唐突な二人きり
西原と別れた少し後、俺と白峰は姉村所長の車に乗せられて帰路についた。
変装に使っていた服も着替え、ようやくいつもの革ジャン姿にも戻れた。
だが俺が帰る場所はいつものアパートではなく――
「ここが白峰ちゃんの住んでるマンションだね。かなりいいところに住んでるね」
「わたしも異界能力者だから、優遇させてもらえてる。特務局の監視の目もない」
「……マジで俺もここで降りるんですか?」
――白峰が住んでいるマンションだ。
今はそこの地下駐車場に車で乗りこみ、車内で話し合い中だ。
白峰が『自分のマンションで俺の看病をする』と言ったばかりに、どうにも面倒なことになってしまった。
看病してくれる分にはありがたいのだが、同い年の男を自分の部屋に招き入れるなんて、白峰にその辺りの倫理感はないのだろうか?
「なあ、白峰。俺なんかがいきなりお邪魔しても、家族さんが迷惑するだけだぞ?」
「大丈夫。わたし、一人暮らし」
「……そうかよ」
その辺りのことも話そうとはしたが、結局やめた。
どうにも白峰からしてみれば、俺の性別に関係なく『友達を泊めるだけ』としか考えていないらしい。
一人暮らしだからいいと言う話でもないのだが、これ以上は話すだけ無駄な気がするのでやめた。
こいつは元々そういう奴だ。精神年齢が十歳ぐらい若い。
――白峰の目から見て、俺はどう映っているのだろうか?
「白峰ちゃんがツッ君の面倒を見てくれるなら、私も安心だね。あ! 二人きりだからって、激しいのはダメだよ?」
「『激しいの』って何の話ですか? そんなことを考えるなら、俺をアパートに帰してください」
「でも、ツッ君もかなり怪我してるから、これは仕方ないよ。それに、ツッ君にそこまでする度胸があるとも思えないし」
「だったら『激しいの』とか変なことを言わないでください……!」
結局、俺は白峰と一緒にこの場所で姉村所長の車から降ろされた。
その際に所長の余計な一言も入り、思わず握りこぶしを作りながら顔をひきつらせてしまう。
それでも体が痛むのは事実だし、ここからアパートまで歩いて帰るのは厳しい。
――悲しいことに、俺はこのまま白峰のマンションで世話になるしかなさそうだ。
「また明日、何か分かったら連絡するよ。ツッ君も白峰ちゃんも、それまではゆっくりしててねー!」
姉村所長は運転席から顔を出して手を振りながら、車を走らせて帰ってしまった。
詳しい話は明日以降。とりあえずはそれまで、俺も白峰も一緒にいることになるのか?
「なあ、白峰。やっぱり俺は別の場所に行った方がいいと思うんだ。お前も異界能力者だし、いつその関係者が来るかも――」
「わたしのところ、そういう人達は来ない。わたしが気配に敏感だし、異界能力者の中では末端だから、私生活のことは気にされない」
「……そうかよ」
俺も懸念事項を述べようとしたが、白峰にあっさり『心配は無用』と言われてしまう。
こんなところで白峰の気配に関する魔法や、異界能力者内でも末端であることが都合よく動くとは思わなかった。
――俺達に協力してくれたのが白峰で助かった。
これが別の奴だったら、こうは行かなかっただろう。
「わたしの部屋、十階にある。エレベーターを呼ぶから待ってて」
「末端と言っても、いい生活はしてるよな」
白峰は地下駐車場にあるエレベーターの近くのパネルにカードをかざし、ロックを解除してから操作をしている。
なんとも厳重なセキュリティだ。俺が住んでる築五十年のボロアパートとは違う。
■
「ここがわたしの部屋。遠慮なく入って」
「うわぁ……。この部屋、俺の住んでるアパートの五倍以上は広いだろ……」
そうして案内された白峰の部屋なのだが、これまた俺の生活とは比較にならない。
とにかく広いし、家具も俺の持っているものより数段高価だ。
――そして何より、姉村所長の事務所のように汚くない。
むしろ人形などが飾り付けられ、テンプレとも言える女の子らしい部屋だ。
「お前って、本当に女の子趣味だよな。まあ、ここら辺の趣味は人それぞれ――ん?」
招かれた白峰の部屋を軽く見ていると、一つの人形が俺の目についた。
この人形には見覚えがある。白峰は『キモかわいい』と評していたが、俺からすると『キモ怖い』このウォンバットの人形は――
「あっ! ウォンちゃん!」
「『ウォンちゃん』って……俺が前にやった、ウォンテッドウォンバットとかいうキャラクターのぬいぐるみか?」
「うん。あれから大事にしてる」
「だろうな。なんだか、リボンが増えてるし」
――やはり俺が以前、白峰にプレゼントしたものだった。
『ウォンちゃん』という名前を付けられ、リボンの飾り付けまで増えて、大事にしてくれているのはよく分かる。
だが元の姿が葉巻を加えたウォンバットという『キモ怖い』ものだったせいで、リボンのアクセントが『キモ訳が分からない』ベクトルへと昇華させている。
――それでも白峰にとって、やはりこの通称ウォンちゃんは『キモかわいい』の範疇なのだろう。
俺に対して自らのコーディネートを、ドヤ顔で自慢してくる。
「白峰の好みがマジで分からん……。まあ、好きにすればいいけどさ」
「今度はウォンちゃんにドレスを着せてみたい」
「ウォンちゃんはどこを目指してるんだ?」
ウォンちゃんのことで無駄なやり取りをしてしまったが、やはりこうしてくつろげる場所を用意してもらえるのは助かる。
青林との戦いでの凍傷もまだ癒えていないし、この部屋なら暖かくして過ごすには十分すぎるほどだ。
――俺のボロアパートとは比べ物にならないほど、断熱設備も整っている。
「黒間君、ココア淹れてきた。これであったまって」
「ああ、ありがとよ」
俺が部屋の内装に気を取られていると、白峰がわざわざ台所からココアを持ってきてくれた。
結局のところ、俺も今晩は白峰の世話になるしかない。
一応は年頃の男と女が二人きりになってしまったが、ここまで来たら余計なことは考えずに好意は受け入れておこう。
「そうだ、白峰。正義四重奏の青林が殺されたんだ。お前の方に特務局から連絡は入っていないか?」
「一応、入ってる。でもわたしには『当分の間、待機するように』って命令のメールが来た」
「俺があの場にいたこととかは?」
「感づかれてない。青林さんを殺した犯人については目処がついてて、そのせいで今日黒間君が特務局に潜入したことまで、うやむやになってる」
少し落ち着いたところで、俺は白峰に現状を確認してみた。
運がいいことに、俺以外に例の殺人犯も乱入したことで特務局内は混乱。
さらにはその殺人犯に青林が殺されたことで、俺が女装して虹谷博士と会っていた事実までうやむやになっている。
虹谷博士自身も俺を招き入れたのは失態になるため、余計な口を開けないのは想像に難くない。
あそこには通信用の眼鏡や囮に使ったウィッグなどもあったが、混乱のせいでその矛先はすべて殺人犯に向いているようだ。
「なんとも杜撰な捜査態勢だな。こんなの、風崎刑事が相手だったらすぐにバレてる」
「やっぱり、特務局って捜査には向いてないの?」
「そうだな。白峰みたいな異界能力者を利用すれば、そういう欠点も解消されるのにさ。現状、俺としては助かってるけど」
つくづく思うのだが、特務局は異界能力者の使い方が下手くそだ。
連続殺人犯を追うのだって、白峰のように諜報面で活躍できる人間をないがしろにしていた報いともとれる。
俺も施設で見せてもらった異界能力者を見る限り、とにかく異界能力者を能力の破壊力でしか見ていない。
あそこまで純粋な破壊力を強化して、戦争でも起こすつもりなのだろうか?
「異界能力者のパワーだけ鍛えるにしても、色々とおざなりすぎて正義四重奏まで殺されて――ん?」
「黒間君、どうかしたの?」
そんな異界能力者に対する愚痴を一人述べる中で、俺の中に一つ引っかかるものが出てきた。
例の殺人犯は確かに異界能力者を狙っている。
一応は素行の悪い異界能力者をターゲットにしているようだが、その情報はどこから手に入れているのだろうか?
テレビか? ネットか?
いずれにせよ、悪い噂のある異界能力者を突き止める方法は探せばある。俺も仕事で情報を手に入れられるぐらいだ。
だがそれでも、今日会ったあいつが『知っているのがおかしいこと』が一つだけある――
「あの殺人犯……正義四重奏のことを知ってたぞ」




