連続殺人事件
「風崎刑事。お疲れ様です」
「おう、黒間。早速、姉村の姉ちゃんのとこから駆けつけてくれたか」
姉村便利事務所を出た俺は、すぐさま電話で言われた事件現場へと急いだ。
そこで待っていたのは古びたトレンチコートを身に纏い、無精髭を生やした男だ。
この人は俺もよく知った間柄の刑事、風崎 龍さんだ。
この辺りの管轄をしている刑事で、事件現場での陣頭指揮を執ることも多い。
電話で事務所に連絡を入れてくれたのもこの人だ。
「また連続殺人ですか……。今回の被害者を見せてもらってもいいですか?」
「ああ、分かってる。おーい、こいつは特別に事件現場に入れるぞ。他の野次馬は入れるなよ」
俺が申し出ると、風崎刑事はブルーシートで囲まれた事件現場へと案内してくれた。
現場には他の警官や野次馬もいたが、俺は特別に案内してもらえる。
元々この連続殺人事件が発生してから、姉村便利事務所は警察との協力関係にある。
野次馬の視線を気にしながらも、俺は早速現場を確認させてもらった。
「今回の被害者は二人だ。どっちもこれまでの手口と同じく、刃物で首を掻っ切られて殺されたらしい。所見だが、犯行時刻は昨日の深夜ってところか」
「男子高校生と女子高校生ですか。制服を見る限り、近くの高校生ですね」
事件現場は今は誰も使っていない空き地だ。
周辺にも人の立ち寄るような施設はなく、真夜中なら誰も気付くことはなさそうだ。
かなり一瞬の出来事だったのか、男女の死体は驚きの表情を浮かべたまま事切れている。
首を掻っ切られた死体なんて最初の頃はビビりまくっていたが、今はもう慣れてしまった。
――今回で四件目になる連続殺人事件。
この殺し方は今までの犯行と同じく、すべての被害者で共通している。
「それで、この被害者もやはり?」
「お前も思ってる通りだよ。身分証として被害者の学生証を確保したが、これまでの被害者と同じことが書かれてた」
そしてもう一つ、この連続殺人において、被害者には『ある共通点』が存在する。
それは被害者の身分証を見ると、一目で分かる――
――『異界能力者、第二世代』
これまでの被害者は全員、異界能力者だ。
「高校生だからそうだとは思いましたが、やっぱり『第二世代の異界能力者』でしたか」
「過去には『第一世代の異界能力者』も殺してる犯人だ。能力の劣る第二世代なんかじゃ、相手になんねえのかもな」
俺は風崎刑事と一緒に被害者と犯人について話を進める。
俺達も述べる『第二世代の異界能力者』と言うのは、五年前に女神によって能力に目覚めた人間とは別に、ここ最近になって新たに誕生した異界能力者のことだ。
国の方でも『五年前に女神によって誕生した異界能力者』のことは『第一世代』と呼称し、『最近になって誕生した異界能力者』のことは『第二世代』と呼称している。
第二世代がどうやって誕生したのか分からない。もしかすると、また密かに女神が能力を授けていったのかもしれない。
いずれにせよ、第二世代も第一世代と同じように魔法の力が使えるが、そのスペックは第一世代には劣る。
それでも一般人よりはるかに強いはずなのだが、今回の被害者には衣服の乱れや痣などもなく、激しく抵抗した様子は見られない。
――何より、犯人は過去に第一世代の異界能力者をも殺害している。
犯行方法は明確には不明なままだが、犯人がとんでもない腕利きなのは事実だ。
「なあ、黒間。お前はこの連続殺人の犯人像について、どんな奴だと考えてる?」
「異界能力者だけを徹底的に狙って殺害していることを考えると、単純な実力は異界能力者と同等にはないと無理でしょうね」
「そうなると、犯人も被害者と同じく、異界能力者だと思うか?」
いくらか考察も進めるが、その中で考えられるのは『犯人も異界能力者』という可能性だ。
それに第二世代をこうも容易く殺害できるとなると、第一世代の異界能力者と考えるのが濃厚だろう。
だがそう推理すると、一つだけ腑に落ちない点がある。
「もし仮に犯人も異界能力者だとしたら、どうして『刃物で首を切る』なんて殺害方法をとっているのでしょうか? 異界能力者なら道具を使わず、自分の能力で別の方法をとりそうなのですが……」
これまでの被害者も含め、犯人は刃物という道具を使って異界能力者を殺害している。
異界能力者が有する能力は、炎や風や氷といった自然の摂理を主とする魔法が基本だ。
この連続殺人のように、刃物といった人工的な金属を扱う能力はない。
「犯人が異界能力者であることを隠すために、わざと道具を使っている可能性だってあるぜ?」
「もちろん、その可能性は考慮してます。ただ、これまでの事件を追ってみると、人智を超えた犯行方法は見られません。それらもすべて犯人のカモフラージュとも考えられますが、逆に『一般人の犯行』という可能性も捨てきれませんね」
「異界能力者を殺しちまうような奴が『一般人』とも思えねえが、確かにそうなんだよな」
これらの状況から判断できる犯人像だが、結局のところまだ定まってはいない。
『一般人の犯行に偽造した異界能力者』かもしれない。『異界能力者を殺せるほどの力を持った一般人』かもしれない。
いずれにせよ、犯人は相当殺しに慣れている。
俺が所属する姉村便利事務所の仕事は『異界能力者による被害を抑えること』だが、この異界能力者を狙った犯人が何者であれ、このまま野放しにはできない。
それこそ、今度は一般人にまで被害が出る可能性もある。
「……あれ? この被害者は……? ちょっと待っててください」
だが俺はここで、被害者の身分証の名前からあることに気がついた。
急いでポケットからスマホを取り出し、仕事の情報を閲覧できるアプリを起動させる。
もしかしたら、今回の被害者は――
「……ありました。この被害者二人ですが、ウチの事務所で窃盗被害の依頼を受けていた案件の犯人です」
「何? そいつは本当か?」
――思った通り、俺が本来受けるはずだった仕事で、依頼対象となっていた異界能力者だ。
「それにしても、異界能力者の窃盗被害だって? 警察にはそんな情報、入ってきてないぞ?」
「今のご時世、異界能力者の特権に恐れをなして、一般人は警察に被害届を出しづらいんですよ。ぶっちゃけた話、警察だって異界能力者やその上層部の言いなりでしょう?」
「若造が……痛いところ突いてきやがる。だが、お前の言う通りだよ。今の警察なんてほとんどお飾りで、異界能力者の下請け企業みてえなもんだ」
俺の言葉に対し、風崎刑事は苦い顔をしながらも事実を述べてくる。
風崎刑事も言う通り、今の警察に対して国民はかつてのような信頼を抱いてはいない。
異界能力者によって、組織的で大規模な犯罪が駆逐されるのを見て、国民の信頼は完全に異界能力者へと傾いている。
ウチの事務所が抱えるような問題も異界能力者は起こすが、それも当事者以外の第三者から見れば、些細なことで済まされてしまう。
『大事の前の小事』とでも言うべきか、国民の大半の目は異界能力者による『治安への信頼感』に向いてしまっている。
国もメディアによる統制を行い、異界能力者が起こすトラブルから国民の目を背けさせるような動きも見える。
――今のこの日本において、俺のような異界能力者の後始末をするような人間の方が、知らない人間には疎まれるぐらいだ。
異界能力者を否定する人間の方が、世間のはみ出し者だ。
「俺ら警察だって、正直異界能力者には迷惑してんだよ。黒間も異界能力者の連中がヤクザ連中を取り締まり、ほとんどの組を壊滅させたことは知ってるだろ?」
「ああ、最初の頃に話題になりましたね。日本の広域指定暴力団を全体の九割ぐらい壊滅させたんでしたっけ? ただ、それで統率を失った元組員や半グレへの歯止めが利かなくなって、余計に犯罪が増えたとか……」
「ヤクザ連中を擁護する気はねえが、一気に裏社会のバランスが崩れちまって、警察でも制御できなくなっちまった。……って、話が逸れたか」
どうやら今の警察も俺と同じような立場らしく、風崎刑事は愚痴をこぼしてくる。
それでも今は目の前の事件の調査が先だと思いなおし、風崎刑事は死体の確認をしながら話を戻す。
「おい、黒間。これまでの事件の被害者である異界能力者についても、今回の被害者と同じような素行歴がないか調べられるか?」
「事務所に戻って姉村所長に話をすれば、できるかもしれません」
「それでもしこれまでの被害者にも同じような素行歴があれば、犯人の動機は絞れるかもな……」
風崎刑事はこの連続殺人事件における、犯人の動機について考えているようだ。
俺も同じように考えてみると、その動機は自ずと見えてくる。
むしろこれらの推察を前提とした場合、『俺だからこそ』犯人の動機はよく分かってしまう――
「犯人は『異界能力者に対して、強い恨みを持った人間』……なのかもな」
「『俺と同じように』……ですか」