魔法の科学
「あなたが虹谷博士ですね? 私は記者の黒間と申します。本日はお忙しい中急に申し訳ございませんが、博士に異界能力者のことを是非お伺いしたく――」
「そんなにかしこまる必要なんてないよ。黒間さんだったね? 君のような美人さんの取材なら、アポなしでも大歓迎だよ」
特務局の受付で悪戦苦闘していた俺と白峰のもとに、目的の人物である虹谷博士本人がやって来てくれた。
俺もそれに合わせて眼鏡の変声機能を使い、女らしく振舞う。
自分でやってて気持ち悪いが、肝心の虹谷博士の目は欺けているようだ。
俺のことを『取材に来た女性記者』だと本当に思い込んでいる。
――計画通りなのだが、それはそれで『俺が女っぽい』ということになり、男としての自尊心が傷つく。
「虹谷博士、おはようございます。黒間く――黒間さんの取材、お願いできますか?」
「君は確か、第一世代の白峰君だったね。君もまあ可愛い子だし、そんな子のお願いならますます断れないね」
白峰も頭を下げて願い出ると、虹谷博士はあっさり俺の取材を承諾してくれた。
こんな急にアポなしで来たのにも関わらず、随分不用心だと思わなくもない。
こっちとしては助かる話なのだが、その様子から下心が見え見えなのが気になって仕方ない。
「なあ、白峰。虹谷博士って、普段はどういう奴なんだ?」
「うーん……。研究は真面目にしてて、異界能力者のことは誰よりも詳しい。でも、女の人の噂もよく聞く」
「もうそれを聞いただけで、ロクでもない予感しかしないな……」
こっそり白峰に耳打ちしながら尋ねてみたのだが、なんだかお約束のような話だ。
女に甘い権力者。そんな人間が本当にいるのかと思ったが、現にこうして虹谷博士がそれに該当している。
白峰のことも『まあ可愛い』などと言っていたし、こんなに女に甘い人物だったのなら、別に俺が女装で好みのタイプに合わせなくても良かったのではないかと思えてしまう。
「どうせなら、この施設の研究開発フロアも見学して行かないかね?」
「え? 急な取材だけでなく、そんなことまでよろしいのですか?」
「私はこの施設の代表だからね。それぐらい、なんてことないよ。白峰君と一緒についてきたまえ」
それでも虹谷博士の上機嫌な様子を見る限り、俺が好みに合わせて女装したのも多少の効果はあったのかもしれない。
とりあえずは俺もそう思っておかないと、恥ずかしい真似をやっただけ無駄になってしまう。
そんな上機嫌の虹谷博士なのだが、俺と白峰を連れて、この施設にある研究開発フロアにまで案内してくれるそうだ。
元々は連続殺人犯の動機と思われる過去の騒動を調べることが目的だったが、異界能力者自体の情報を得られるのもまたとない機会だ。
事件との直接の関係性は分からないが、今後の参考にはなるかもしれない。
『ツッ君。これは私もチャンスだと思うけど、メインは虹谷博士が所有するパソコンだからね』
「分かってますよ。今はとにかく虹谷博士の案内に従います。それ以上の詮索はしません」
眼鏡から姉村所長の通信も入ったが、俺も深入りするつもりはない。
目的のパソコンからデータを抜き取ることを優先し、この案内に従うのもご機嫌取りをメインとする。
俺も密かにその都度を姉村所長に伝え、白峰と一緒に虹谷博士の案内で奥へと入っていった。
■
「ここが異界能力者の訓練場さ。フルパワーで魔法を発動させても壊れない強度で設計し、ここでの訓練で得た研究データをもとに、さらなるスペック向上方法を研究している」
まず最初に案内された場所では、異界能力者が一人一人区切られた部屋で魔法の訓練をしている様子が、ガラス越しに伺えた。
中で放たれている魔法の数々は炎だったり雷だったり氷だったりと様々だが、どれもとんでもない威力であることはガラス越しでも分かる。
以前白峰も言っていたが、本当に異界能力者に求められているのは、その魔法による破壊力だけのようだ。
「訓練の様子を伺いますに、異界能力者は魔法の威力だけを求めているということでしょうか?」
「そうだね。異界能力者が魔法という特別な能力を持っていても、その精神面はまだまだ若い。そのため作戦指揮はこちらで行い、必要な局面で投入して真価を発揮させるのが、最も効果的な運用方法だね」
虹谷博士にも尋ねてみたが、どこか自慢げな様子で言葉を返された。
それこそ『自分こそが一番、異界能力者を理解している』とでも言いたげな、なんとも鼻につくような言い方だ。
確かに一理ありそうだが、どうせなら異界能力者の精神面を教育することで、多種多様な作戦にも対応できるようにした方がいい気もする。
それにそうしてくれた方が、精神的に未熟な異界能力者が騒動を起こすこともなくなり、俺のような被害を被る人間もいなくなる。
――もっとも、ここでそんなことを口にして、虹谷博士にへそを曲げられても困る。
どうせ聞き入ってもらえそうにない話なので、これらのことは俺の心にとどめておく。
「こちらの白峰さんは戦闘経験がないようですが、それは彼女の能力が戦闘向けではないからですか?」
「ああ、そのことね。確かに白峰君の気配に関する魔法は戦闘向きじゃない。だけど、それ以外にも理由があってね」
それでも俺が気になってしまうのは、白峰の処遇についてだ。
こいつはその能力が戦闘面に直結しないせいで、第一世代の異界能力者でありながら冷遇されている。
そんな白峰の立場を少し心配して『諜報面で役に立つ』とか話そうとも思ったが、虹谷博士から見ると戦闘能力以外の理由があるようだ。
「異界能力者が使う魔法の力は、感情の大きさに左右されるという話は聞いたことがあるかね?」
「それならば私も小耳に挟んだことがありますが、そのことと何か関係が?」
「白峰君は非常に温厚な人物だ。破壊力を最優先とする異界能力者において、彼女には闘争本能が足りなさすぎる」
そうした虹谷博士の説明を聞いて、俺もある程度は納得できた。
白峰とはまだ短い付き合いだが、こいつが暴力を振るうところなんて想像できないほど、温厚で気弱な性格だ。
だがそれならば、白峰の能力を戦闘以外で活かそうという考えには至らないのだろうか?
どうにもこの虹谷博士という人物、異界能力者のことを戦いのための破壊兵器としか捉えていない節を感じる。
おそらくは他の上層部の人間にしても、同じような考えの人間ばかりなのだろう。
――そう考えると、多少は異界能力者への同情の念が出なくもない。
「……ん? あちらから人が来ますが、私も見たことがあるような……?」
「見たことのある人? ――ッ!? あ、あれは!?」
しばらく異界能力者の訓練を眺めながら考え事をしていた俺だが、ふと目線を逸らすと俺達が来たのとは反対方向から、何やら高そうなスーツを着こなした偉そうな男が歩いてくるのが見える。
傍にはボディーガードと思われる人間を従えており、ただ者ではないのは確かだ。
その人物に気がついた虹村博士も、何やら腰を低くしながらその人物のもとへと駆け寄っていく。
「なあ、白峰。あの男って、俺もテレビで見たことがあるんだけど、まさか……?」
「わ、わたしもここでは初めて見た」
虹村博士が離れたのを確認して白峰にも尋ねてみると、やはり白峰も知っている人物のようだ。
俺も直接会ったことはないが、知っているのは当然だろう。この国でテレビを見ていれば、誰だって目にしたことがある。
そしてその男に近づいた虹谷博士は、両手を揉み合わせながら言葉を交わし始めた。
「ようこそ特務局の研究開発フロアにいらっしゃりました! 幕川内閣総理大臣!」




