調べるべきこと
「黒間君。頭、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。白峰も介抱してくれてありがとよ」
バーを出た俺達は、近辺の路地裏に隠してあった姉村所長の車に乗り、帰路についていた。
すでに異界能力者の気配もなく、俺達の所在を追われている様子もない。
俺は白峰と後部座席に座り、西原にやられた傷を介抱してくれたことに礼を述べる。
何だかんだで白峰は逃げた後に姉村所長に助けを求めてくれたし、世話になりっぱなしだ。
異界能力者と言っても、白峰に対しては悪い気がしない。
「黒間君? 異界能力者のわたしに、お礼言ってくれるの? 頭、大丈夫?」
「……お前、今のは俺のことを馬鹿にしただろ?」
――悪い気はしないのだが、こいつは所々言葉に棘がある。
それも悪気があって言っているというより、天然で言っている。
どうにも白峰は精神的に幼いというか、何と言うか――
「ツッ君、白峰ちゃん。今日は大変だったけど、マスターも言ってた通り、真帝会への関与だけはもうやめてよね?」
――俺がそうして白峰のことを考えていると、運転席から姉村所長が声をかけてきた。
その内容は俺が介抱されていたバーでも話した、真帝会についてのことだ。
「真帝会ってのは、本当に危険な組織なんだよ。いつまは寡黙なマスターがあそこまで口を開いたのも、ツッ君のことが心配だったからだよ?」
「それについては分かっています。ですが、あの西原がしていた仕事は、異界能力者連続殺人事件との関りが考えられます」
「……だから調べてみたいって?」
俺との話の中で『まだ真帝会を調べてみたい』といったニュアンスが出てくると、姉村所長は一度車を路肩に止めてこちらに振り向いてきた。
その時の所長の表情はバーでも俺を軽く叱った時と同じ、心配と怒りが混じった表情だ。
「真帝会を調べるのだけは、私も認めるわけにはいかないよ。噂話とはいえ、フィクサーなんて関わってる組織だよ? いくら事件を追うためでも、こればかりは所長命令として認めないよ」
「ですが、それだとどうやってこの事件を追えばいいのか……」
そうして語られるのは、やはり真帝会に関わることへの忠告だ。
姉村所長の言いたいことは分かる。俺だって危険は承知している。
だが目の前に事件との繋がりがわずかに見えるのに、それを手離しにするのは――
「ねえ、黒間君。どうして黒間君は、異界能力者連続殺人事件の犯人を追ってるの?」
――そうして俺と姉村所長が話をしていると、白峰が不思議そうな顔をしながら俺の顔を覗き込んできた。
「黒間君は異界能力者に家族を奪われた。それなのに、異界能力者を殺してる犯人を追うの、わたしにはよく分からない」
「別に異界能力者を助けるつもりとかじゃないさ。今でも異界能力者のことは嫌いだ。……ただ、俺も異界能力者に関わる仕事を続けて、今はこうして連続殺人事件の調査に巻き込まれている。色々思うところはあるが、それでも俺は最後までこの事件を追いたいだけさ」
白峰が気になっているのは、俺がこの連続殺人事件を追うことにこだわることだった。
確かに俺にも思うところはある。異界能力者を助けたいとは思わない。
――ただ、それで俺が関わっていた事件から手を離してしまっては、それはそれで俺の気が収まらない。
そんな中途半端な生き方はしたくないし、ただ己の思うがままに動くのは、傍若無人な異界能力者と同じような気がする。
俺が今もこうして事件を追うのは、そんな俺の意地となんだかんだで恩人である姉村所長の力になりたいからだ。
――それにもう一つ付け加えるなら、俺も一度目にした殺人犯の目だ。
あの復讐心にまみれた目を見ると、どうしてもその姿が被って見えてしまう――
――あの犯人は『五年前に姉村所長に救われなかった俺のもしもの姿』ではないかと。
そんな犯人の姿を思い出すと、俺は気になって仕方がない。
「……分かった。わたし、黒間君が事件を追えるように、なんとか力になる。わたしも異界能力者だから、黒間君は嫌がるかもだけど……」
「白峰のことは嫌ってないって、俺は言ってるだろ? お前は俺の知る異界能力者らしさってのがまるでないからな。まあ、ラーメンを無理に大盛りで頼むのだけはやめてくれ」
「むぅ……。そこは気を付ける」
俺が軽く話すと、白峰は俺の気持ちを察してくれたらしい。俺も軽く冗談を交えながら、白峰の気持ちを汲み取る。
こいつは異界能力者だが、人間性については別に嫌いじゃない。
少々気に障るところはあるが、こいつもこいつで異界能力者という存在に縛られている気がする。
――白峰も異界能力者である以上、連続殺人事件の標的にされかねない。
こいつを守る意味も含めて、俺はなんとしても連続殺人犯を追う。
「ツッ君、こういう時こそ視野を広く持とう。殺人犯に繋がる手掛かりは、何も真帝会だけじゃないんだよ」
俺と白峰が言葉を交わしていると、姉村所長が再び話しかけてきた。
確かに所長の言う通り、俺も真帝会の存在に意識が行きすぎていた。殺人犯を追う手掛かりは他にもある。
「それで所長としては、何から探るのがいいと?」
「そうだねー。こうして白峰ちゃんも協力してくれてるし、ここは『標的にされている異界能力者』自体に探りを入れてみるのが一番かな?」
そしてまず出された提案は、異界能力者について調べることだ。
確かに俺も所長も異界能力者の関わる事件をこれまでも追ってきたが、異界能力者の実際の能力や組織体制は聞きかじったものしかない。
「連続殺人犯が異界能力者を標的にしているのは間違いない。それなら、異界能力者を調べることで手に入る手掛かりだってあると思うよ。それこそ公にされていないような、過去に揉み消された異界能力者関係の事件とかを調べ上げれば、犯人の動機に繋がるかも」
「確かにそうですけど、そのために白峰に協力してもらうと? それはちょっと危険じゃないですか? だってこいつ、どんくさいし」
「た、確かにわたし、どんくさいし、機密情報とかは分かんないけど……」
姉村所長が狙うのは異界能力者の機密情報とのこと。それも白峰のような末端では知りえないレベルのものだ。
もしもあの連続殺人犯が異界能力者に関わったことのある人間で、俺と同じように恨みながらその事実を揉み消された人間ならば、そこに繋がる何かしらの情報が眠っている可能性はある。
雲をつかむような話ではあるが、今はとにかく情報が欲しい。
「白峰ちゃんにはちょっと協力してもらうだけで大丈夫だよ。それで異界能力者の研究施設に探りを入れてみようと思ってるよ」
「それって下手をすれば、真帝会を相手にするよりヤバくないですか? それに探りを入れると言っても、どうやって?」
「それについては私にも考えがあるよ」
ただ問題となるのは、その情報を手に入れる方法だ。
異界能力者の機密情報となれば、それこそ国家機密レベル。
それでも姉村所長には、何やら考えがあるようだが――
「ここからが白峰ちゃんへのお願いね。異界能力者特務局のお偉いさんの誰でもいいから、その人の女性の好みを調べてほしいんだ」
「そ、それならできます。わたし、そういうの調べるの得意だから」
――その方法の意図するものがよく分からない。
気配の魔法が使える白峰ならそれぐらいのこともできるようだが、そんなものを調べて何をするつもりだろうか?
「『何を考えてるんだろう?』って顔をしてるね。ツッ君」
「ええ。俺には所長の企みが見当もつきません」
「大丈夫だよ。作戦の詳細は明日話すから、今日はもうゆっくり休もう」
そんな謎に満ち溢れた姉村所長への心配は他所に、車は再び走り出した。
この人の作戦は分からないが、それでももし異界能力者特務局が隠し持つ情報を手にいれられれば、それは犯人に繋がる大きな一歩になるかもしれない。
――ここまで異界能力者をつけ狙う、犯人の動機。
それが分かれば、この連続殺人事件の調査を一気に進められる。




