終着点の存在
「ん~……! やっぱ、慣れ親しんだ我が家の方が落ち着くな」
姉村所長とも別れた後、俺は自宅のアパートへと戻って来た。
昨日は白峰の住む高級マンションで世話になったが、やはり俺にはこのオンボロアパートのワンルームがしっくりくる。
大したものも置いてないし、隙間風も気になる。
それでも変に高級な場所より、こういう安い場所が俺にとっては居心地がいい。
――姉村便利事務所もテナント費はかなり安かったし。
「さてと、今日はもう寝るか。……あっ。洗濯物を取り込まないと」
明日からも大変になるだろうが、昨日は白峰のマンションで泊まっため、洗濯物を干しっぱなしだった。
昨日は雨が降ってなくて助かった。洗濯物がずぶぬれだったら、二度手間の大惨事だ。
寝る前に取り込もうと思い、ベランダの窓を開けてみたのだが――
「やはり、あなたはここにお住まいでしたか。昨日は無事に逃げられたようですね」
「あ、あんたは……!?」
――そのベランダに一人の男が立っていた。
全身を黒づくめで覆い、フードで顔を隠し、陽も暮れ始めた影に紛れ込むような男。
――俺が追っている、異界能力者連続殺人事件の犯人だ。
「ど、どうしてここに――」
「おっと。今回は余計な口を開かないように願います。自分の質問に答えてくだされば十分です。普通の人が住む住宅街で、自分も騒動は起こしたくありませんので」
俺は犯人に詰め寄ろうとするも、先に右手に持っていたものを向けられながら、言葉を塞がれた。
俺も最初に出会った時と同じ拳銃だ。しかも今回はあの時のように逃げるための時間稼ぎではない。
完全に銃口で俺を捉え、こちらを逃がさないように狙っている。
俺は両手を上げ、無抵抗の意志表示をするしかない。
「ご安心ください。自分はあなたを殺しに来たのではありません。先日も申しましたが、あなたは生かしておいた方が価値があります」
「……それはどうも。だったら、あんたの用件を聞かせてくれ。何の用もなしに、わざわざ俺のところに来たりはしないだろ?」
「そうですね。まずは改めてお礼でも言いましょうか。あなたのおかげで正義四重奏を一人殺せました。感謝いたします」
殺人犯に余計な口を塞がれ、俺は相手の会話に合わせる。
今のこの場に俺一人でなければ、どうにかして捕まえるチャンスもあっただろう。
――おそらく、この殺人犯は俺のことを密かにつけ狙っていた。
俺がこうして一人になるタイミングを狙い、接触を図って来た。
目的こそ分からないが、この男は暗殺能力に関しては天才だ。気配を殺して相手の背後に一瞬で回り込む技量だってある。
――俺は殺人犯から目を逸らさず、動きも取れずに従うしかない。
「さて、お礼も述べたことですし、今回はあなたに確認したいことがあります」
そして殺人犯の目的が『都合よく殺しの機会を作ってくれたお礼』だけのはずがない。
俺に銃口をギラつかせながら、俺に確認したいことを述べてくる――
「あなたとよく傍にいる女性ですが、彼女は異界能力者でしょうか? 自分も以前に一度会ってますが、あの時はあなたも自らを異界能力者と偽っていたりで、確証がなかったもので」
「ッ!!?」
――最悪なことに、それは白峰に関することだった。俺も思わず動揺してしまう。
この殺人犯にとって、異界能力者は大なり小なり殺しの的だ。
ここで白峰も異界能力者であることがバレれば、これまで俺が危惧していた通り、殺しの的にされてしまう。
「……あいつは違う。異界能力者じゃない」
「冷静さを装っているつもりですが、動揺が見ただけでも分かりますよ? あなたのその態度が、彼女が異界能力者であることを物語っています」
「ぐっ……!?」
俺はどうにか誤魔化そうとするも、殺人犯はお見通しだ。
質問された時に動揺した時点で、白峰が異界能力者であることをバラしてしまったと言っても過言ではない。
最悪だ。これでは白峰を守るどころか、逆に危険に――
「とりあえず、彼女が異界能力者であることは分かりました。ご安心ください。彼女を殺すのが目的ではありません」
「……え?」
――そう考えていると、殺人犯から思わぬ一言が飛んできた。
殺しの的にされると思った白峰だが、殺人犯の狙いは違うらしい。
「彼女はあなたと親しい間柄なのでしょう? そのような人間を殺して、あなたに落胆されるのも困ります」
「その様子だと、俺と白峰のことはある程度調べたのか?」
「遠目に伺ったことがあるだけです。かなり遠方からでないと、どういうわけか彼女は自分の気配に気付くのです。おそらくはそれが彼女の異界能力者としての能力でしょうが、そのことは大して関係ありません」
殺人犯も語っているが、白峰は気配を感知する魔法が使える。
こいつに関してもそれとは異なるが、殺しの経験の中で気配には敏感になっているのだろう。
病院で白峰がこいつの気配を感じた時にいなかったのも、その辺りが理由と見える。
――もしかすると、白峰は俺も知らないところでこの殺人犯の気配を感じ取っていたのかもしれない。
それならば俺が白峰を守るどころか、俺が白峰に守られていたという話だ。
一人で息巻いてこそいたが、とんだ笑い種だ。
「あなたと同様、彼女も生かしておいた方が価値はありそうです。異界能力者ならば、内部の情報を抜き取ることもできるでしょう。今のところは殺さず、様子を伺いますよ」
「それだったら、最後に俺から一つだけ言わせてもらってもいいか?」
「この状況で話ですか。随分と肝が据わってますね。まあ、情報提供の対価です。一つぐらいならいいでしょう」
俺の話を聞き終えた殺人犯は、後ろ向きに銃口をつきつけながらベランダから逃亡を図ろうとする。
それでも俺にとっては一つの機会だ。このまま逃げられるぐらいなら、何か手を打ちたい。
こいつが連続殺人の理由を話すことは前回のようにないが、どうせなら聞き出すよりもある程度の時間稼ぎはする。
白峰に対してだって『今のところ』は殺さずにいてくれるだけ。いつ気が変わるか分からない。
この連続殺人の手を止めてくれる願いも込めて、俺は言葉を述べた――
「こんな連続殺人を続けるより、もっと自分のことを考えたらどうだ? 最初に俺と戦った時にも見たが、ボクシングの腕前は相当なものだろ? その腕前があれば、ベルトだって狙えるぞ?」
――それはこの殺人犯の復讐心を止めるための、先を見据えた話。
俺が相対した時の印象から、あくまで未来のことを考えるように述べたのだが――
「ハハハ……。アーハハッハハッハハハハッハハハッ!!」
――特務局で会った時と同じく、まるで壊れたように笑い始めた。
「なるほど。あなたは自分にこの復讐劇をやめて欲しいと? ですがそもそも、復讐を望む人間が後先の話を考えていると? そんなものは自分に必要ありません。この復讐劇をやめるつもりはありません」
「……確かにそうなのかもな」
ある程度覚悟はしていたが、殺人犯は連続殺人という復讐劇をやめるつもりは毛頭ないらしい。
一度は狂ったように笑っていたが、冷酷な語り口に戻ると、その気持ちを吐露してくる。
――俺の上辺の言葉で止まるほど、こいつの復讐心はヤワではない。
「少々おしゃべりが過ぎましたね。あなたの話にもお答えしたので、もうこれで失礼いたします」
その後は俺の返事を聞く間もなく、殺人犯は別れの言葉だけ告げてベランダから逃げていった。
銃口が逸れたところで慌てて外を見るも、もうそこに殺人犯の姿はない。
「またしても逃げられたか……」
結局、今回も殺人犯のいいようにしてやられた。
だが、あいつと相対するたびに思う。
あの殺人犯の狂気は危険すぎる。このまま野放しにできるはずがない。
――あいつがどこまで俺達のことを知っているのかは分からない。
もしかすると、真帝会に近づこうとしていることで、こうして行動に起こしたのかもしれない。
因果関係は見えてこないが、それでも俺が次にやることは決まっている――
――極道組織、真帝会。
その組織が握る異界能力者や米軍に関する情報を探ってみせる。




