危険な現状
「おい! 言われてた男と女はどこに逃げた!?」
「まだ近くにいるはずだ! 探せ!」
俺と白峰は半グレに喧嘩を吹っ掛けられた現場から逃げ、狭い路地裏へと身を潜めていた。
少しすると連中が言っていた増援がなだれ込み、俺達のことを探し回っている。
陰からバレないように様子を伺うが、あまりいい状況には見えない。
「くっそ。予想以上に増援が多いな。あのまま迎え撃とうとしてたら、本当にヤバかった」
「は、半グレの人達って、あんなにいっぱいいたの……!?」
俺は怯える白峰を胸元に抱えながら、どうにかして連中をやり過ごそうと機会を伺う。
そうは言っても、半グレの人数は想像以上だ。すでに数十人規模の人数が集まり、俺一人では相手もできそうにない。
こんなことなら、最初から逃げの一手を打つべきだったと後悔してしまう。
「こんだけ半グレが増えたのも、やっぱ異界能力者がヤクザを追い込んだのが原因か? これだけの人数の半グレがグループを組んでるなんて、聞いたこともないぞ?」
「半グレの人達って、ヤクザから溢れた人達もいるんだよね? それがここまで増えちゃったの? 統率も取れてるように見えるよ?」
「どうにも、俺も知らないところで治安が偏って悪くなってるらしいな……」
そんな半グレの様子を見ながら思うのは、そもそもここまで半グレが増えてしまった原因についてだ。
五年前だったら、まだ暴対法の締め付けはあってもヤクザ連中が闊歩していた。
言ってしまえばあの時のヤクザは『必要悪』のような側面もあり、ただ暴力を振るいたいだけの半グレを押さえつける側面も持っていた。
そのヤクザが異界能力者によって排除され、玉石混交な半グレが闊歩するようになった。
――結局のところ、治安向上という根本的な問題は解決されていない。
異界能力者による治安計画も、とんだ茶番と言いたくなる。
「それにしても、どうやってこの場を切り出すか? ここまで半グレに囲まれると、迂闊に動くことも――」
「おや? あなた方は……? 何やら、お困りのようですね」
色々と考えることはあれど、今はこの場をどうするかが優先事項だ。
そのことについて考えていると、後ろから誰かに声をかけられるが――
「あ、あんたは確か、姉村所長行きつけのバーのマスター?」
「覚えてくださっていましたか。ワタクシが見る限り、面倒に巻き込まれているようですね」
――そこにいたのはタキシードをきっちりと着こなす、俺もお世話になったバーのマスターだった。
俺と白峰の様子を見ただけで理解し、半グレにバレないように声をかけてくれた。
「よろしければ、ワタクシの店で隠れてはいかがでしょうか? もちろん、他者にバラすような真似はいたしません」
「本当にいいんですか? それなら助かります。白峰も大丈夫か?」
「うん。この人のことは知ってるし、このまま待つのは怖い」
さらにマスターは俺と白峰の身を案じ、自らの店に逃げ込むことを提案してくれた。
謎の多いマスターではあるが、この提案は渡りに船だ。
姉村所長とは親しい間柄だし、白峰も納得してくれている。
今は信用してもいいだろう。
「すみません。それでは、少しの間お邪魔します」
「どうぞご遠慮なく。姉村様とも親しいあなた方なら、喜んで迎え入れましょう」
俺と白峰はマスターの厚意に甘え、半グレに見つからないようにマスターの店へと向かった。
■
「意外と近いところにあったのか。ここで俺が手当てを受けたのも、まだ数日前なのに懐かしいな」
「あの時は大変だったし、わたしも詳しい場所は覚えられなかった」
マスターの店は俺達が半グレに絡まれていた場所から、意外と近くの場所にあった。
まだ開店していない店内は静まり返り、今は俺と白峰がカウンター席で一息入れている。
「酒類を提供するにはまだ早すぎるでしょう。生憎と水ぐらいしかありませぬが、ここで落ち着くまでお待ちください」
「本当にすみません。何から何まで」
マスターは俺と白峰のため、グラスに水を入れて差し出してくれる。
常連である姉村所長の関係者とはいえ、ここまで世話を焼いてもらえると申し訳なくも思えてくる。
俺と白峰はもらったグラスに口をつけながら、半グレから逃げきったことに安堵した。
「フゥ……。いくら半グレがチームを組んでても、まだ開店前の店に押しかけることはないだろ」
「うん、助かった。……それにしても、半グレもだいぶヤクザみたいになってるよね。あんなにいっぱいで、チームを組んでるなんて」
「ここ最近は半グレの組織化も顕著になっています。異界能力者の出現から極道組織はどんどん壊滅していきましたが、その勢力はほとんど半グレに流れました。それどころか、暴対法などの法整備も整っていないため、ヤクザを相手にするよりもよっぽど厄介かと」
落ち着いた俺達は、カウンターに腰かけながら先程までの状況について、軽く話を始める。
白峰も危惧する通り、半グレは今やヤクザに代わる組織へと変化を始めている。
カウンターを挟んで、マスターもその話に加わってくる。
その話も俺と白峰が思う通り、半グレに対処することへの難しさを物語っている。
――この五年間で行われた異界能力者による治安計画も、ここに来て綻びが出てきたと思わざるを得ない。
後先考えずに力を求めた政策が、こうして目の届かないところで悪影響を及ぼしているということか。
「それに俺が気になってるのは、あの半グレ連中が言ってた言葉だ」
「半グレが言ってたこと? 何が気になってるの?」
「あいつら、異界能力者が内部のゴタゴタで今は身動き取れないことを知ってたんだ。あのことを知ってる外部の人間なんて、俺達ぐらいだぞ?」
「あっ……!?」
ただ、今はそんな政策自体よりも気になることがある。
俺と白峰を襲った半グレは、昨日に異界能力者内部で問題が起こったことを知っていた。
その情報が漏れていたからこそ、連中も今日は幅を利かせて俺達を襲ったのだろう。
「ほう……。異界能力者の内部で、何やら問題があったのですか」
「ああ、すみません。このことは周囲に話さないようにお願いします」
「もちろんそのつもりです。ワタクシも決して他言はいたしませんので、話があるならばどうぞお話しください」
そんな気になることを口にした俺だったが、ここには部外者であるマスターがいることを懸念していた。
慌てて他言無用を申し出ると、マスターは快く受け入れてくれた。
――このマスターも謎は多いが、今のところ半グレと繋がっている様子はない。
もしも繋がっていれば、もっと俺達から情報を聞き出す態度をとってもいいはずだ。
それでもマスターは言葉通り、それ以上の詮索をすることはない。
この人が裏社会とのパイプを持っているのは確かだろうが、あくまで中立を維持しているのが見て分かる。
「……そうだ、マスター。よろしければ、お尋ねしたいことがあるのですが?」
「ワタクシに質問ですか? 答えられる範囲ならば、お答えいたしましょう」
ただ、こうしてこのマスターに再び会えたのだから、俺には一つだけ聞いてみたいことがある。
姉村所長や風崎刑事からは聞き出せないが、マスターのような第三者からならば、ある程度の話は聞けるかもしれない。
俺はそのことについて、意を決して尋ねてみた――
「真帝会という極道組織について、少しお話しいただけませんか?」
 




