望まない朝
新章。物語二日目。
〔地下に潜む闇の一味〕
「ふあ~……寝すぎた」
連続殺人やら白峰との出会いやらで疲れていたのか、次の日の俺は少し寝坊してしまった。
昨日はあの後事務所がどうなったのかしらないが、姉村所長のことだ。冷蔵庫からビールでも出して、飲んだくれているかもしれない。
これは早めに事務所に行って片付けないと、事務所に来客も通せない。
「朝飯はコンビニで適当に買うか。白峰を所長と二人きりにさせたのも、今思えば悪い気がするな……」
朝飯を食べる余裕さえなかった俺は、最低限の準備だけしてアパートの自室を出た――
「あっ、黒間君。お、おはよう」
「……なんで俺のアパートにいるんだ? 白峰?」
――そして扉を開けた先にいたのは、昨日事務所に残してしまった白峰だった。
俺を待っていたように、背筋を整えてお辞儀をしてくる。
服装はおしゃれなワンピースを着ているが、こういう身だしなみは姉村所長にも見習ってほしい。
「……いや、服装とかはどうでもいい。本当になんで白峰がここにいるんだ?」
「姉村さんに聞いた」
「『俺のアパートの位置を知ってる理由』を聞いてるんじゃない。『今この時間に俺のアパートにいる理由』を聞いてるんだ」
「わたしの感知の魔法で、黒間君が出てくるタイミングをはかってた」
「そういう意味でもない!」
思わず意識が白峰の服装に逸れかけたが、俺は本題を聞いてみる。
だが白峰から返ってくる言葉は、どこか間の抜けたものばかり。
俺が聞きたいのはここにいる目的だ。方法じゃない。
「そ、そうだ。姉村さんから連絡。『今日の仕事はお休み』だって」
「え? 本当に休みになったのか?」
「うん。黒間君も色々あって疲れてるだろうから、今日はお休みにするって」
そんな気になる本題なのだが、ようやく白峰も話してくれた。
帰り際の話だと『夜通し話し明かすこと』を条件に休日になるはずだったが、それとは関係なく今日は休みなったようだ。
それならそうとわざわざ白峰をよこさずに、電話で言ってほしいものだ。
「まあ、これで今日はゆっくりできるわけだな。それじゃ、部屋でもうひと眠り――」
「あっ、それともう一つ、姉村さんから言われたことがある」
とりあえずはこの休みを満喫するためにも、俺は自分の部屋に戻ろうとしたのだが、白峰にはまだ要件があるようだ。
俺が閉じようとした部屋の扉に体を挟み込み、グイグイ割り込んでくる。どうにも危なっかしい奴だ。
仕方ないので俺も扉を開け直し、白峰の話に耳を傾ける――
「え、えっと。『今日は息抜きのために、ツッ君と遊びにでも行ってきて』だって」
「……なんだそれ?」
――耳を傾けたのはいいが、どうにも理解が追い付かない。
話の内容もそうだが、白峰は何やらメモを見ながら話しかけている。
これが姉村所長からの要件らしいが、どこからツッコめばいいのか分からない。
「それ、姉村所長からの要件だよな? なんであの人、こんなこと考えだしたの?」
「えっと。黒間君は友達もいなくて、寂しがってるからって……」
「なんて余計なお世話だよ……。てか、白峰もそんな話をすんなり引き受けるな」
とりあえず、白峰が姉村所長の言いなりで動いているのは分かる。
わざわざ所長の依頼内容のメモまで確認して、なんとも律儀な奴だ。
――だが、凄まじいまでにいい迷惑だ。
「俺は遠慮する。どうせ休みになったなら、惰眠をむさぼりたい。お前も帰れ」
「ま、待ってよ! わたし、今日は非番だし、せっかくおめかしもしたんだよ!?」
「知るか! さっさと扉から体をどけろ! 閉められないだろ!」
とにかく休みたい俺は、どうにか扉を閉めて部屋にこもろうと試みるも、白峰がしがみついてきてそれも叶わない。
異界能力者は俺の家族だけでなく、休息まで奪うつもりだろうか? 本当に疫病神だ。
「わ、わたしも友達いないから! 黒間君と友達になりたい!」
「……は?」
そう思っていたのだが、急に白峰は声を荒げて本心と思える言葉をぶちまけてきた。
結局のところ、白峰は白峰で寂しかったということなのか?
なんとも急に本音をぶつけられて驚いたが、そういえばこいつも異界能力者の中では仲間はずれな扱いを受けているのだった。
概ねあの後、姉村所長にそのことを相談をしたところ『俺なら友達として適任』とでも言われたのだろう。
こいつは異界能力者だが、俺のイメージに根付いているようなろくでなしではない。
いきなり『友達になりたい』と言うのはなんとも不器用だが、こうも真正面から頼まれると俺も断りづらい。
「ハァ……分かったよ。適当に街でもぶらつくか」
「や、やった! 黒間君、優しい!」
「……白峰はチョロいな」
そんなわけで、俺は白峰と遊びに出かけることになった。
俺が了承したのを聞いて、白峰はピョンピョンと子供っぽく喜んでいる。
――こいつ、俺と同じ二十一歳だよな?
異界能力者ってのは、精神年齢が成長しないのか?
まあ、今気にする話でもない。
「それじゃあ、まずはどこに行こうかね」
元々は仕事に行く直前だったので、外出の準備は問題ない。
アパートの部屋の戸締りを終えると、外で待っていた白峰に行き先を尋ねてみた。
「ちょ、ちょっと待っててね。えーっと……『デートコースの定番は、まずブラインドショッピングから』」
「……おい。それも姉村所長のメモか? てか『デート』ってなんだよ? あの人、何をどうしたいんだ?」
俺に尋ねられた白峰なのだが、今度は別のメモを取り出して読み上げてくる。
その内容はどう考えても姉村所長が考えたものだ。しかも勝手にデートだと解釈されている。
今時『久しぶりに会った同級生が恋人同士になる』なんて、ベタなシナリオでもやりたいのだろうか?
そういうのは恋愛小説や漫画で十分だ。リアルでやるつもりなんてない。
「そのメモはもういらん。捨てとけ」
「で、でも! 姉村さんが昨日真剣に考えてくれて――」
「なんであの人はこんなところでマジになってんだよ。普段の仕事もそれぐらい真面目にやってくれよ」
せっかくの休みで姉村所長からも解放されるどころか、むしろ普段よりも面倒なことになっているこの現状。
まあ、俺も最近は連続殺人を追うので気が立っていたから、こういう息抜きも必要なのかもしれない。
白峰の頼みを無下にもしたくないし、これも姉村所長なりの気遣いなのだろう。
――そう思っておこう。
そうでも思わないと、苛立ちで白峰をビビらせてしまう。




