海面下の陰謀
「白峰。西原の気配は感じるか?」
「う、うん。やっぱり、この埠頭に来てる」
俺と白峰は西原達の乗ったトラックを探して、埠頭までやって来た。
辺りはすっかり陽が暮れてしまい、埠頭にはまともに明かりも灯っていない。
これなら何か裏取引をするにしても好都合だ。現に白峰は西原がここにいることを感じ取っている。
「場所はきっと、このコンテナの向こう」
「よし、物音を立てるな。陰から様子を伺うぞ」
そして白峰の指さす場所を目指し、気配を殺しながら進む。
その先にあったコンテナの陰からスマホの指向性マイクアプリを起動させつつ、海の方を覗いてみると――
『西原の兄貴。お疲れ様です』
『おぉう。そっちも手筈通りにしてくれたみてぇだなぁ』
――目的の人物、西原がいた。
俺も昼に会った子分の男がトラックに近づき、その運転席から西原が降りてきたところだ。
スマホのアプリで会話も聞き取ったが、やはり西原はここで何かを企んでいるのが分かる。
さらには助手席に乗っていた病院での外国人も降り、西原と話を始めた。
『Mr. Nishihara. Drop off the people on the truck. After that, I will put it on the submarine here』
『OK. Get the reward for this time』
そして外国人は西原と英語で話しながら、アタッシュケースを手渡した。
中身はおそらく金だろう。
西原なんてヤクザを使うリスクを冒してまで、一体何を頼んだのだろうか?
『よぉし、金は確認したぁ。トラックの荷台を開けろぉ』
『へい』
そしてアタッシュケースの中身を確認した西原は、子分にトラックの荷台を開けることを命令した。
あの外国人からの依頼の品が、あの中にあるということだろうが――
「……え!? あれって!?」
「トラックの中から、人がたくさん出てくる……!?」
「しかもあれって、外国人か?」
――そこから現れたのは、大勢の人々だった。
暗くて遠目での確認になってしまうが、出てきた人間が日本人でないことは分かる。
そうして出てきた大勢の外国人は、いつの間にか埠頭近くの海に寄せられた潜水艦へと乗り込んでいく。
「こ、これって、密入国?」
「いや。むしろ日本から出ようとしてるんだろう。それにしてもあの潜水艦。かなり大型だし、音もほとんど出してないよな……」
外国人が何故こんなに大勢トラックに乗っていたのかも気になるが、彼らが乗り込む潜水艦も気になる。
俺は潜水艦に詳しいわけではないが、規模も性能もかなり高性能に見える。所謂、ステルス潜水艦とでも言うものだろうか。
あれほどの潜水艦を用意するとなると、それこそ一国の軍隊でもなければ不可能だ。
――まさか、この外国人の母国の軍隊が動いているとでも言うのか?
「く、黒間君! た、大変!」
「白峰? どうしたんだ?」
「ここに誰かが近づいてる! この気配って……異界能力者!?」
「何!?」
そうこう隠れながら様子を伺っていると、白峰がまた別の気配を感じ取ったらしい。
しかも最悪なことに、そいつらは異界能力者とのこと。
白峰が上空を指さすので、俺もそちらに目を向けてみると――
――スタン ――スタン
「噂には聞いていたが、まだヤクザが何か企んでいたか」
「僕達は異界能力者だ。おとなしくお縄に付け」
――俺と同じ世代の男が二人、空から舞い降りてきた。
二人は西原達の前に躍り出ると、名乗りながら高圧的に口を開き始めた。
「あ、兄貴! 異界能力者です!」
「言わなくても、見れば分かるってぇの。このシノギはいい稼ぎだったんだが、嗅ぎつけられちまったら流石にここまでかぁ」
二人の異界能力者に邪魔を入れられた西原も、子分と共にそちらへ目を向けた。
声もこれまでのように何かを隠すように小さな声ではなく、俺達にも聞こえるほど大きな声で話し始める。
その様子を見る限り、西原にとっても異界能力者の出現は想定外だったのだろう。
「Mr. Nishihara! What should we do!?」
「I got a reward. Escape with a submarine」
一緒にいた外国人も驚き戸惑うが、西原と英語で何かを話すと、トラックから出てきた外国人を急いで潜水艦へと乗せ始めた。
言葉こそ分からないが様子を見る限り、西原は『ここは任せて、さっさと逃げろ』とでも言ったのだろう。
西原は一人指をボキボキと鳴らしながら、二人の異界能力者へと向かっていく。
「よぉ、異界能力者のガキどもがぁ。よくもウチのシノギを邪魔してくれたなぁ……!」
「邪魔して当然だ。ヤクザは見つけ次第捕縛するよう、特務局からも命令を受けている」
「外国人の違法出国か? なんでこんなことをするのかは知らないが、僕達は第一世代の異界能力者だ。もうお前達は逃げられないぞ?」
二人の異界能力者の真正面に立った西原だが、怖気づく様子もない。
空を飛んできた人間が目の前にいるのに、まるで余裕綽々といった様子だ。
「それにしても、あの二人は第一世代の異界能力者なのか。あれじゃ、西原も一方的にやられるぞ?」
「た、助けた方がいい?」
「いや、流石にそれはできない。俺達が今出ても、事態がややこしくなるだけだ」
白峰は西原の様子を見て助けようとも考えたらしいが、この状況自体は俺達には関係ない話だ。
そもそも西原を助けようものなら、それこそ真帝会深く関わってしまい、風崎刑事の忠告を完全に無視してしまうことになる。
俺達にできるのは様子を伺い、連続殺人犯の手掛かりを追うだけ。言ってしまえば西原を見殺しにすることになるが、仕方のない話だ。
「なあ。長話も面倒だから、さっさとぶちのめさないか?」
「そうだね。僕もそれに賛成だ!」
ついにここにやって来た二人の異界能力者は、眼前の西原へと飛び掛かっていった。
この二人は第一世代なだけのことはあり、昨日殺された第二世代とは明らかに違う。手から炎を出したりするわけではないが、動きそのものがかなり俊敏だ。
おそらくは肉体を強化する魔法をメインとした、近距離格闘タイプの異界能力者。
あの動きで襲われたら、西原はひとたまりも――
「ガキがぁ……! 調子に乗ってんじゃねぇぞぉ!!」
ガシンッ! ガシンッ!
「ぐえぇ!?」
「がぁ!?」
――そう俺が思った瞬間、西原は飛び掛かって来た二人の異界能力者の首根っこをそれぞれ片手で掴み、その動きを完全に止めてしまった。
西原を倒すつもりで挑んだ異界能力者も予想外だったらしく、驚きながらも西原の腕を掴んで抵抗している。
だが掴まれた力は相当強いらしく、まるで万力にでも挟まれたかのようにビクともしない。
俺の予想に反し、西原は第一世代の異界能力者二人を相手にして、完全に優勢に立っている。
「オレはよぉ、真帝会の中でも鬼島のカシラの右腕なんだぜぇ? そんなオレが異界能力者だかなんだか知らねえが、てめぇらみてぇなガキ相手に後れを取るわけねぇだろがぁあ!!」
ガチィイン!!
「い……痛い……!?」
「こ、こんなことが……!?」
そのまま西原はそれぞれの手に掴んだ異界能力者の額を力任せに衝突させ、二人を気絶させてしまった。
離れた俺にもよく聞こえるほどの衝撃音。そんな凄まじい衝撃を受けて、異界能力者の二人は完全にノックダウンしてしまった。
「なぁ? 仕事相手は逃げ出せたかぁ?」
「へ、へい。もう潜水艦に乗り込んで、出発しやした」
「そうかぁ。だったらここからは、真帝会としてもう一つの仕事だぁ……!」
西原は近くに残っていた子分とも話をし、外国人達の乗った潜水艦のことを確認している。
俺も見てみるが、さっきまでそこにあった潜水艦の姿はもうない。どうやら西原達の目論見通り、すでにここから逃げ出したようだ。
――それでも西原はまだ気が収まらないといった様子で、気絶した二人の異界能力者の首根っこを掴みながら、何かを考えている。
「シャラァアア!!」
ガシャンッ!! ガシャンッ!!
「ッ!? 人間を片手で投げ飛ばした!?」
「ひ、ひいぃ!? こ、怖い!」
そして西原は掴んでいた二人の異界能力者を、それぞれ片手で投げ飛ばした。
人間をこうも容易く投げ飛ばすなど、それこそ異界能力者でも簡単にはできないと思っていた。
それを西原は容易くやってのけた。異界能力者のような特別な力を使ったわけでもない。
――純粋に鍛え上げたパワーだけで、人間を軽々と投げ飛ばしてしまったのだ。
「さぁて、こいつらにはちょいと、海の底にでも沈んでてもらうかぁ」
そんな西原だが、いかにもヤクザらしい考え方で投げ飛ばした異界能力者へと再び近づく。
早い話が口封じ。ドラム缶でも用意して、あの二人を始末するつもりだ。
俺も白峰もそんな西原を前にして、怖気づくばかりで何もできないが、一つだけ大きな問題がある――
「よぉし。後はこの二人をドラム缶に入れて――ん? 誰だぁ? てめぇらぁ?」
――西原が異界能力者を投げ飛ばしたコンテナは、俺と白峰が隠れているコンテナだった。




