面白くない街並み
「黒間君! あのぬいぐるみ、キモかわいくない?」
「かわいいか? 不気味なぐらいひねくれて見えるぞ?」
俺と白峰は現在、都心まで出てきて一緒にウインドウショッピングをしている。
結局、姉村所長の思惑通りに進んでしまっているが、俺も他に何をするか思いつかなかったのだ。
――ところで、白峰がガラス越しに並んだぬいぐるみを目を輝かせながら眺めているのだが、なんとも言えないデザインだ。
『ウォンテッドウォンバット』というキャラクターらしいが、ウォンバットがサングラスと中折れ帽を身に着け、口には葉巻を咥えている。
正直、かわいいからは程遠い。まるでマフィアだ。
『キモかわいい』なんてものじゃない。『キモ怖い』だ。
「こんなふざけたデザインのぬいぐるみの、どこがかわいいんだ?」
「……ギャップ萌え?」
「これはギャップ萌えなのか? お前にとってのギャップ萌えって何だよ?」
「……黒間君?」
「それだと、俺とこのぬいぐるみが同列扱いじゃないか……」
白峰の頭の中はよく分からない。俺とこのキモ怖いウォンテッドウォンバットが同列扱いだなんて不服だ。
それでも白峰はガラスに手を添えながら、そのぬいぐるみをジッと見つめている。
「それ、欲しいのか?」
「欲しい」
「なら、買ってやるよ」
「い、いいの?」
「気にするな。ぬいぐるみ一つも買えないほど、安い給料じゃない」
あまりにも白峰が物欲しそうにウォンテッドウォンバットを見つめているので、俺は仕方なしに買ってやることにした。
白峰は目をキラキラさせて、買ってやったそのぬいぐるみを抱きかかえている。
その姿はまるで子供。昔からよく知らない奴だったが、こいつの中身は高校時代から変わってなさそうだ。
「後、あのアイスも食べたい」
「急にがめつくなりやがって……」
その後も、俺と白峰は適当に街中をぶらつく。
白峰は中身こそ天然だが、容姿に関しては美少女だ。
そのためか、周囲の男の俺への視線が妙に痛々しく感じる。
――傍から見ると、まるで本当にデートでもしているようなのだろう。
図らずとも姉村所長の思惑通りになっている。なんだか気に食わない。
『続いて、間近に控えた衆議院解散総選挙についてのニュースです』
「ん? 街頭モニターか」
そうして二人で歩いていると、大きな街頭モニターでのニュースの声が耳に入って来た。
特に理由があったわけではないが、ふと気になって足を止めてしまう。
『現在の政権与党、天治党ですが、やはり今回も議席の過半数確保は硬いでしょうか?』
『そうですねえ。五年前の異界能力者による治安制度の促進により、天治党は一気に野党から与党として政権を握ることができました。その異界能力者の活躍も目覚ましいものがあり、現在の野党では太刀打ちできないといったところでしょう』
『五年前に政権交代させられた現在の最大野党、地明党でも、天治党との支持率の差を考えると、次の解散総選挙も天治党が硬いというのが世論調査でも出ています』
そのニュースの内容だが、俺にとっては何一つとして面白くない。
画面に映ったコメンテーター達が話す話題にまで、異界能力者の話が出てくる。
五年前までこの国の政権与党は地明党の一枚岩が続いていたのだが、異界能力者の出現と同時にそのバックアップを買って出た当時野党だった天治党によって、一気に民意は天治党に傾いてしまった。
地明党は異界能力者については『慎重な判断が必要』と後手に回ったため、異界能力者による犯罪撲滅を推奨する世論からは悪影響。
さらに選挙のタイミングとも被ってしまい、異界能力者が現れたのと同じ頃から、この国の政権与党は天治党に変わってしまった。
――そこからはとにかく異界能力者を優遇し、守るような政策の連続。
俺のように異界能力者に苦しめられた人間もいるはずなのに、それさえも黙殺される現実。
支持率にしても本当かどうか疑わしく、操作されているんじゃないかと俺は疑ってしまう。
――この国の民主主義は本当に機能しているのだろうか?
「く、黒間君は異界能力者のこと、嫌い?」
「ああ、嫌いだな」
「天治党のことも?」
「気に食わないな。今でも天治党が与党にならなければって、何度思ったことか」
ニュースを見た俺の苛立ちが顔にも出ていたのか、横でアイスを食べていた白峰が恐る恐る尋ねてきた。
白峰からすれば、異界能力者である自身の立場まで否定されているのだから仕方ない。
白峰はうつむいてしまっているが、俺も俺でこの苛立ちを抑えられない。
「わたしも異界能力者や、天治党のことは嫌い……」
「え?」
白峰には不快な気持ちをさせてしまったと思っていたが、その白峰自身も俺の気持ちに同調するように話を紡いできた。
「わたし、異界能力者になってから友達いないし、寂しいから嫌。天治党のやり方も強い異界能力者だけを優遇して、うまく言えないけど間違ってる気がする」
「……仮にも第一世代の異界能力者である白峰にまでそう言われちゃ、異界能力者も天治党も世話ないな」
「わたしもこうして黒間君の話を聞いて、やっぱりおかしい気が強くなった。黒間君は異界能力者のせいで家族を失ったし、今も異界能力者のことで事件に巻き込まれてる。そう考えると、黒間君の方が立派」
「アハハ! 異界能力者に『俺の方が立派』なんて言われるとは、夢にも思わなかったな」
そういえば白峰は第一世代の異界能力者でありながら、その能力が諜報メインで仲間外れにされていたのだった。
そんな立場を考えれば、こいつも俺と同じようにいい気がしないのも分かる。
異界能力者自身に異界能力者を擁護する政策を違反されるなど、天治党もとんだお笑い草だ。
俺も思わず笑い声をあげてしまう。
――異界能力者のことは今でも気に食わないが、それでも白峰のように考えてくれている人間がいると、少し救われた気分になってくる。
メディアから見た世間は今でも異界能力者というオカルトを崇拝しているように見えるが、決して全員がそう思っているわけではない。
それは異界能力者によって家族を奪われた俺にとって、ありがたい事実だ。
「……って、妙な感傷に浸っちまったか。ほら、そろそろ別のところに行くぞ」
「ま、待って。黒間君――」
街頭モニターのニュースに足を止めてしまったが、休日になってまで異界能力者のことなんて考えたくもない。
白峰もその話を聞いてあまり気がよさそうではないし、俺は足早にその場を離れようとした――
ドンッ!
「あぁ!? 姉ちゃん、どこ見て歩いとんのや!? 俺のスーツがアイスで汚れたやろがい!」
「ひいぃ……!? ご、ごめんなさい……!」
――離れようとしたのだが、ここで面倒なことになってしまった。
俺のついて来ようとした白峰が振り向きざま、近くにいた大柄な男にぶつかってしまった。
しかも白峰の持っていたアイスが相手の服にかかってしまい、その男は大激怒。
――おまけにその男、見た感じヤクザだ。いかにもそれっぽいスーツを着ている。
いくら異界能力者によってかなり取り締まられたとはいえ、少しぐらいは残っているということか。
「すみません。俺の連れが失礼しました。弁償しますので、どうか穏便に――」
「いーや、勘弁ならん! このスーツは高級品やぞ!? ちょいとそこの店でじっくり話し合おか!」
俺はなんとかその場をしのぐため、財布を出しながらその男に頭を下げたのだが、聞く耳を持ってもらえない。
俺が何よりも懸念するのはこのまま話が長引いて、白峰が異界能力者だとバレないかということだ。
こういうヤクザは異界能力者に真っ先に矛先を向けられ、今やほとんど壊滅状態。
もしも白峰のことがバレてしまえば、恨みから何をされるか分かったものじゃない。
俺にも白峰にも、ヤクザを相手にどうにかできる手段を今は持ち合わせて――
「おいぃ。一般人に対して、なぁにを粋がってんだぁ? てめぇはよぉ?」




