裏の世の帝王
「なるほどね……。それはまた、随分と大変なことがあったんだね」
俺は白峰と一緒に確認しながら、今日一日に起こった出来事を説明した。
白峰の感知魔法で連続殺人犯の気配を追い、近くの病院に行きついたこと。
そこで真帝会の若衆、西原 雷作が外国人と何かの取引をしていたこと。
気になって西原を追うと、埠頭で大勢の外国人を潜水艦に乗せていたこと。
その現場を隠れて見ていたら、第一世代の異界能力者が二人乗り込んできたこと。
その二人は西原によって、容易くねじ伏せられてしまったこと。
――そしてその時に俺と白峰が西原に見つかり、白峰だけ逃がして俺が西原の相手をしていたこと。
それらの話を伝え終えたのだが、バーのマスターは本当にこちらのことは気にも留めずにいてくれた。
姉村所長も最初は心配そうに話を聞いてくれていたが、俺の話が終わると少し怒った表情になる。
「ツッ君、白峰ちゃん。昨日も私は言ったけど、危険なことはやめてよね? それが異界能力者ではなくて、ヤクザ相手でも同じことだよ。それもよりにもよって、真帝会だなんて……」
どうやらその怒りは俺達が真帝会と関わったことにあるらしく、姉村所長は頭を抱えながら話を続けてくる。
「真帝会ってのは今でこそ大きく弱体化してるけど、とても関わっていい組織じゃないんだよ? 下手をすればその危険度は、異界能力者以上かも……」
「俺も風崎刑事から少し聞いてますが、そんなにとんでもない組織なのですか?」
「まあ、何と言えばいいのか……」
姉村所長が語るのは、真帝会という極道組織の危険度についてだが、どうにも歯切れが悪い。
いつもベラベラ喋る所長にしては珍しく、顔の前で手を組みながら、言葉を選んでいるように見える。
「姉村様。よろしければ、ワタクシが真帝会についてご説明しましょうか?」
「マ、マスター?」
そうして姉村所長が言い淀んでいると、奥のカウンター席からこれまでは見ざる聞かざるの態度をしていたマスターが、こちらへとやって来た。
姉村所長も急にマスターがやって来たことに、少し動揺しているのが見える。
「お話自体はどうしても耳に入ってしまうとはいえ、盗み聞くような真似をして申し訳ございません。ですが、ワタクシも真帝会のことについては多少なりともご説明できます」
「本当にいいのかな? マスター?」
「ごひいきにしてくださる姉村様への、サービスの一環だとお思いください。無論、ここでの話を他言する気などございません」
姉村所長の様子に手を差し伸べる意味なのだろうが、俺達の話に介入するつもりのなかったマスターが話に入り込んできた。
しかも所長に代わり、マスターが真帝会について話してくれるという。
――どうにもこのマスター、ただ者ではなさそうだ。
「実は当店のお客様の中に、先程のお話にも出ていた真帝会若衆、西原様のお姿もあります」
「え? そうなんですか? 所長も会ったことは?」
「ううん、ない」
「西原様は人目を避けられるお方ですので、この店に来るときはいつも事前に報告されたタイミングで来られます。それに何やら、真帝会としてのお仕事の話をされているようです」
「このバーを取引の仲介場所にしてるってことですか……」
そして説明をしてくれるマスターなのだが、やはりと言うべきかマスター自身も裏社会に精通している。
しかもこのバーを西原が取引の仲介場所に使っているという、かなり重大な情報付き。
姉村所長も会ったことはないらしいが、真帝会の西原はあのいかにもイケイケヤクザな見た目に反し、中々インテリな側面も持っているようだ。
「流石に西原様のお仕事の内容については、ワタクシも話しかねます。ですが、西原様は現真帝会において若衆というただの構成員という立場ではありますが、若頭の右腕として活動されているようです」
「真帝会若頭……。確か、鬼島 炎でしたっけ?」
「おや、それもご存じでしたか。その若頭である鬼島様は、まだ異界能力者が出現する前から裏社会で名を上げておりました。そして、その鬼島様及び真帝会のバックには、ワタクシどもでも想像のつかない後ろ盾があるという噂で――」
そんな西原の話から続くのは、風崎刑事から聞いた真帝会若頭の鬼島の存在。
そこからマスターは一呼吸置くと、意を決するように言葉を紡いできた――
「政界のフィクサー。あくまで噂話ですが、それが昔から真帝会が恐れられている最大の理由でしょう」
「フィクサー……!?」
――俺はその言葉を聞き、思わず固まってしまった。
噂の域を出ないらしいが、それでも真帝会のバックにフィクサーまで関わっているなんて、それが事実なら俺のような一般人では荷が重い話だ。
「黒間君。フィクサーって何? フィクション作家?」
「違うっての。フィクサーってのは、言うなれば『黒幕』だ。裏から表の政治家を動かして、この国を支配してるんだよ」
「そ、それって、異界能力者よりもすごくない?」
「まあ、フィクサーの話自体も噂の域を出ない。どっちにしろ、そんな噂が出回るぐらい真帝会ってのはヤバい組織ってことだな……」
フィクサーのことがよく分からなかった白峰は、俺の方に首をかしげながら尋ねてきた。
これもまた噂に過ぎない話だが、それでも一つだけ言えることがある。
――真帝会は俺が想像していた以上に、とんでもない組織のようだ。
五年前から大きく政権が動いたとはいえ、この国最大の闇と言っても過言はないだろう。
「……だけど、真帝会があの連続殺人犯と繋がっている可能性はまだある。あの異界能力者を一人で返り討ちにした西原といい、どうにか調べたいんだが……」
「黒間様でございましたね? ワタクシも連続殺人事件や異界能力者のことについては詳しく知らないですし、関与するつもりもございません。ですが、一つだけ言わせていただきたいことがあります」
それでも真帝会がいまだに異界能力者連続殺人事件と関わっている可能性を拭いきれない俺は、どうにか真帝会の周辺を調べられないかと模索する。
そんな俺の様子を見たマスターは、最後に俺と目線を合わせながらこれまでとは違うどこか鋭い目つきで語りだす――
「真帝会と関わるのはおやめください。たとえ目的があっても、あの組織と関わることは命がいくつあっても足りない話になります」
――それは真帝会と関わろうとする俺への忠告。
語るときの声も冷たく突き刺さるようで、それがマスターも知る真帝会という組織の恐ろしさを醸し出す。
――裏社会を知るこの人が言うなら、本当にヤバい相手なのは事実なのだろう。
「……急に会話に口を挟んでしまい、失礼いたしました。ワタクシもここでの話は口外いたしませんし、皆様もどうかこのことはご内密に願います」
「うん。ありがとう、マスター。こちらこそ助かったよ」
「すみません。ありがとうございました」
俺達に真帝会の話を終えると、マスターは何事もなかったかのようにカウンターの奥へと戻っていった。
どうにも底の見えない人だが、姉村所長との信頼関係も見える。今は信用してもよさそうだ。
「それじゃあ、ツッ君の調子も戻ったことだし、私達もお暇しようか」
マスターから真帝会についての話も聞き終え、俺の調子も元に戻ったので、俺達もバーを出ることにした。
結局のところ、真帝会と連続殺人の関りは見えなかったし、それどころか姉村所長やマスターから釘を刺されてしまった。
――真帝会が殺人犯と繋がっているかは分からない。だが、殺人犯と同じように英語を話す外国人相手に商売をしているのは気になる。
なぜ大勢の外国人を潜水艦に乗り込ませたのかは分からないし、それがどう商売につながるのかも理解できない。
それでも真帝会にはまだ秘密がある。フィクサーの噂といい、異界能力者に対抗できる西原の力といい、俺が追っている異界能力者連続殺人事件との繋がりはまだ見える。
――そう考えると、俺は『これ以上関わるな』と忠告されていても、真帝会の裏を知りたくなってしまう。
 




