地下の格闘世界
「ダハハハ! 驚いたかぁ? ここは真帝会が経営してた、地下闘技場のリングだぁ!」
「地下闘技場……だって?」
俺達四人の前に現れた西原は、高笑いをしながらこの場所について説明してきた。
地下闘技場――噂程度に聞いたことはあるが、ここは設備も広さも段違いだ。
まさかこれほどまでに大規模なものが、この日本に実在するとは思わなかった。
「だけど『経営してた』ってことは、今はやってないってことで?」
「あぁ。異界能力者がのさばるようになってから、ここも監視の目を潜り抜けるのが難しくてなぁ。今はこうして、休業中だぁ。裏で膨大な賭けもやってたから、下手に経営なんてできやしねぇ」
西原も語ってくれるが、この巨大闘技場も現在は営業してないらしい。
これだけの規模を誇っているならば、その収入は膨大であったに違いない。
それを異界能力者の出現で表に出せないようになれば、真帝会にも大打撃になったのは想像できる。
「姉村所長と風崎刑事も、ここのことは知ってたんですか?」
「私も色々と網は張ってるからね。そのことについては、いつもの『秘密は女性を美しくする』ということで理解願うよ」
「俺もここを検挙しようとしたことはあるんだが、どうやら財政界のお偉いさんも使ってるらしくてな。俺みてえな一介の刑事じゃ、手出しできねえんだよ」
ここの存在をあらかじめ知っていた姉村所長と風崎刑事も、俺が尋ねるとその理由を簡単に語ってくれた。
姉村所長の方はいつもの笑顔と誤魔化し文句だが、風崎刑事は眉をひそめて頭をかきながら苦言を呈している。
警察でも手出しができない真帝会の裏側。データベースの改ざんだけでなく、こういうところにも眠っていたのか。
「ここの場所についてはある程度分かった。だけど、俺達が今回ここに来たのは、そんな内情を聞くわけじゃない。ここにいるのはあんただけか?」
「急かすなぁ、黒間ぁ。まぁ、オレも事情は聞いてるぜぇ。てめぇらが会いたがってる、鬼島のカシラからよぉ」
この闘技場に俺達を呼び出した理由は不明だが、そもそもこちらの目的はこの場所と関係ない。
俺はその目的のためにも、西原に話を進めるように促した。
「なんでも、異界能力者を殺して回る犯人を追ってるんだってなぁ? こっちからしてみれば、異界能力者は目の上のタンコブだから、その犯人が消して回ってくれた方が都合がいいんだがなぁ」
「そんなことを言ってると、今度は異界能力者が殺人犯一人のために戦争でも仕掛けるよ? あいつらにはそれができるだけの力がある。そんなことになれば、真帝会はますますヤバいことになるでしょ?」
「ほぉう? 確かに戦争でもされたら、真帝会はたまったもんじゃねぇなぁ」
真帝会若衆である西原からしてみれば、殺人犯よりも異界能力者の存在の方が目障りだ。それは俺も理解できる。
そのことも承知した上で、俺は西原がこちらの目的に興味を持つように話題を向けてみる。
「異界能力者もこの国の治安における実権を握っているとはいえ、組織としてはまだまだ不完全。そこに連続殺人犯なんて脅威が加われば、混乱は必至。そんな力だけが肥大化した不完全な組織が暴走すれば、真帝会はもちろん政界の大物――フィクサーみたいな人達だって迷惑するはずだ」
「ダハハハ……! 黒間ぁ、てめぇも中々口が回るなぁ。安心しなぁ。今回もオレは鬼島のカシラより、直接命令を賜ってらぁ。この場においてオレの一存だけで、てめぇらを追い返す真似はしねぇさぁ……!」
俺は屁理屈ともとれる文言を交えながら、西原の気持ちをこちらとの交渉に向けられるように仕向ける。
西原もその話を聞いて、ある程度は満足してくれたように見える。もっとも、西原も最初から交渉自体は行うつもりだったらしい。
――俺達が探していた可能性。
異界能力者、在日米軍、殺人犯。
それらを結ぶ真帝会という糸が、今目の前まで迫っている。
「それで、俺達の目的はハッキリ言ってあんたじゃない。真帝会のナンバー2――若頭の鬼島 炎はどこにいる?」
「そう焦るなよぉ。鬼島のカシラは真帝会若頭――ナンバー2とはいえ、現在においては事実上のトップだぁ。そう簡単に出てくるお人じゃねぇんだよぉ」
俺は焦る気持ちを抑えきれず、目的の人物である若頭の鬼島の居場所を尋ねる。
だが、事は簡単に及んでくれない。現存する極道組織の事実上のトップとなれば、そうなるのも仕方がない。
「姉村さんと風崎刑事に関しては、鬼島のカシラもある程度の信用は置いてるみてぇだぁ。あんたら二人に関しては、話を聞いてやってもいいとカシラから聞いてるぜぇ」
「姉村さんと風崎刑事は大丈夫なの? そんなに信頼されてるの?」
「私に関しては、まあ、異界能力者を敵に回すような仕事の代表者だからね」
「俺については商売敵としての付き合いってところか。鬼島の奴、本当にすかしたことばっかり言いやがる」
西原曰く、姉村所長と風崎刑事の二人だけならば、素直に姿を現してくれるようだ。
だが、今回は俺と白峰も同席している。ここまで関わった以上、俺達も同席しないわけにはいかない。
「つまり、俺と白峰のことを鬼島も認めれば、本人も姿を現してくれると」
「そういうことだぁ。そして、それを試すための代理人として、オレが選ばれたってわけだぁ」
俺も話の流れから予想した通り、鬼島に会うにはまず西原を納得させる必要があるとのこと。
――ここに来て、俺は待ち合わせ場所にこの地下闘技場が選ばれた理由を理解する。
相手は真帝会というヤクザ。普通の話し合いをするはずもない。
そんな俺の考えに同調するように、西原はゆっくりとリングの中央に歩を進める――
「さぁ、リングに上がれぇ、黒間ぁ! この俺に勝てれば、鬼島のカシラに会わせてやるよぉお!!」
――想像通り。鬼島の代理人である西原は、拳で白黒つけるつもりだ。
言ってしまえば実にヤクザらしい、なんともシンプルな提案だ。
「そ、そんな!? 黒間君、危ないよ! だってあの人、第一世代の異界能力者を一人で叩きのめしちゃうほど強いし……!?」
「……いや。ここまで来たら俺もやるしかないな。荒事に巻き込まれるのも覚悟の上だ。やってやるよ……!」
「く、黒間君……」
俺は白峰の不安を振り払うように、リングの中央へと向かう。
風崎刑事に試された時から、同じようなことが続くことは予想できていた。
――ヤクザの流儀に従う羽目になるが、俺はここで西原を倒す。
俺よりも数段格上の相手だが、この道を避けては通れない。
「ルールは簡単だぁ。てめぇが一度でも俺に膝をつかせたりすれば、それでそっちの勝ちだぁ。そっちのセコンドに白峰って姉ちゃんがついても構わねぇ。言うなれば、二人がかりでオレを倒せばいいのさぁ」
「かなり俺に好都合な条件だな。……まあ、それでも勝てる自信があるから、こんな条件を突きつけたんだろうよ」
俺はリングの中央で西原と構え合う。
西原が出した条件的に見れば、俺の方が圧倒的に有利だ。
それでも、西原は俺が簡単に倒せる相手じゃない。
「わ、わたし、どうすればいいの? 黒間君、本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。白峰ちゃんもセコンドに入って応援すれば、ツッ君も気合が入るよ」
「どのみち、俺と姉村の姉ちゃんは介入できねえ。後はお前達若い二人でやれ。こうなること自体は、黒間も予想はしてただろ」
リングの外では怖気づく白峰に対し、姉村所長と風崎刑事が声をかけている。
白峰のセコンドが戦術的に役に立つとは思えないが、応援してくれるなら精神的にはありがたい。
――相手は一度戦った時、俺のトドメが決まらないほど頑丈な男。
それでもこの先に進むと決めた以上、俺が引くこともない。
「埠頭で着かなかった決着を、ここでもう一度やり直そうじゃねぇかぁあ! 黒間ぁああ!!」




