狂気の狭間の殺人鬼
「あ、あんたはこの間の連続殺人犯……!?」
「おや? どなたかと思いましたが、以前にお会いした拳法使いさんでしたか? 何やら女性のような恰好をしていますね。日本ではそういうのが流行りなのですか?」
正義四重奏の青林の首をあっさりとナイフで掻っ切り、その背後から現れたのは、俺が追っている異界能力者連続殺人事件の犯人だった。
相変わらず黒いコートのフードを深く被って顔は見えないが、俺のことを小馬鹿にするような口調で語り掛けてくる。
「別に流行ってなんかいないさ」
「では、あなたの趣味でしょうか?」
「俺の趣味でもない。あんたこそ、どうしてここにいるんだ?」
まさか女装で潜入捜査の最中にこの殺人犯と出くわすことになるとは思わなかったが、そもそも何故こいつがここにいるのかが分からない。
氷漬けで動けない俺のことなど気にも留めず、殺人犯は目の前でうつぶせで倒れる青林を足で雑に転がし、仰向けにしてその顔を伺っている。
――俺も確認してみるが、青林は完全に事切れている。
その表情も俺がこれまで見てきた異界能力者の死体と同じく『何が起こったのか分からない』という顔で死んでいる。
――この男の実力は知っていたが、正義四重奏まで殺すとは思わなかった。
「この異界能力者特務局は、自分も以前からずっとマークしていました。丁度騒動の気配を感じたので、自分も侵入してみた次第です」
「なんで騒動の渦中に侵入してきたんだ?」
「そんなこと、一つしかないじゃないですか? 自分とは違う誰かが起こした騒動の渦中なら、異界能力者を不意打ちで殺すのに好都合でしょう? しかも幸運なことに、正義四重奏の一人を殺せたのです。自分にとっては最高の収穫ですよ」
しかもこうしてわざわざ特務局に忍び込んだ理由なのだが、俺がこうして起こした騒動を利用してまで、異界能力者を殺しに来たようだ。
そのことを語る殺人犯の口調は『さも当然』とでも言いたげな様子。
『人を殺した』ということに慣れ過ぎているのか、後悔も自責も感じない。
俺はこいつの正体を確かめるために忍び込んだのに、まさか新たな殺しに利用されるなんて失態だった。
しかも形として、俺はこの殺人犯のおかげで青林に殺されずに済んでいる。
――この殺人犯の得体が知れなさすぎる。
これまでは素行の悪い異界能力者ばかり狙っていたが、チャンスがあるならば正義四重奏さえも標的にしてくる。
本当に異界能力者を皆殺しにしないと気が済まないような、底知れない狂気を感じる。
――この男はバケモノだ。
その狂気も殺しの技術も、異界能力者なんかよりずっと恐ろしい。
――シュゥウウ
「うぅ……氷が溶けた?」
「この正義四重奏が死んだから、その能力でできた氷も溶けたのでしょうか? なんともオカルトな力ですね。まあ、そのような原理は自分に関係ありません」
殺人犯と問答を続けていると、俺の下半身を拘束していた氷が溶けてなくなっていった。
凍っていた室内も、青林の死に合わせるように元に戻っていく。
――それでも、俺の危機的状況は変わらない。
今度は殺人犯が右手に持ったナイフの切っ先を、俺へと向けてくる。
「……やっぱ、俺も殺すつもりか?」
「そうなりますね。こうして二度も犯行を見られてしまった以上、今度こそ生かして帰すわけにもいかないでしょう」
逃げ出そうにも、先程まで青林に氷漬けにされていたためか、足に力が入らない。
俺は膝をついたまま、この先の運命を受け入れるしかないのか?
異能を持つ人間よりも、はるかに異常なこのバケモノに――
「……いえ、やはりやめておきましょう」
「え……?」
――死を受け入れ始めた俺だったが、殺人犯は俺にナイフを向けるのをやめてしまった。
俺も思わず拍子抜けした声が出てしまうが、その理由を殺人犯も語り始める。
「今回こうして正義四重奏を一人殺せたのは、あなたが騒動を引き起こしてくれたからです。流石に自分も正義四重奏を相手にして、簡単に不意打ちが通用するとは思いませんのでね」
「……それで俺に恩でも売るつもりか?」
「そのように受け取っていただいても結構です。ですがもう一つ理由を挙げるならば、あなたのことは生かしておいた方が、またこのようなチャンスを作ってくれそうという期待もあります」
「……俺はあんたに都合よく利用されるのはごめんだ」
俺をここで生かしておく理由も、結局はこいつが後々都合よくなるためのものだ。
そんな生かされ方は気に食わないが、今はそれに従うしか選択はなさそうだ。
――横目で青林の死体を見ながら考えると、チンケなプライドなんて簡単に吹き飛ぶ。
正義四重奏という異界能力者のトップさえ殺せる人間を前にして、下手に抵抗する意志さえ湧いてこない。
「あなたがどのように考えようと、これは自分の中での決定事項です。これ以上長話をする時間もありません。この騒動で他の異界能力者も集まるでしょうし、今日のところは自分も逃げるとしましょう」
「……待て。逃げる前に、一つだけ聞かせてほしいことがある」
それでも、俺だってこのまま終わるつもりはない。
こうなることは予想外だったが、ここで追っていた殺人犯に会えたのはある意味チャンスだ。
元々はこいつのことを調べるための潜入捜査だったが、この際に聞いておきたいことがある――
「あんたは何で異界能力者を殺して回る? 特務局に乗り込んでまで正義四重奏を殺すなんて、何がお前をそこまで駆り立てる?」
――それはこの殺人犯の犯行動機。
素行の悪い異界能力者ばかり狙っていたかと思えば、正義四重奏までチャンスを狙って殺しに来る。
以前は白峰だって狙っていたし、俺のことも異界能力者だと思うと狙ってきた。
これまでは一貫性のある犯行だと思っていたが、どこかちぐはぐなものを感じる。
そんな狂気の裏にある、こいつの行動原理をどうしても知っておきたい。
「何故異界能力者を殺すのか? 簡単ですよ。憎いからですよ」
――ただ、俺に対する返答はあまりにあっさりしすぎたものだった。
俺としてはその憎しみの理由が知りたいが、そこまで話してくれる様子はない。
だが――
「憎くて……憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて仕方ないのですよ。自分の気に障る異界能力者なんて特に殺したいですし、他の異界能力者だって心底殺したくて……殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて殺したくて――」
「お、おい……?」
――その憎しみの大きさだけは伝わって来た。
俺の問いかけに対し、殺人犯はまるで壊れたレコードのように、その怨嗟の声を何度も続けて言ってくる。
口にする時の様子だって、フードを左手でさらに深く被らせながら、体を震わせて溢れる感情を抑え込んでいるのが分かる。
それはまるで、無差別殺人の衝動を抑えているようにも見える。
――この殺人犯は異界能力者との間に、何があったというのだ?
「――フゥ。失礼しました。異界能力者のことを深く考えると、どうしても衝動が抑えられなくなってしまうものでして」
「あんた、なんでそこまで異界能力者のことを――」
「これ以上は言いませんよ。他の異界能力者が近づく物音も聞こえますし、あなたも見つかるとマズい立場なのでしょう? 逃げるなら今の内ですよ」
俺との長話が過ぎたとでも言いたいのか、殺人犯は話を切り上げると部屋の窓から逃げ出そうとし始めた。
何人かが駆け寄ってくる足音が俺にも聞こえるし、これ以上の詮索はできそうにない。
こいつが言っていることも事実であり、今の俺には逃げることが先決だ。
それでも殺人犯は最後にこちらを向きながら、以前と同じように英語で何かを話し始めた――
「You can't understand humans with crazy emotions embedded in them……」
 




