地下に潜む鬼
「『とんでもないバケモノ』ですか? そんな壊滅寸前の組織に一体何が?」
「そのバケモノがいるから、真帝会は壊滅を免れたと言ってもいい。とにかく、あいつは異界能力者とは違う意味でヤバい奴だ」
風崎刑事が語るのは、真帝会という組織の恐ろしさについてだった。
その口ぶりを聞く限り、風崎刑事が語るバケモノというのは誰か一人の人物を指しているらしい。
そして風崎刑事は真剣な表情のまま、その人物のことを語ってくれた。
「そのバケモノの名前は、鬼島 炎。まだ異界能力者が現れる前から裏社会で鳴らしてた、現真帝会の若頭だ」
真帝会の若頭、つまりはナンバー2。名前を鬼島 炎。
この五年間でほぼ壊滅状態に陥っているヤクザの現状など、俺はまったく詳しくない。
それでも風崎刑事が語るときの表情を見る限り、ヤクザの中でも相当な大物なのだろう。
「その鬼島って奴はそんなに強いんですか?」
「確かに腕っぷしも強いが、それ以上に厄介なのは組織の運営手腕だ。さっきも言ったが、真帝会が異界能力者によって大打撃を受けながらもまだ生き残ってるのは、鬼島の影響がデカい。奴は裏も表も知り尽くした情報網で、異界能力者の作戦が始まるよりも前に、いち早く真帝会の運営中枢を地下に隠した。鬼島自身もしばらく表に姿は見せてねえが、若衆の西原といった子分を裏で動かし、真帝会の実権を握ってるのも鬼島だろうな」
「そうした情報網と機転、それに伴う組織での地位もあるので、俺達も関わらない方がいいということですか……」
さらに風崎刑事から聞かされる真帝会若頭の鬼島という人物の話を聞いて、俺も忠告してきた意味が少しずつ分かってくる。
真帝会も今はほぼ壊滅状態らしいが、それでも他の極道組織のように潰れたわけではない。
ヤクザからしてみれば異界能力者という未曽有の大危機を前にして、そこへの対策を誰よりも早く講じ、組織の完全壊滅を防ぐ手腕。
それは俺が思うよりも余程強力で、俺のような一般人では手が出せない相手なのだろう。
「分かりました。まあ、俺もヤクザの相手なんてしたくはないので。白峰も分かったな? お前は異界能力者だから、関わると俺以上に面倒になるぞ」
「う、うん。分かった。ラーメンのお礼もあるし、ちゃんと従う」
「このお嬢ちゃん、異界能力者にしてはおとなしい子だな。これで第一世代なのか?」
「こいつは戦闘要員じゃないので……」
異界能力者の相手をしたり事件を追うだけでも疲れるのに、ヤクザの相手なんてまっぴらごめんだ。
俺は白峰にも促し、風崎刑事の忠告を受け入れることにした。
――そんな白峰なのだが、話を聞きながらも黙々とラーメンを食べ進めていたらしい。
風崎刑事の忠告に従ったのも『ラーメンのお礼』と言ってるが、異界能力者としてはそれで大丈夫なのだろうか?
風崎刑事にまで心配されているし、こいつはこのまま異界能力者としてやっていけるのだろうか?
「それにしても、あの黒間が異界能力者を邪険にせず、一緒に行動してるとはな……」
そんなこんなで一通り話が落ち着くと、風崎刑事は俺と白峰を見比べながらそんなことを口にしてきた。
確かに俺はこれまで、異界能力者については『家族を奪った恨むべき畜生』とか『面倒な仕事の対象』ぐらいにしか思っていなかったが、それとこれとは話が別だ。
白峰は第一世代の異界能力者だが、人間的にはむしろ普通の人間よりよっぽど無害だ。
――それこそ、こっちの方が心配になってくるレベルで。
「そりゃ、異界能力者のことは今でも気に食わないですけど、だからって白峰を嫌う理由にはなりませんよ」
「黒間君はわたしのこと、好き?」
「好きとは言ってないだろ。拡大解釈するな。俺とお前はただの友達だ」
「ご、ごめん。わたし、友達とかよく分かんないから……」
俺はそのことを風崎刑事に語ったのだが、横で聞いていた白峰は俺の顔を覗き込むように話に割り込んできた。
こいつとはつい昨日再会したばかりだから、いきなり好きかどうか聞かれても困る。
――とりあえず、嫌いではないがどうにも苦手ではある。
「おいおい、黒間。あんまり女の子を遠ざけるような態度はとんなよ?」
「別に遠ざけるつもりなんてなかったのですがね……」
「まあ、それでもお前がこうして異界能力者をむやみやたらに邪険にしないのは、お前をよく知る人間としては成長を感じるな」
俺と白峰のやり取りを見ていた風崎刑事は、どこか感慨深そうに自身の感想を述べている。
確かに両親を殺された直後の俺ならば、相手が異界能力者というだけで毛嫌いしていただろう。
それも姉村所長に拾われてケアしてもらえたことで、こうして多少は相手と向き合うこともできた。
そうでなければ、姉村便利事務所での『異界能力者の被害を受けた人間を助ける仕事』なんてのもできない。
――もしも俺の心が五年前のままだったら、それこそ例の連続殺人犯のようになっていたかもしれない。
あの殺人犯の身に何があったかは知らないが、完全に復讐にとりつかれた目。
あの目を思い出すと、五年前の俺の姿とどこか被るものが見えてくる。
「さて、飯も食ったことだし、そろそろお暇するか。俺は勘定を済ませてくるよ」
「本当に奢ってもらってすみません、風崎刑事。ほら、白峰もそろそろ店を出るぞ」
真帝会の話や異界能力者の話をしていると、いつの間にかかなりの時間が経ってしまった。
俺も風崎刑事も話しながらだったが、目の前にあるラーメンは食べ終えている。
風崎刑事は勘定のために先にレジへと向かったので、俺も白峰を連れて店を出ようとした――
「ま、待って。アムアム。わたし、まだ食べ終わってない。けっぷ」
「お前、なんで大盛りなんか注文したんだ?」
――ただ、白峰だけはまだ食べ終えていなかった。
注文した大盛りラーメンはすでに伸び、白峰は尚もそれを少しずつ口に運んでいる。
なんとか箸を進めてはいるが、白峰自身も胃の容量は限界が近いと見える。
これはもう異界能力者だから分からないとかいう話ではない。
――白峰という人間が分からない。
■
「けっぷ。ラーメン、食べきれなかった……」
「大盛りなんて頼むからだ。てか、並盛りでも白峰には多かったぐらいだぞ?」
結局、白峰は奢ってもらったラーメンを完食できず、半分ほど残して店を出ることになってしまった。
風崎刑事には申し訳ないことをした気もしたが、『気にするな』と笑って許してくれた。
その風崎刑事とも別れ、今は再び白峰と二人で公園のベンチで一休みしている。
「さて、飯も食ったことだし、俺達もそろそろお開きにするか」
「え? で、でも、まだお昼だよ? 外も明るいよ?」
「むしろ外が暗くなるまで遊ぶ気だったのか? それにお前も満腹でまともに動けないだろ?」
白峰とも十分に遊んだと思うのだが、どうやら本人はまだ遊び足りないらしい。
俺が買ってやったウォンテッドウォンバットのぬいぐるみを抱きかかえ、名残惜しそうな表情で『まだ遊びたい』と訴えてくる。
大盛りラーメンで胃がパンパンなはずなのに、なんとも欲張りな奴だ。
「……ッ!? こ、これって……!?」
そうしてベンチで休んでいた白峰なのだが、突然顔を青ざめてぬいぐるみを抱えながらうずくまってしまった。
その様子はさっきまでのマイペースぶりとは明らかに違う。何かに怯えるように身を震わせてもいる。
「白峰? 一体どうしたんだ?」
俺も心配になり、白峰の肩に手を当てながら声をかけてみた。
そして白峰は声を震わせながらも、俺にその理由を説明してくれた――
「き、昨日、第二世代の異界能力者を殺した人……近くにいる……!」




