人工の異能
「第二世代の異界能力者が、人工的に作られただって……?」
「う、うん。わたしも噂でしか聞いたことないけど……」
白峰が述べてくれたのは、すでに人工的に異界能力者を作り出すことに成功していたという話だ。
それが五年前に女神によって最初に生み出された、第一世代の異界能力者に次ぐ存在――第二世代の異界能力者。
「本当に第二世代の連中って、人工的に作られたのか? 異世界の女神がまた現れて、能力を授けたんじゃなくて?」
「わたしも詳しいことは知らない。でも『女神がもう一度現れた』って話も、わたしは聞いただけ。見たことはない」
その話にどこか納得できず、俺は白峰に確認をし直す。
だが噂話というだけのことはあり、白峰自身も詳細は何も知らない。
――それでも、白峰の話から『女神がもう一度現れた』という事実がないのも分かる。
ならば、第二世代の異界能力者が人工的に作られた存在であることも否定できない。
「でも、それだったら何で国や特務局は『人工的に異界能力者を作り出せた』って話を、大々的に世間に公表しないんだ? それこそ、世紀の大発見だろ? 世界的に見ても、さらに優位に立てそうなのに……」
「うーん……。もしかすると、その辺りの事情が米軍との共同実験と絡んでるのかも……」
なおも疑問が残る俺は、そのことを口にして意見を求めてみる。
するとその期待の通りに、姉村所長が自身の考えを述べ始める。
何やら、人工的に異界能力者を作り出せたことと米軍との共同実験の可能性を示唆するものらしいが――
「米軍との共同実験に参加したのは、在日米軍基地に在住してたアメリカ人の中学生や高校生だったよね? まさかとは思うけど、その実験に参加したアメリカ人は、第二世代の異界能力者を作り出すための犠牲になったとか……」
「え……!? そ、それってつまり、実験に参加したアメリカ人は――」
「言いたくないけど、死者は出てるのかもね」
――その可能性を耳にして、俺の身にも戦慄が走る。
世界各国でも行われていた異界能力者を生み出す計画において、このご時世故か人命についてはかなりの注意が払われていた。
下手に死者など出してしまえば、それこそ世界中から批判されてしまう。
少しでも被験者に異常が生じれば、それだけで実験を中止するという国際的な取り決めまであったほどだ。
「そ、そんな怖いことって、本当にあるの?」
「……いや。冷静に考えてみれば、それだけのリスクを冒す価値はあるか。人命を無視してでも成功させれば、異界能力者を供給できるという、膨大なメリットがある」
「ツッ君の言う通りだね。ここからも私の仮説だけど、国や特務局は外国人を実験台とすることで、失敗した際のデータが欲しかったのかもしれないよ。失敗もまた、成功への糧。そういう意味で、在日米軍との共同実験は特務局にとっては『成功』ということかもしれないね……」
姉村所長の話を聞いて白峯は恐怖を感じるも、俺はその可能性について考え直してみる。
確かにその通りの事実があれば、特務局が人工的な異界能力者作成に成功した事実を『第二世代の異界能力者』という形だけ表に出し、公にしない理由にも筋が通る。
そして虹谷博士から入手したデータにおいて、実験内容の部分がすっぽり抜け落ちているのも納得だ。
こんな事実を博士一人で管理できるはずがない。今回のように外に情報が漏洩すれば、博士どころか俺達まで消される。
――あくまで可能性の話だが、もしもこの仮説が事実ならば恐ろしいことこの上ない。
人命を救い、治安を守るための異界能力者を作るために、在日米軍基地のアメリカ人を犠牲にしていたのだから、最早支離滅裂だ。
「それなら、例の連続殺人犯の正体も、その時の共同実験の参加者とかでしょうか?」
「あるいは、その親族や親しい間柄の人間だね。そう考えれば、ツッ君も言ってた『復讐にとりつかれた様子』にも説明がつくよ」
そんな仮説から、俺は姉村所長と殺人犯の人物像について考察を重ねてみる。
これらの仮説が正しければ、俺が抱いた殺人犯の印象にも筋が通ってくる。
――異界能力者に関わる実験で、激しい憎悪を滾らせるアメリカ人。
米軍製の拳銃を使っていたことといい、そう考えていくと、殺人犯が在日米軍基地の関係者である可能性は高い。
「でも、たとえこれらの仮説が正しかったとしても、どうやって在日米軍基地のことを調べるの? 電話してみる?」
「そんなのできっこないだろ……。在日米軍基地となれば、そこは日本の領土外だ。それにこれらが事実なら、在日米軍基地も黙ってないだろうし……」
「じゃあ、米軍も脅されてるとか?」
「そんなことしてたら、この国や特務局がヤクザじゃないか……」
これまでの話を聞いた中で、白峰も自身の思うところを語ってくる。
だが、それらはどこか間が抜けたというか、素っ頓狂な考えばかりだ。
いくら異界能力者であっても、米軍を脅すことなんて――
「……いや。もしかすると、本当に白峰ちゃんの言う通りかもね」
「……え?」
――そう考えていた俺だったが、姉村所長も白峰の意見に同調し始めた。
「考えてもみてよ。異界能力者の力は破壊に特化してて、それこそ個人で軍事力を有しているようなものだよ。そんな未だに未知数な力を前にして、米軍でも太刀打ちできない可能性だってある」
「ですが、米軍を脅すなんて、いくら異界能力者でも――」
「でも実際、ツッ君と白峰ちゃんは大勢の外国人が埠頭で潜水艦を使い、密かに日本から脱出してると思われる光景を見てるよね?」
「あっ……!?」
最初は俺も同調できなかった話だが、姉村所長の話を聞く中で理解できる面も見えてきた。
異界能力者が持つ軍事力。埠頭で真帝会の西原が行っていた、極秘裏の外国人出国計画。
これらの事実を踏まえれば、白峰や姉村所長の言うこともあながち間違いとは思えない。
あの時の外国人は異界能力者の目を掻い潜るために、極秘裏に日本からの脱出を図った在日米軍基地のアメリカ人だったと考えるのも自然に見えてくる。
人工的に異界能力者を作るための犠牲者の家族達が口を封じられる前に、どうにか日本から離れたくなるのも十分にあり得る。
――本当にこの通りなら、異界能力者はヤクザよりもヤクザらしい。
一国の軍隊を相手に脅しを利かせるなんて、それこそヤクザでもしない。
「なんだか突拍子もない話ですけど、嫌に現実味がありますね……」
「異界能力者自体がこれまでの常識を超えた、突拍子もない存在だからね。これぐらい柔らかく考えないと、殺人犯も追えないよ」
「そんな異界能力者を簡単に殺しちゃう犯人も、かなり突拍子もない……」
これまでの常識が通用しない、異界能力者とそいつらを殺す殺人犯の存在。
姉村所長も言う通り、単純な推理だけではこの事件の解決には繋がりそうにない。
ただ問題となるのは、ここからどうやって殺人犯を絞り込むかだ。
異界能力者を殺せる技量についての説明はつかないが、米軍と繋がっているならば、一つだけその手掛かりがある――
「真帝会……。あの極道組織を調べれば、米軍内部のことも調べられるか?」




