事件の影
『犯人は異界能力者に対して、強い恨みを持った人間』であるという仮説。
もし俺と同じそのような人間ならば、それこそ異界能力者ではない一般人の可能性が高くなる。
異界能力者内部での内輪揉めとも考えらえるが、いずれにせよ世間に公表されないだけで、異界能力者に恨みを抱く人間は多い。
――そもそも恨みを抱く人間がなくならないから、姉村便利事務所のような存在が必要になっている。
国が異界能力者を重宝しすぎるあまり、被害に遭っている人間の声も黙殺されているなら尚更だ。
「おい。ここで異界能力者二名の死体が発見されたと聞いたのだが?」
「あぁ? 誰が勝手に事件現場に――って、特務局の方でしたか」
俺と風崎刑事が事件について考えていると、警察でもない男三人がブルーシートで囲まれた事件現場に割り込んできた。
この男達には見覚えがある。異界能力者特務局の人間だ。
「すみません。こちらも事件の調査中でして、今はお引き取りを――」
「黙れ。我々は異界能力者特務局だぞ? ただの警察や便利屋風情が口ごたえできると思うな」
「チィ……! 相変わらず、横暴な連中だぜ」
異界能力者特務局は、異界能力者を管理する組織だ。
そのため、俺みたいな一般市民はもちろん、風崎刑事のような警察にまでデカい態度をとってくる。
そんな我が物顔な態度を見ると、俺の両親を殺した異界能力者のことまで思い出してしまう。
――特務局の人間もあいつらと同じだ。
自分の権力に酔いしれて、こっちのことなんて何も見ちゃいない。
「異界能力者がこうも連続で殺されるとはな……。おい、二人の死体をすぐにこちらの車に搬送しろ。死んだとはいえ、外部に情報を漏らすわけにはいかん」
「毎回言いますけど、殺人事件を捜査してる俺ら警察の立場は?」
「被害者が異界能力者である以上、これは特務局の案件だ。それにいつまで経っても犯人を捕まえられない無能な警察など、こちらも信用できん」
「そっちがいつも捜査の邪魔するからだろうが……」
そんな特務局の連中だが、風崎刑事の意見も愚痴も無視して、殺害された異界能力者の死体を事件現場から搬送し始めた。
これもまた、いつものことだ。
現在、異界能力者が存在するのはこの日本だけ。
他の国も遺伝子工学などで独自に研究を進めたらしいが、どれも失敗に終わっている。
日本も技術提供として何人か異界能力者を派遣したことはあるが、核となる要素が適合するのは日本人だけらしい。
魔法が使えることといい、随分オカルトな異界能力者の力だが、やはりその力は世界中が欲しがっている。
今の日本は異界能力者を独占している状態で、世界情勢にも優位に立てているが、非公式にその力が漏洩してしまうと、その立場も一気に崩壊してしまう。
だからこれまでに殺された異界能力者も含め、その死体はすべて特務局に運ばれるのだ。
「……ったく。本当にこの五年間で、異界能力者とその周りの連中が幅を利かせやがって」
「風崎刑事も大変ですね。昔は疎まれていた警察も、今や疎むことが多い側ですか」
「言ってくれるぜ。それにしても、お前はよく文句も言わずに耐えれたもんだな」
「ん? どういう意味ですか?」
現場にあった二つの死体を乗せた特務局の車が去っていくのを見ていると、風崎刑事が俺に対して不思議そうな顔をしながら尋ねてきた。
「五年前のお前と言えば、少年課の世話になったこともあっただろ?」
「ああ、確かにあの頃はヤンキーしてたので、そんなこともありましたね」
「何に対してもどこか擦れてたお前が、こうやって特務局の嫌な連中の態度に我慢するなんて、人って変わるもんなんだな」
「……そこはまあ、姉村所長のおかげですかね」
風崎刑事が気になっていたのは、俺の五年前との変化についてだった。
確かに五年前の俺は結構なワルだったし、警察の世話になったこともある。
そんな俺が変われたのは、ひとえに姉村所長のおかげだろう。
ただでさえ不良だった俺が異界能力者によって両親を失い、さらに精神的に荒れていた時、姉村所長は俺のことを引き取ってくれた。
異界能力者に対して恨みを抱いてもいた俺だが、そんな俺の心を理解したうえで、姉村所長は何度もこう教えを説いてくれた。
どんなに心を乱しても、未来が変わるわけではない。
恨んで荒れるぐらいなら、同じような恨みが生まれないようにしろ。
過去を恨むぐらいなら、未来を望む力に変えろ。
復讐を望んでも、ただ虚しいだけだ。
――当時の俺には眩しい言葉だったが、まだガキだった俺の面倒を見てくれた姉村所長の言葉を、俺は受け入れることができた。
そのおかげで俺も少しは忍耐強くなったのかもしれない。
――今では俺の方が姉村所長の生活の面倒を見ることが多いけど。
「あの姉村の姉ちゃんも何者なんだよ? お前をこうやって更生させたり、自分のところの調査員に育てたり、拳法も教えたり。異界能力者についての情報も追ってるし、ただのずぼらな三十手前の姉ちゃんじゃねえだろ」
「そんなこと、俺にだって分かりませんよ。言えるのはせいぜい、年齢が『三十手前』じゃなくて『三十一歳』ってことぐらいなもんです」
「……それ、本人の前で言うなよ? 女はそういうのにうるさいんだ」
「言うわけないでしょ……」
そんな姉村所長の話を交えながらも、もう俺達がこの現場でできることはない。
殺された二人の死体は法務局に回収されてしまったし、警察で司法解剖もできない。
異界能力者が被害者となっているこの連続殺人事件で、その関係者以外の人間が調査に簡単に関わることができないのが現状だ。
それでも、今回の事件で一つだけ見えてきたものもある。
「とりあえず俺は事務所に戻って、姉村所長にこれまでの被害者と素行歴を洗ってもらいます。それで何か分かったら、風崎刑事にも連絡しますね」
「ああ、そうしてくれ。被害者の素行を洗えれば、犯人の足取りがつかめるかもしれねえ。俺も法務局の連中に邪険にされてるが、これでも二十年近く一線で刑事やってる人間だ。このままおとなしく引き下がるなんて、刑事としてのプライドが許さねえからな」
まず俺がやるべきことは、今回の事件で分かった『被害者の素行問題』について、姉村所長に報告することだ。
もし本当に読み通りであれば、これまで殺されてきた異界能力者にも、何らかの素行問題があると思われる。
風崎刑事もまだまだこの連続殺人を追うつもりだ。
これからも特務局といった異界能力者関係者の邪魔は入るだろうが、こうして味方してくれる人がいると心強い。
――言い方は悪いが、殺された異界能力者のために事件を追うわけじゃない。
その裏に隠されている真実を追わないと、かつて異界能力者に人生を滅茶苦茶にされた俺の気が収まらないだけだ。
「よお、あんたら。ここでウチの高校の奴が殺されたって聞いたけど、マジなのか?」
「詳しく話を聞かせてほしいもんだね。俺らも同じ高校の生徒として、『返し』をしたいからさ」
警察官が現場の片づけを始め、野次馬も帰り始めたその頃だった。
俺と風崎刑事のもとに、二人の男子高校生が現れた。
今回の被害者と同じ制服を着ているし、本当に同じ高校の生徒なのだろう。
「おいおい、ガキどもが。ここは一応、殺人事件の現場なんだ。高校生が迂闊に入っていい場所じゃねえぞ? それに『返し』だなんて聞いたら、それこそお前らをいったん少年課にでも補導させて――」
「はぁ? お巡りさんが俺達にそんなこと言っていいわけ? 俺達、異界能力者だよ?」
「そうそう。この国の治安維持団体で言えば、今は警察よりも上なわけよ? 分かる?」
「ハァ……。また異界能力者かよ……」
さらにはこの二人もまた、異界能力者らしい。
風崎刑事にまでこんな偉そうな態度をとってくるあたり、異界能力者への情操教育はうまくいっていないようだ。
これでは、そこいらの不良と何ら変わらない。
「なーんだか、どこかの誰かさんの昔みてえだな」
「……歳を重ねてから振り返ると、結構痛々しいものですね。俺も昔が恥ずかしくなりますよ」
風崎刑事は俺に対し、『昔、不良をしていた俺のような連中だな』と、遠回しに言ってくる。
返す言葉がないとはこのことか。当時の自分の姿を客観的に見ると、昔の自分の愚かさがよく分かる。
そんな連中が今は異界能力者と名乗り、警察より上の権力を手にしているのだから、これではまるでお笑いだ。
「なあ? 犯人の情報はないのかよ? あんたら無能な警察の代わりに、俺達で犯人をぶっ殺してやるよ」
「『ぶっ殺す』とか言ってる連中に言うわけねえだろ。それに、警察でも犯人の尻尾は掴めてねえよ」
「それでも何かしらの情報はあんだろ!? 俺達、異界能力者に逆らうんじゃねえぞ!?」
「本当にこんな連中が、今の日本の治安の要なのかよ……」
異界能力者は激しく息まきながら、風崎刑事に詰め寄っている。
仲間の敵討ちがしたいらしく、その気持ち自体は分からなくもない。
だがそのために、警察にまで自分達の権力を振りかざし横暴にふるまう姿は、とてもこの国の警察より上の治安組織の人間には見えない。
――将来的にはヤクザにでもなりそうな物言いだ。
「なあ、君達。流石に警察に突っかかっちゃうとさ、異界能力者の評判にも関わるよ? もしも事件のことを追いたいなら、それこそ君達の特務局にでも――」
「うっせえな! てめえこそ何者だよ!? 部外者だったら引っ込んでろ!」
流石に俺もその態度を見かねて口をはさむが、逆に異界能力者の一人は激昂し、俺へと殴り掛かって来た。
本当に血の気の多い連中だ。異界能力者が仮にも一般人の俺に手を出せば、その拳は凶器にもなりうる。
まあ、そんな暴力も特務局といった上層部が揉み消してくれるから、ここまで横暴な態度に出れるのだろう。
――もっとも、『その暴力の矛先が俺』だったのは、ある意味幸いである。
バシンッ!
「危ないよ、異界能力者のお兄さん。今の君がやってるのは、『プロの格闘家が素人に殴りかかる』のと同じことだよ?」
「な……!? お、俺のパンチを捌いた……!?」
■風崎 龍
黒間が住む地域を管轄する警察署の捜査一課刑事。四十三歳の男性。それなりの場数は踏んでいる。