限界の逃亡
「チィ! 異界能力者の援軍だとぉ!? 仕方ねぇなぁ。こいつらを始末してる時間もねぇかぁ」
「は、早くトラックに乗ってくだせえ! 逃げやしょう!」
俺が西原にトドメを刺される直前、子分の男が慌てて駆け寄って来た。
どうやら異界能力者の援軍がこの埠頭に向かっているらしく、これ以上西原達にも時間の余裕がなくなったようだ。
「命拾いしたなぁ、兄ちゃん。ここまで騒ぎなっちまったら、オレも口封じの意味がねぇ」
「そ、そりゃ……助かった……」
「オレらは異界能力者に見つかるとヤバい身だぁ。流石に増援の相手までは手が回らねぇ。まぁ、機会があったら兄ちゃんとはまた会えるかもなぁ。あばよぉ!」
結果として俺も見逃してもらえることになり、西原達は俺に少しだけ言い残すと、トラックに乗って埠頭から逃げていった。
このタイミングで異界能力者の援軍が来てくれたのは幸運だったが、俺も早くこの場を離れた方がよさそうだ。
「異界能力者にこんなところを見つかったら、何を聞かれるか分かったもんじゃない……!」
西原の脅威から逃れたとはいえ、今度は異界能力者の援軍がここにやってくる。
今俺の近くには西原に気絶させられた異界能力者の二人がいるし、この二人も本来は西原を捕まえる任務でここに来ている。
そんな現場に一般人の俺だけ残っていれば、質問攻めどころか身柄を拘束されることだろう。
だから早急にこの場から離れたいのだが――
「くっそ……。体が言うことを聞いてくれねえ……」
――俺は体を起こすことさえできない。
最後に西原からもらった一発で脳震盪を起こし、足元がフラついて仕方ない。
どうにか這ってでも逃げ出そうとするも、視界もぼやけてよく見えない。
「これ、マジでヤバいな……」
このまま逃げられずに異界能力者に身柄を拘束されるなんて、まっぴらごめんだ。
それでも今の俺には、ここからまともに逃げ出す手段は――
キキーッ!
「ツッ君! 早く乗って!」
「あ、姉村所長……!?」
俺が諦めかけていたその時、目の前に赤いセダンが一台止まった。
この車は俺もよく知っている。姉村所長の車だ。
その姉村所長自身も運転席の窓を開けて顔を出し、後部座席の扉を開けて俺が乗り込めるようにしてくれている。
よく分からない状況だが、俺を助けに来てくれたことだけは分かる。
俺は体をフラつかせながらも、気力を振り絞って所長の車の後部座席へと飛び込んだ。
「白峰ちゃん! ツッ君の容態を確認して!」
「は、はい! 黒間君、大丈夫!?」
「し、白峰もいるのか? な、なんで?」
「わたし、黒間君に逃がしてもらった後、姉村さんに連絡した! それで来てもらった!」
車の後部座席には俺が逃がした白峰も乗っており、俺を膝枕しながら頬の怪我を確認してくれる。
どうやら白峰はあの後、姉村所長に助けを求めてくれたようだ。そしてこうやって車で助けに来てくれた。
「す、すいません、所長。俺のために――」
「今はあんまり喋らないで! 異界能力者が近づいてるし、少し撒いてから治療に専念できる場所に向かうよ!」
俺は礼を言おうとしたのだが、姉村所長は車の運転に集中しているのか、話せる余裕もなさそうだ。
横になりながら車の揺れから感じる限り、姉村所長はかなり入り組んだ道へ車を走らせている。
おそらくは異界能力者の増援を警戒し、追って来れないように進路を選んでいるのだろう。
「し、白峰もありがとう。助かった……」
「わ、わたしこそ、黒間君に逃がしてもらえたし、これぐらいは当然だから!」
「そ、そうか……。悪い……安心したら、眠くなって……」
「え、え? 黒間君? ね、ねえ!?」
白峰にも礼を言おうとしたが、そこで俺の意識は遠のき始めた。
あの西原とか言うヤクザはとんでもない馬鹿力だ。おかげで殴られた俺の脳にまでダメージが響いてる。
俺は呼びかけてくる白峰の声を聞きながら、その膝の上で意識を手離した――
■
「う、うぅ……。あれ? ここは?」
「黒間君! よかった! 目が覚めた!」
次に俺が目を覚ますと、白峰の顔が飛び込んできた。
どうやら俺のことをずっと膝枕で介抱してくれたらしいが、場所自体は車内ではなくなったようだ。
少し辺りを見回してみると、カウンター席と酒の並んだ棚が見える。どこかのバーだろうか?
「とりあえずは無事みたいだね、ツッ君」
「姉村所長……ここはどこでしょうか?」
「私行きつけのバーだよ。しばらくはここで異界能力者をやり過ごそうと思ってる」
俺が不思議そうにしながら白峰の膝から顔を上げると、姉村所長が近くに寄って来た。
そしてこの場所について説明してくれるのだが、こんな中々こじゃれたバーが所長の行きつけだとは、あの普段のずぼらな姿からは想像できない。
「お連れの方の意識が戻られたようですね」
そんなことを思いながらソファーの上に体を座らせ直していると、また別の誰かが奥からやって来た。
ワックスで整えられた髪型に眼鏡をかけ、キッチリとしたタキシードを着こなしたそれなりに歳のいった男。
その男は姉村所長の前まで来ると、丁寧な言葉づかいで話し始めた。
「マスター、ごめんね。急にこんなことで押し寄せちゃって」
「姉村様にはごひいきにしていただいております。この程度のことでしたら、いくらでもお申し付けください」
どうやらこのバーのマスターらしく、なんとも紳士的な態度で姉村所長にも接している。
その様相はかなり渋く、いかにも紳士といった様子だ。
「お連れの方ですが、脳震盪を起こしていたようですね。ですがその様子を見る限り、もう大丈夫でしょう」
「助かりました。だが、俺もここに運ばれたことをどう説明すれば――」
「無理にお話しする必要はございません。常連である姉村様のたっての願いです。ワタクシも仕事柄、無理な詮索はしない主義ですので、お気になさらずに」
そのマスターは俺がここに運ばれたことについても、深く言及しないでくれた。
俺も『異界能力者に関する事件を追ってたら、西原というヤクザに襲われた』なんて説明、どうするべきか迷っていたので助かる。
――ただこのマスター、いくら常連の姉村所長の要望とはいえ、こうも簡単に俺のような知らない人間を匿うのもおかしな話だ。
それに『仕事柄、無理な詮索はしない』と言っているあたりに、どうにも含みを感じる。
もしかするとこの人も、西原とは別方向で裏社会に携わる人間なのかもしれない。
「目が覚めたところで悪いんだけど、ツッ君も何があったか話してくれないかな?」
「え? でも、ここだとマスターが――」
「ワタクシのことはお気になさらないでください。この店もすでに閉店の看板を出しており、これから誰かが来ることもありません。ワタクシは奥のカウンターで仕事をしておりますので、いないものだと思っていただいて結構です。ご安心ください。あなた方の話を漏らすような真似はしません。姉村様への信頼を損ないたくはありませんので」
俺の意識も戻ったところで姉村所長が話を伺おうとするが、ここは俺にとっては見ず知らずのバーだ。
そんなこともあって話しづらくはあったが、マスターは快く話に介入しないことにしてくれた。
こうも姉村所長との信頼を重要視するあたり、やはりこのマスターにも裏がありそうではある。
それでも姉村所長も信頼しているからこそ、ここに逃げ込むという選択をとった。その点を見れば俺も信頼してもいいのだろう。
「……分かりました。それじゃ、俺と白峰に何があったか、最初から説明しなおします」
俺の頭もだいぶ調子が戻って来た。これならもう大丈夫だ。
ソファーに腰かけながら、今日一日にあったことを姉村所長に話し始めた。




