壊滅寸前の勢力
「に、西原の兄貴……!?」
「そこの嬢ちゃんに服を汚されたぐれぇで、メンチ切ってんじゃねぇよぉ。第一、てめぇの服は安物だろうがぁ?」
俺は困惑し、白峰が怯えていると、服を汚された男の後ろから、また別の男が現れた。
オールバックにサングラス。虎の刺繍が入ったジャージを着た恰幅のいい、これまたいかにもヤクザな風貌をした大柄な男だ。
「す、すんません! 俺も気が立っとりました!」
「……ったくよぉ。ただでさえウチもシノギで苦労してんのに、カタギに迷惑かけて余計な苦労を増やすんじゃねぇよぉ。沈められてぇのかぁ?」
「す、すす、すんません! どうかご勘弁を!」
グラサンにジャージの男はどうやら俺達が揉めていた男の兄貴分らしく、重くのしかかるような口調で弟分の男を止めてくれた。
大柄な体格も相まってかなり怖い男だが、弟分の男の前に出ると俺と白峰に頭を下げて来てくれる。
「ウチの輩が迷惑をかけちまったなぁ。このことは内密に願いてぇんだが、構いませんかねぇ?」
「俺はそれで構いませんよ。こちらこそ急にぶつかってすいません。ほら、白峰も謝れ」
「ご、ごめんなさい。わたし、ちゃんと前見てなかった……」
そして口調に怖さこそあれど、しっかり謝罪してくれた。
こうやってしっかり謝罪してくれたのならば、相手がヤクザでも関係ない。
俺は白峰にも促し、一緒に兄貴分の男に礼をした。
「それじゃぁ、オレらはこれで失礼さてもらわぁ。おい、行くぞぉ」
「は、はい……」
その後、ヤクザと思われる二人は俺達とは別の方向へ歩き出していった。
一時はどうなることかと思ったが、あの兄貴分の男のおかげで助かった。
白峰も俺の隣で緊張が解けたのか、前屈みになってヘロヘロと揺れている。
「危なっかしい奴だな。お前って、気配に関する魔法が使えるんだろ? もうちょっと周囲を注意しろよ」
「普段から使ってると疲れるし、わたし、元々どんくさいし……」
「第一世代の異界能力者と言っても、随分とポンコツだな……」
あまりにヘロヘロと揺れる白峰が危なっかしいので、俺はその体を支えながら注意をする。
この様子だと白峰は戦い云々に関係なく、単純にどんくさいから仲間外れにされているような気がしてしまう。
本当にこいつはこのまま異界能力者の一員として、活動できるのだろうか?
――俺がする心配ではないが、どうしても心配になるほどこいつはポンコツだ。
「昨日あんな事件があって、二人ともその現場にいたのに、その二人が揃ってデートか? 随分と急な進展じゃねえか?」
俺が白峰の体を支え直していると、今度は後ろからまた別の男の声が聞こえてきた。
この声には聞き覚えがある。できることなら、こういう場面で知り合いに会いたくはなかったのだが――
「風崎刑事……。別にデートじゃないですよ。昔の同級生と遊んでただけです」
「ほーう。お前ら二人、同級生だったのか。それはまたロマンチックな偶然でのデートだな。そしてヤクザに絡まれた彼女を助けるために、黒間が身を挺して庇ったってか」
「デートじゃないって言ってますし、さっきの一部始終を見てたんですか……」
――振り向いた先にいたのは風崎刑事だった。しかも俺と白峰がヤクザに絡まれたのを見ていたというオマケつき。
顔をニヤつかせながら語ってくるが、この人はこの人で姉村所長と同じように、俺のことで遊んでいる気がする。
――いい大人が揃いも揃って、どうしてこうも俺を茶化してくるのだ?
「おい、白峰。お前も何とか言って――」
「黒間君、お腹空いた。お昼を食べたい」
「俺の話を聞け!」
流石に俺も風崎刑事の相手をするのに疲れてきたので、白峰に助け舟を出してはみたが、こっちはこっちでまるで話を聞いてすらいなかった。
さっきまでヤクザ連中に絡まれたことによる緊張が途切れたせいなのか、空腹の方が気になって仕方ないといった様子。
風崎刑事との話よりも、近くの飯屋の方に目が行っている。
――俺に味方はいないのか?
「ウハハハ! なんともマイペースな異界能力者のお嬢ちゃんだな。俺もからかって悪かった。腹も減ってるみたいだし、近くのラーメン屋で一緒に飯にしねえか? ちょいと話もしたいし、奢ってやるよ」
「本当に意地の悪い人ですね……。でも奢ってくれるなら、ご馳走になります」
「わたし、ラーメン食べたい」
急に風崎刑事に横やりを入れられてしまったが、ラーメンを奢ってくれるということで、素直についていくことにした。
白峰もラーメンを食べたがっているし、昼食にもいい時間だろう。
■
「おいしい。アムアム」
「かわいらしい見た目と違って、随分と食い意地の張ったお嬢ちゃんだな」
そうしてラーメン屋にやって来た俺達三人だが、白峰は大盛りを注文していそいそと食べ進めている。
白峰は小柄で女の子らしい見た目なのだが、これで大盛りを頼むのは予想外だった。
ただ箸こそ進んではいるものの、そのスピードはかなり遅い。レンゲの上で少しずつラーメンに息を吹きかけて冷ましながら、口へと運んでいる。
食べきる前にラーメンが伸びないか心配だ。
「それで風崎刑事。何か話したいことがあるんですって?」
「ああ、そうだった。つっても、異界能力者がメインの話じゃねえ。さっきのヤクザ連中の話だ」
俺も風崎刑事と並盛りのラーメンを食べながら、さっき風崎刑事が言っていたことを尋ねてみた。
風崎刑事は適当にラーメンをすすりながら、話を進めてくる。
「さっきお前らに絡んできたヤクザだが、あれは真帝会の連中だな」
「真帝会? 俺も極道組織には詳しくないですが、そういうのは異界能力者にほとんど壊滅させられたんじゃないですか?」
「あくまで『ほとんど』だ。真帝会は現在において数少ない、まだ極道組織としての体裁を残している組織だ」
風崎刑事は警察官なだけのことはあり、ヤクザ事情にも詳しいようだ。
極道組織は五年前から異界能力者が行ってきた作戦によって、全体の九割は壊滅したと聞いている。
そんな現状において今でも組織としての体裁を残しているというのは、それだけ地盤がしっかりとした組織ということなのだろう。
「まあ、真帝会も壊滅こそしてないが、その規模は大幅に縮小してる。会長は完全に地下に潜ってるらしく、この五年間で姿を見たという報告は受けてねえ」
「アムアム……。地下に潜った? 地面の下にいるの? アムアム……」
「この場合『表社会から姿を隠している』ってことだよ。食べながら喋るな」
そんな真帝会の現状について気になったのか、白峰もラーメンを口に含みながら話に割り込んでくる。
いずれにせよ、真帝会も異界能力者によって大打撃を受けたのは事実らしい。
――白峰が異界能力者だとバレなくてよかった。
「今の真帝会を表立って動かしてるのは、お前らも会ったグラサンジャージの男――若衆の西原 雷作だな」
「それじゃあ、風崎刑事はその西原って男を警察として追ってると?」
「いいや、追ってない。今の真帝会に大事を起こす力なんて残ってねえ。西原が子分の喧嘩を止めたのも、大事にしたくなかったからだろう。ただ、お前らにこれだけは言っておきたいことがある」
これまでは適当にラーメンをすすりながら話していた風崎刑事だったが、急に表情が真剣なものに変わる。
そして俺と白峰の方を見ながら、忠告するように言葉を紡いできた――
「真帝会にだけは深く関わるな。あの組織は弱体化したとはいえ、とんでもないバケモノが裏に控えてる」
■西原 雷作
極道組織、真帝会の若衆。三十二歳の大男。グラサンと虎刺繍入りのジャージがトレードマーク。




