帝王の代理人
「膝……ついたな。俺達の勝ちだ」
「や、やった! 黒間君、やった!」
西原がリングに膝をついたことで、俺と白峰の勝利が確定した。
その様子を見て、白峰がリングの外で飛び跳ねている。
子供っぽい喜び方だが、俺も内心では喜びを感じずにはいられない。
――白峰の協力のおかげで、俺は真実へと進める。
「や、やってくれるぜぇ……。まさかオレの攻撃を、異界能力者の姉ちゃんに読まれるとはなぁ……。負けちまったかぁ……」
西原は膝をついて悔しそうにしながらも、潔く負けを認めてくれた。
これで約束通り、俺は真帝会の内部を誰よりも知る人物に会える。
その人物から話を聞ければ、例の殺人犯の足取りを追うことも――
「あ~あ~。まさか、西原が負けてまうとはな~。そいつは真帝会ん中でも、唯一オレとタメ張れるぐらいには強かったんやがな~」
――そんな期待を抱いていると、西原が出てきたのと同じ通路から、男の声が響いてきた。
関西弁の訛りをした、どこか軽くも感じる語り口――
「ダハハハ……。すんませんねぇ、カシラぁ。でもまぁ、こいつらを試す分には、十分だったでしょぉ?」
「『カシラ』……? まさか、この声が……?」
「あぁ。てめぇらがお望みのお方だぜぇ」
――まさかとは思ったが、ここに来た目的である当人のお出ましのようだ。
膝をついていた西原も立ち上がり、大きく足を開きながら奥の人物へと頭を下げる。
これはヤクザ式の礼儀作法だったか。その態度だけでも間違いないと分かる。
「せやけど、ホンマにオレまでたどり着くとはなぁ。あんだけ『真帝会には関わるなー』って、オレも忠告したったのによぉ。なんや? これが若さか? いや~、いずれにせよ、大したもんやでぇ」
「『忠告した』……?」
「ど、どういうこと? この人って、わたし達のことを?」
――ただ、こちらに歩きながら語る話の内容には、どうにも引っかかるものがある。
それはまるで『俺や白峰とすでに会っている』とでもいった様子の語り口。
その人物は頭をかいて適当に髪型を乱し、着ているタキシードのネクタイを外して胸元を開けながら、暗い通路から姿を現す――
「そ、そんな!? この人って……!?」
「……いや。確かにあんたが鬼島 炎なら、納得できる話でもあるか」
――その人物の姿を見て、白峰は驚き、俺はある種の納得をする。
そしてリングの上まで現れると、答え合わせのように自己紹介を始めた――
「改めて自己紹介したるわ。オレこそが真帝会の若頭――現真帝会における会長代行。鬼島 炎や」
「バ、バーのマスター……!?」
「あんたが鬼島本人だったのか……」
――そこに立っていたのは、俺達もお世話になっていたバーのマスターだった。
髪型や服装をわざと乱し、口調も大きく変わっているが、この人こそが真帝会若頭の鬼島本人だった。
「なーんや? 異界能力者の姉ちゃんはええ反応してくれんのに、黒間はえらい素っ気ないやないかい?」
「あんたが鬼島 炎だったなら、俺には納得できます。真帝会に関する情報だって、自分の裁量次第でいくらでも出し入れできますからね」
「カ~! あの姉村はんのとこの坊主なだけあるわ! 変なところで頭回しおる! もうちっと空気読んで、リアクションしてもええやろ!」
マスターが鬼島だったことに白峰は驚愕するが、俺はこれまでのことを考え直して受け入れることができた。
昨日、マスターが『これから荒事が多くなる』と言ったのだって、自らが荒事を起こす張本人なのだから言えて当然だ。
今の態度を見る限り、こちらの関西弁の方が素で、バーでの礼儀正しい態度は演技だったのだろう。
――関西人気質なのか、無駄にコントを要求してくるのは別で気になる。
「それにしても、西原も情けないやっちゃ。自慢の怪力が台無しやで」
「仕方ないでしょぉ。攻撃を読まれちまったら、オレも打つ手がありませんぜぇ」
「いや、まあ、勝負はこっそり見とったから、そこは納得できる」
「だったら、変に言及しないでくだせぇ……」
姿を現した鬼島なのだが、軽い調子で西原に悪態をついている。
これまで豪気な態度を見せていた西原が一転、鬼島の前ではヘコヘコとしている。
その態度だけ見ても、この人が真帝会の若頭というのは事実のようだ。
「姉村はんと素で会うんも久しぶりやな」
「そうだね。あの時はツッ君や白峰ちゃんに真帝会のことを話し始めたから、私も内心ヒヤヒヤしてたよ」
「別にあれぐらいならかまへん。あのバーをやっとんのかて、隠れ蓑であると同時にシノギの一つや」
鬼島は姉村所長に対しても、あまり遠慮のない調子で話し始める。
この二人、一体元々はどういう間柄なのだ?
「あの、姉村所長――」
「ごめんね、ツッ君。この辺りの事情についてはまた別の機会に話すよ」
「安心せい。別にオレは姉村はんのことを、取って食ったりするつもりはあらへん」
「そ、そうですか」
俺も気になって尋ねようとしたが、ものの見事に言葉を重ねて遮られてしまう。
どうせこのことについても、姉村所長は『女は秘密で美しくなる』ではぐらかすのだろう。
――それよりも、鬼島の言葉の方が気になる。
姉村所長を『取って食う』という言葉だが、どこか俺と姉村所長の間に入り込む言葉のように聞こえる。
――考えても面倒そうなので、これ以上気にするのはやめておく。
「ほ、ん、で~? あんさんもおるんやな~、風崎はん?」
「俺だって、好き好んでお前に会いに来ねえよ」
そして、鬼島は一番奥で苦虫を潰したような顔をしていた風崎刑事にも声をかけた。
だが、その時の様子はわざわざ風崎刑事の顔を下から覗き込み、煽っているようにしか見えない。
それはそうだろう。片やヤクザ、片や刑事。まさに水と油。
――風崎刑事がこれまで、鬼島が隠れ蓑にしていたバーを敬遠するわけだ。
「カ~! 相変わらず、愛想も何もあらへんな~! なんやったら、オレが営業スマイルやトークでも教えたろか? ずっとバーのマスターしとったから、下手な奴よりも参考になるで?」
「誰がお前の世話になんかなるか! 第一、お前は昔から行け好かねえんだよ! 『正面から堂々とするのが好き』とか言ってるくせに、自分はバーを隠れ蓑にコソコソしてんじゃねえよ!」
「そこは使い分けやろがい! ホンマ、頭の固い刑事やで! まったく!」
鬼島と風崎刑事の口喧嘩は続くのだが、そのやり取りは何というか――どこかレベルが低い。
ヤクザの若頭と元マル暴の刑事が口論するのは分かる。
だが、もっと踏み込んだ内容で口論にならないのだろうか? 『ヤクザと警察の因果関係』とか。
「ああ、二人とも? 会って早々口論になる理由は分かるけど、本題に戻らないかな? ツッ君や白峰ちゃんも待ってるし」
「姉村はんまでノリが悪いなぁ……。まあ、ええわ。確かに今日は口喧嘩が目的やないしな」
そんな終わりの見えない口論も、姉村所長が仲裁に入ることでようやく収まってくれた。
鬼島も風崎刑事にガン垂れるのをやめ、俺と白峰に向き直ってくる。
俺としても、ヤクザと刑事の口論より、真帝会が握っている情報が気になるのだが――
「あっ。せやけど、ちーっと待ってくれ。なんやったら、オレとも一勝負してくれへんか?」
「……え?」
――その間に、またしても勝負を挑まれてしまった。
「丁度ええ機会やろ。この地下闘技場にまで招いたんや。オレも長いこと喧嘩しとらんさかい、体がなまっとらんか確かめたいんや」
「いやいや……。西原に勝てれば、話を聞いてくれる約束でしたよね?」
「話は聞いたる。せやけど、これはオレの個人的な趣味や。オレ、喧嘩するのが好きやねん」
「本当にテンプレのヤクザなこと言いますね……」
しかも勝負を挑んできた理由だが、完全に鬼島の趣味だ。
俺は喧嘩はむしろ嫌いなのだが、鬼島にそんなことは関係ない。
手足をブラブラと揺らし、戦うための準備を始めている。
「黒間ぁ。鬼島のカシラの相手をしてくれぇ。カシラはこうなると、ひと暴れしないと落ち着かないんだぁ」
「……先に確認しますが、俺が負けても話は聞いてくれますよね?」
「そりゃぁ聞くけどよぉ、だからって手を抜いたら、カシラが機嫌を損ねるぞぉ?」
「め、面倒くさい……!」
傍で眺めていた西原にも確認をとるが、とりあえず勝負を避けては通れないようだ。
――こんな喧嘩好きがトップで、よく真帝会は維持できているものだ。
むしろ、これはヤクザだから通用しているのだろうか? どうでもいい話だが。
西原が以前に『ヤクザにかかわると後が面倒』といった都度の話をしていたのも分かる。
「ルールは西原ん時と同じや! 一回でもオレに膝をつかせればそっちの勝ち。もちろん、さっきみたいにセコンドもありやで~」
「……白峰。またサポートを頼む」
「う、うん……」
今度は俺と鬼島がリングの上に立ち、お互いに構え合う。
先程と同じく、セコンドには白峰に入ってもらう。
――本来の勝負が終わった後のエキシビジョンマッチだが、手加減はできそうにない。
話を聞く限り、実力は西原と同格。そもそも手加減できる相手ですらない。
どこか嬉々とする鬼島の言葉と共に、二戦目の幕が開けた――
「さ~あ! オレと遊ぼうやないかぁ! 黒間 次彦ぉおお!!」
■鬼島 炎
姉村が常連のバーのマスターにして、真帝会の若頭。四十歳の男性。
喧嘩好きな関西人。




