警告する者
新章。物語三日目。
〔現代社会の魔法機関への潜入〕
異界能力者内部について調査する話をした後、俺と白峰は姉村所長の車でそれぞれの自宅の最寄まで送り届けてもらった。
そして今日、そのための作戦会議を事務所でするため、俺は朝早くにやって来たのだが――
「よお、黒間。昨日は大変だったみてえだな」
「なんでいるんですか? 風崎刑事」
――何故か事務所には、風崎刑事の姿があった。
白峰はまだ来ていない。姉村所長は相変わらず汚い事務所のデスクに座り、俺のことを待っていたようだ。
「聞いたぜ? 真帝会の西原と一悶着あったそうじゃねえか」
「そこもご存じですか。姉村所長からお聞きしたのですか?」
「私は何も言ってないよ。朝、急に風崎刑事がやって来て、私もそのあたりのことをぜーんぶ尋ねられてた」
思わず姉村所長に目線を向けながら様子を伺うが、どうにも所長が喋ったわけではなさそうだ。
それならば風崎刑事が自ら調べ、ここに来たということになるが――
「俺は現職の刑事だぞ。舐められちゃ困るな。異界能力者は撒けたらしいが、俺の目は誤魔化せねえよ。お前らが一時的に身を潜めてたバーのことだってお見通しだ」
「どうにも、あなたには敵いませんね」
――どうやら、本当に風崎刑事の独自調査で探られてしまったようだ。
この人はなんだかんだで優秀だ。異界能力者なんてものが出現しなければ、捜査一課長にでもなっていたかもしれない。
「それよりもだ、黒間。俺、お前に言ったよな? 『真帝会には関わるな』ってよ?」
「す、すみません。どうにも真帝会と連続殺人犯に繋がりが見えて、追わずにはいられなくなって……」
「……ったく。たとえそうだとしても、真帝会に関わるのはマズい。あそこのシノギには裏がある。下手すりゃ、お前の首が吹き飛ぶぞ。もう今後は関わるな」
「はい……」
その風崎刑事なのだが、やはり俺が真帝会に関わったことにお怒りのようだ。
俺のことを心配してくれているようだが、ここまで警告をしてくるとなると、例のフィクサーの噂が絡んでいるのかもしれない。
「それと、お前らが逃げ込んでたバーにもあんまり近寄るな」
「あそこも真帝会との関りがあるからですか?」
「……俺、あそこのマスター嫌いなんだよ。すかした態度が気に食わん」
「は、はあ……」
さらには俺が真帝会のことについて聞いたマスターへの関与にも釘を刺してきたが、これは単純に風崎刑事が嫌っているからのようだ。
風崎刑事は『態度が気に食わない』と言っているが、これも真帝会が関わっているからなのかもしれない。
あそこのマスターは裏社会に詳しいし、紳士的な態度もどこか裏の見えない気味の悪さを感じる。
そういった面を含めて、風崎刑事のような裏表を使い分けない人間にとっては気に食わないのだろう。
「そしてこうして真帝会に対する警告を入れたうえで、俺にはもう一つ報告がある。黒間から預かってたものに関する件だ」
それともう一つ、風崎刑事がわざわざ姉村便利事務所にやって来たのには訳があった。
風崎刑事はコートの中に手を入れると、透明なビニール袋に包まれたものをこちらに見せてきた。
「あっ。それって、俺が殺人犯に撃たれた銃弾ですか?」
「ああ。警察の方での鑑識が終わってな。それについても知らせに来た」
どうやらそれは俺が例の殺人犯と対峙した時、俺に向かって撃って来た拳銃の銃弾だった。
風崎刑事が警察の鑑識に回して調べてくれたようだが、その表情はどこか重苦しい。
「調べた結果なんだが、線状痕からでも犯人の足取りを掴むのは無理だった。警察のデータべースにも乗ってねえシロモノだ」
「そうですか……。それが分かれば、大きな前進だったんですけどね」
「ただ、この銃弾を使った拳銃の種類は絞れた。絞れたんだが……」
殺人犯が残した銃弾から、犯人個人を特定することはできなかったようだ。
それでも、風崎刑事は拳銃の種類までは特定できたようで、犯人の手掛かりは十分に得られそうだ。
ただ、そのことを語る表情はどこか重苦しいものを感じる。
「こいつは在日米軍基地で扱ってる拳銃の銃弾だ。俺が分かるのはここまで。これ以上は調べようがねえよ」
「在日米軍基地……?」
そして語られる拳銃の詳細だが、俺はまたしても何かを感じ取ってしまった。
在日米軍基地で扱っている拳銃。
殺人犯は英語を話すことからアメリカ人の可能性がある。
真帝会の西原は昨日の夜、英語を話す外国人と取引をしていたが、その外国人がアメリカ人である可能性もある。
――それにあれほどの規模の潜水艦を用意することについては、米軍が裏で動いていたと考えれば妥当だ。
そう考えると、やはり真帝会も異界能力者連続殺人事件に関わっている可能性が――
「また『真帝会を探ってみよう』とか考えてるんじゃねえだろうな? 黒間? 先に俺も言ったが、あの組織にだけは関わるんじゃねえぞ?」
「わ、分かってますよ……」
――そうやって真帝会のことについてまた考えていた俺だが、そんな思考は風崎刑事にお見通しだったようだ。
先に真帝会のことを話してきたのも、こうやって俺に先に釘を刺しておきたかったように見える。
――どうにも、風崎刑事の前で下手なごまかしはききそうにない。
捜査や相手の心理を読む手腕なら、異界能力者やその特務局の人間なんかよりも厄介だ。
「風崎刑事。今後のこっちの調査については心配無用だよ。私も真帝会のことは知ってるから手を出さないし、今後は別方向で調査を進めることにしてるから」
そうやって俺が風崎刑事に散々警告交じりの報告を受けていると、これまで黙って聞いていた姉村所長が首を突っ込んできた。
「実はこれから、異界能力者の内部を調べようと考えてる。もうすぐ白峰ちゃんも協力しに来てくれるし、殺人事件の調査については私が主導で進めていくよ」
「白峰って、第一世代の異界能力者の女の子だったか? ついでに黒間の同級生の? 異界能力者を使って異界能力者のことを調べるって、相当根深いことを調べようとしてねえか?」
「まあ、そこは私に任せてよ。少なくとも、真帝会の裏を探るよりは安全だと思うよ」
「……姉村の姉ちゃんがそこまで言うなら、その件に俺は首を突っ込まないでいてやるよ」
姉村所長は昨日に俺達とした話を持ち出し、もうこれ以上真帝会のことを探らないという意志を風崎刑事にも伝えた。
その際に今度は異界能力者の方を調べる都度を述べたのだが、そのことについては風崎刑事は何も言わずにいてくれた。
――俺からしてみれば、真帝会に首を突っ込むよりも危ない気がするが、それはそれで大丈夫なのだろうか?
この二人の安全と危険の基準が分からない。それだけ真帝会の方が危険ということかもしれないが。
「あ、あの……。お話、終わりました?」
「白峰!? お前、いたのかよ!?」
俺と姉村所長と風崎刑事でそうこう話をしていると、いつの間にか白峰が事務所の中に入っていた。
入口の辺りでオドオドしながら、話に入りづらかった様子が伺える。
「入って来たのはついさっき。取り込み中で会話に入れなかった。だから、気配を消してジッとしてた」
「……そうか。まあ、それはいい。だが事務所に入って来たのなら、やりづらくてもまずは挨拶ぐらいしてくれ」
「……うん」
俺が白峰に近づくと、言いずらそうに俯きながらも答えてくれた。
こいつはかなり人見知りをしやすいらしいため、こんな事件だヤクザだの話の渦中に飛び込む勇気がなかったのだろう。
まだ浅い付き合いとはいえ、こいつのことはなんとなく分かっては来た。
――異界能力者であることとは別で、色々不安になる人間ということだけは分かった。
「おや? 噂をすればその協力してくれる異界能力者まで来たか。それじゃあ、俺はお暇するかね」
白峰の姿を確認した風崎刑事だが、軽く一言だけ残すと、足早に事務所を出ようとした。
「風崎刑事も話を聞いていきませんか?」
「こっちもこっちで連続殺人事件以外に調べることがある。俺だって忙しい」
「今の警察って異界能力者の下請け状態で、ほとんど暇じゃなかったんですか?」
「……いらねえ口を挟むな。下請けは下請けでやることがあるんだよ」
最後に俺は風崎刑事と言葉を交わしたが、どうにも皮肉交じりな会話になってしまった。
まあ、警察も警察でやることはあるのだろう。これはこれで俺が首を突っ込む話じゃない。
「ああ、そうだ。最後に黒間に言っておきたいことがある」
ただ風崎刑事にはまだ言いたいことがあったらしく、扉から少し顔をのぞかせながら一言だけ言ってきたのだが――
「年頃の女の子を招き入れるんだったら、もう少し事務所の中は掃除しとけ。流石に汚いぞ」
――それについては俺ではなく、姉村所長に言うことだとは思う。




