選ばれなかった者同士の選択
「やっぱり、あんたは異界能力者の全滅を望むのか……」
「当然でしょう。異界能力者の能力が失われても、自分の身に宿る復讐心は晴れません。異界能力者の皆殺しこそが、自分にとって生きる意味です……!」
ある意味、こうなることは予想できていた。
ラルフルの目的は最初から一貫して、異界能力者を皆殺しにすることだ。
自らを含む十人分の復讐心を植え付けられ、自らの姉を昏睡状態にした全ての元凶――異界能力者。
連続殺人犯にまで身を落とし、それを可能とするチャンスを目の前にして、ラルフルが引き下がるはずもない。
「この爆弾には、女神の生命維持装置どころか、この近辺の山ごと吹き飛ばすだけの威力があります。自分や女神と一緒に吹き飛びたくないのならば、早急にこの場から立ち去ってください」
「俺達のことは逃がして、お前は爆弾の起爆に残るってか? そんだけの爆弾なら、お前だってただじゃ済まねえぞ……!?」
「それは覚悟の上です。自分はこの爆弾を起動させて、女神と共に全てを終わらせます」
「な、なんて奴だぁ……!? そこまでして、復讐を成し遂げたいのかぁ……!?」
ラルフルは俺達四人に右手の拳銃で脅し、左手でセットした爆弾の起爆スイッチに手をかける。
風崎刑事や西原さんが説得しようとしても、聞く耳を持つ様子すらない。
「どないしてもやる言うんか? ここで異界能力者を皆殺しにする選択をすれば、お前の超法規的措置の話かてなくなんで? 全部が終わった世界で、もう一度人生をやり直すチャンスさえも失うことになんで?」
「もとより、自分は『人生をやり直す』つもりなどありません。それはこの復讐劇を始めた時から、とっくに決めていたことです。自分はもう、この復讐と共に『人生を終わらせたい』のですよ……!」
鬼島さんも説得を試みるが、ラルフルは断固として拒否してくる。
三年前、異界能力者と関わったことで自らの身に膨大な復讐心を植え付けられた時から、ラルフルはずっとこの時を待ち望んでいたのだ。
こいつは己の罪を理解している。
理解したうえで、自らの人生と共に全てに幕を引くことを望んでいる。
――ラルフル・ボルティアークという人間は本来、こんな復讐に身を投じることがなければ、誰よりも優しくて責任感の強い人間だったのだろう。
「……ラルフル。あんたの気持ちは俺も理解した。だが、それでも最後に俺の言葉を聞いてくれ」
今のラルフルを止めるのに、余計な思考を巡らせた言葉は不要だ。
いまだに拳銃をこちらに構えるラルフルに対し、俺は思うままに言葉を紡ぎ始める。
「あんたはずっと、異界能力者への復讐だけを考えて、今日という日まで生き延びてきた。その狂って壊れた精神を抱えながら、たった一人で復讐の完遂を目指す日々。辛くて孤独な戦い。……俺だって、異界能力者のせいで大切な人を失い続けた身だ。全く理解できないわけじゃない」
「少しでもそうやって自分のことを理解してくださるのならば、おとなしくこの場から退いてください。自分としても、同じような境遇にあるあなたを巻き込みたくはありません。こちらもいい加減、この狂った精神が爆発しそうなんですよ……!」
ラルフルはこみ上げる感情を抑え込むように、俺の言葉に耳を傾け始める。
「だがな、ラルフル。俺は何度もあんたと関わるうちに、その奥底にある気持ちにも気付けてきたんだ」
こちらに敵意を向けてくるのは変わらないが、それでも俺は『ラルフル本人も目を背けている気持ち』がどうしても引っかかる。
それは姉村所長が抱いていたものとも同じで、今ならよく理解できる。
「あんたはまだ完全に狂ったわけじゃない。あんたは『復讐を成し遂げたい』こととは別に『後に引けない自分自身の罪に決着をつけたい』とも考えてるんだろ?」
「……ッ!!?? と、突然、何を!?」
俺の言葉を聞いて、ラルフルも明らかな動揺を見せる。
そんな様子も関係なく、俺はさらに言葉を紡いでいく。
「『異界能力者を皆殺しにしたい』と言っておきながら、あんたは白峰のことは見逃してくれた。今回の作戦だって、ここまでついてきてくれた。本当は女神の肉体を吹き飛ばせば復讐が果たせると感づいても、あんたは俺達との行動を選んでくれた。……俺にはあんたが『自らの復讐心に抗っている』ようにも見えるんだ」
「その行け好かない口を閉じてもらえませんかね……!? 自分の定まった気持ちを、乱さないでくれますかねぇえ!?」
俺が思うままのことを口にしていくと、ラルフルはこれまでの冷徹な態度から一転して激昂し始める。
これまでの復讐心を刺激された時のものとも違う。図星を突かれたとでもいった様相。
「俺や姉村所長と一緒に、事務所で話をしたときのことを覚えてるか? あの時だって、あんたはおとなしくしてくれていた。姉村所長の姿に、あんた自身の姉の姿を重ねてもいた。あんたにとっては『復讐を成し遂げたい』というのも本心だろうが、同時に『もう一度、姉と共に過ごした日々に戻りたい』という気持ちも、心のどこかで――」
「Shut up! Shut up! Don't talk like you know!! ――それ以上、口を開かないでもらえますかねぇえ!? まだ余計なことを言うならば、今すぐにこの爆弾を起爆して――」
「やってみろよ。俺達四人のことも巻き込んで、それであんたが満足できるのならな。……どうなんだ? ラルフルゥウ!!」
ラルフルの動揺はこれまで以上だ。日本語で話すことも忘れ、母国語である英語まで混じってしまっている。
俺は余計なことを考えず、どれだけ乱暴になろうとも、ラルフルの本心を聞き出そうとする。
そして、俺が爆弾の起爆を促しても――
「……あなた方のことは、自分も巻き込みたくありません」
――ラルフルにそれはできなかった。
俺はつくづく思う。ラルフルと俺は本当に似た者同士だ。
ラルフルは俺よりも壮絶な道を歩んできた。その過程で、常人には耐えることもできないほどの復讐心に苛まれてきた。
それでも、こいつはかつての俺と同じように、どうにかしてそこから這い上がりたい気持ちがまだ残っている。
――完全に壊れていると思われたラルフルの精神には、まだ正気が残っていた。
「俺の両親は死んだ。慕ってくれた白峰は死んだ。支えてくれた姉村所長も死んだ。俺だって異界能力者が憎い。女神が憎い。それでも、俺にはそんな人達から、託された役目がある」
「それは他者の意志が介入したもので、あなた自身の意志ではないのでしょう? あなただってご自身の意志にのみに従えば、ここで異界能力者を皆殺しにしたくなりませんかね……!?」
「ならない……と言えば、嘘にはなるかもな。ただ、今の俺が個人的に成し遂げたい思いは、そういった恨みとは別にある」
俺はそんなラルフルのわずかに残された正気に期待し、最後の胸の内をさらけ出す。
これは死んでしまった俺の大切な人達の思いではない。俺自身が望むことだ。
「俺はあんたを救いたいんだ! 俺と同じように不幸にされたあんたに、もう一度前を見て生きて欲しいんだよぉお!!」
――この言葉に嘘など一つもありはしない。
本当に俺が思った言葉そのままだ。ラルフルに抱く率直な気持ちだ。
どれだけ復讐のために人を殺めていても、どれだけ我が身を犠牲にして終わらせようとしても、俺はそんな結末を望まない。
――『ラルフルにもう一度人生をやり直して欲しい』
それこそが俺個人の抱く正義で、ラルフルに望む選択だ。
「……綺麗事ですね。ここまで何人も殺してきた自分に、まだ生きて人生をやり直せと?」
「あんたは本来、誰よりも精神的に強く、優しく、自らにも妥協をしない。そんなあんたに対してだからこそ、俺の願いを聞いてはもらえないか?」
「……ここまで来て、復讐の完遂を前にして、自分に諦めろと? そんな甘言は……もう本当にやめてくれませんかねぇええ!!??」
俺が全てを伝え終えると、ラルフルも少しだけ考えるそぶりは見せた。
それでも、納得までには至らない。
長年にわたって抱き続けてきた復讐心は、ラルフルの奥底の本心さえも遮ってしまっている。
――だが、わずかに希望は見えた。
俺の眼前にいるラルフルは、自らの迷いを断ち切るように声を荒げてこそいるが、その表情を見ればよく分かる――
――複数の入り乱れた感情から溢れ出たと思われる涙。こんな姿も始めて見る。
あと一歩のところで、ラルフルを納得させられるところまでは来ている。
「……仕方ないか。それなら、もう一度『どちらを選択するか』のやり直しといこう」
「お、おい? 黒間?」
「ひ、一人で何をする気だぁ?」
「ま、まさかとは思うが……?」
今、俺とラルフルの意志は『女神をどうするか?』という点で分かれている。
俺が望む通り『女神の生命維持装置のみを停止させる』ことで、異界能力者の能力だけを奪う選択。
ラルフルが望む通り『女神の肉体もろとも吹き飛ばす』ことで、異界能力者を命ごと奪う選択。
――このお互いの主張をハッキリとさせない限り、この事件に終焉はない。
俺は戸惑う三人に構わず、一人でラルフルの方へと歩み寄る――
「皆さん。ここからは手出し無用でお願いします。俺とラルフルだけで、どっちの正義を選択するか、改めて決着をつけます……!」




