうにない』……だなぁ」
――その話を聞いて、二つの可能性のうちの一つが潰れる。
入院している被害者は女性。しかもその言葉から植物状態と思われる。
あの殺人犯の声も体格も男性のものだった。被害者と殺人犯が同一人物だとは思えない。
「ツッ君。もしかして、被害者と殺人犯が同じ人だと思ってた?」
「その通りですよ。でも話を聞く限り、それはなさそうですね」
姉村所長も同じように考えていたのか、俺の話に乗っかるように話しかけてくる。
俺としてはこれで選択肢が一つ減ったが、姉村所長はまだ納得できていない様子。
上を向いて少し考えた後、今度は所長が鬼島さん達に質問を始めた。
「共同実験の被害者って、一人だけなのかな? 他の被験者の所在については?」
「生憎と、オレらが知ってる被験者については、その病院に入院してる奴だけや。いや、そもそもの話、それ以外は知りようもない」
「……それってつまり、そこが共同実験の闇ってことかな?」
姉村所長の頭に浮かんだのは『他の被験者の所在』についてだった。
確かに入院している被害者以外の所在が分かれば、そちらを追って情報を得られる。
だが、鬼島さんの語る話では、それは到底不可能な話であった――
「共同実験に参加したアメリカ人は十名。そのうち、一人が現在も昏睡状態。……残りの九名は全員死亡しとる」




