始まりと終わりの二人
宮倉幹事長に幕川総理。フィクサーと真帝会会長。
その二人からも話を聞き、これからの動きを決めた後、俺達は再び慣れ親しんだ街並みへと戻って来た。
現在、最後の作戦に参加するメンバーは別々に準備を行っている。
風崎刑事は警察署にも話を通し、裏で行われている異界能力者の暴動対策への確認を。
西原さんは女神のもとに乗り込むために、五人乗れるバンの手配を。
鬼島さんは俺が頼んだ、緑蓮寺対策となるある道具の準備を。
――そして俺は、最後の一人と話をつけるために、とある病院の屋上へとやって来た。
「わざわざこの病院まで、ご足労願えましたか」
「あんたが話を通してくれてたおかげで、俺もすんなりここに案内してもらえたよ」
「受付の人間も、米軍を通して自分とパイプがあります。こちらとしても、あなたから情報を得るためには、窓口が必要でしたので」
少しの間、俺が屋上で夕陽を見ながら黄昏ていると、目的の人物も屋上へと上がって来た。
こいつは昨日、俺に『家族と会ってくる』と言っていた。それはつまり『家族のいる場所で待っている』ということ。
異界能力者のせいで植物状態となった姉のことを想い、殺人鬼となってもまだ近くにいようとする最大の犠牲者――
「ミスター黒間からこちらに来たということは、何か情報を掴めたということですね?」
「ああ。あんたの望む情報が手に入ったぞ。……ラルフル」
――ラルフル・ボルティアーク。
俺はそいつの願望通りの情報を携えて、再びこの連続殺人犯と会うことになった。
「俺やその協力者の方で、異界能力者とも関係性の深いフィクサーの一派と接触できてな」
「フィクサー……ですか。それが事実ならば、さぞ価値のある情報なのでしょう」
ラルフルと再会した俺は、まずはフィクサーに関する話を説明した。
この際、真帝会会長である幕川総理や、フィクサーである宮倉幹事長の名前を出す許可も貰っている。
ラルフルを動かすためには、情報の信憑性が鍵となる。
あの二人も全ての事件に決着がついた後、政界からも引退する覚悟で、俺がラルフルを説得できるように取り計らってくれている。
それらの事情も含めて、俺はラルフルへの説明を続けていく。
「……成程。それで、あなた方はその脳死状態の女神の生命維持装置を停止させ、異界能力者からその能力を奪ってしまうつもりなのですね」
「そういうことだ。その鍵となるのが、あんたも狙ってたこの姉村所長から託されたデバイスだ。そして、その作戦にはあんたの力も借りたい」
「わざわざそのために、ミス姉村が提案していた自分への超法規的措置を、そのフィクサーに願い出てまで……ですか」
ラルフルは俺の説明を黙って聞き、理解を示してくれた。
単純に考えれば、ラルフルのこれまでの殺人罪をもひっくり返すことができ、異界能力者への復讐も果たせるという、またとない機会。
少しの間、ラルフルも考えるそぶりを見せるが――
「……いいでしょう。あなた方の作戦とやらに、自分も協力します」
――俺の願い通り、協力を容認してくれた。
「協力してくれることには感謝する。だが、この作戦は異界能力者を殺すことが目的じゃない。これまでみたいに、異界能力者を殺すような真似はするなよ?」
「それがミスター黒間とも因縁深い、正義四重奏の緑蓮寺であってもですか?」
「緑蓮寺が相手でもだ。どの道、この作戦が成功すれば、異界能力者の存在そのものが白紙に返る。命を奪う必要性はどこにもない」
「……あまり面白くはありませんね。異界能力者としての能力がなくなっても、その人間の罪がなくなるとは思えませんが……まあ、いいでしょう。自分もその作戦に参加させていただけるのならば、多少の不満も甘んじて受け入れます」
協力してくれるとはいっても、ラルフルも完全に納得してくれたわけじゃない。
その身に宿る膨大な復讐心ゆえか、異界能力者の能力が奪われるだけでは飽き足らず、あくまで殺すことに固執している様子が伺える。
それでも一つの妥協点なのか、俺の望む通りに殺すことはしないと口では述べてくれている。
――そうは言っても、ラルフルは以前に正義四重奏の赤森を俺がいる場で殺害している。
俺を守るためだったとはいえ、あのような事態は勘弁願いたい。
「それじゃあ、以前に俺達とも落ち合った高速道路のサービスエリアに、明日の午前一時に来てくれ。そこで全員と合流して、緑蓮寺の後を追うように、女神の居場所へと突入する」
「いいでしょう。自分の方でも準備はしておきます。相手はこれまでの異界能力者の中でも最強です。かつてない激戦を予想しておいてください」
「そんなこと、言われなくても分かってる」
俺はラルフルに集合場所と時間を伝えると、足早にその場を後にしようとした。
――ここでした説明の中に『女神の肉体を吹き飛ばせば、異界能力者は死に絶える』ことについては触れていない。
そんなことを伝えてしまえば、俺の選択など関係なく、ラルフルはそちらを選ぶだろう。
誰よりも異界能力者によって人生を狂わされたラルフルにならば、俺と同じように選択する権利はある。
だからといってその権利を与えてしまうと、俺の選択とここまで繋いでくれた人々の思いが無駄になる。
――俺にとっては、姉村所長や白峰が繋いでくれたこの道を、もう曲げるようなことはしたくない。
「……ミスター黒間。最後に一つだけ、自分からの質問に答えてくれませんか?」
そんな思いを抱きながら俺が屋上の出口へ向かうと、背中の方からラルフルが声をかけてきた。
俺は何か嫌な予感を感じながら、背を向けたままその質問に耳を向けるが――
「なぜ、女神の生命維持装置を停止させるなどという、回りくどい真似をするのですか? 脳死状態の女神を肉体的にも殺すだけならば、その身を吹き飛ばしてしまっても良いのではありませんか?」
――俺が一番聞かれたくなかったことを、ラルフルは尋ねてきた。
「……場所的に、そんな簡単な話じゃない。こちらも女神のいる施設の状況が分からないし、デバイスの停止コードを使うのが一番確実だ」
「そのデバイスや停止コードにしても、本当に必要なものですか? どうせ女神のもとまで行くならば、その場で爆薬を使って吹き飛ばすのも、同じことだと思いますが? それとも、何か別の『爆薬が使えない』理由でもあるのですか?」
俺はラルフルに背を向けたままだが、その口ぶりから『女神の肉体がなくなることでの影響』に感づいているのは分かる。
恐ろしくなりながらも、俺はラルフルの方へと振り向いて言葉を交わす。
「……異界能力者との決着を優先するなら、今は黙って俺の言葉に従ってくれ」
「そのように言うということは、女神の肉体自体にも何かしらの因果関係があるということで?」
「俺からは何も言えない。それでも、どうかこの作戦を成功させるためにも、その力は貸して欲しい。……頼む!」
俺はただただ頭を下げ、ラルフルがこれ以上の言及をしないように頼んだ。
俺から本当のことは言えない。そんなことを言えば、ラルフルは間違いなく女神の肉体をも処分しようとする。
当初の目的が果たされないという思いもあるが、ラルフルと俺の境遇は似通っている。
俺もラルフルも、異界能力者によって不幸のどん底に叩き落された立場の人間だ。
――俺はそんなラルフルにこれ以上、人殺しをさせたくない。
姉村所長の願いをも託された今、その思いは強くなっている。
「……仕方ありませんね。ひとまずはミスター黒間達の作戦に従いましょう。……『ひとまず』はですが」
「ラルフル……」
ラルフルの力だけを頼りにし、全ての事実を伝えない。こちらが卑怯なのは分かっている。
それでもラルフルは俺の願い通り、それ以上の言及は控えてくれた。
――ただ、それはあくまで一時的なものでしかない。
「自分からの質問は以上です。時間になれば、自分もその場に現れます」
「……分かった。こっちも待ってるぞ」
俺は今度こそ別れの言葉を交わし、ラルフルのいる病院を後にした。
――ラルフルは協力こそしてくれるが、味方になってくれたわけではない。
覚悟はしていたが、どうしても不安要素は残ってしまう。
「……だけど、これで戦力は揃った」
それでも俺は自らに言い聞かせるように、帰り道で独り呟く。
異界能力者の誕生。ラルフルという怪物の誕生。
連続殺人事件の捜査。異界能力者の捜査。
白峰の死。姉村所長の死。
ここまで本当に色々あったが、異界能力者の歴史を終焉させる準備は整いつつある。
後はその時を待つだけだ。
――これまで異界能力者と戦ってきた俺達五人により、その全てに決着をつける。
それが俺の選択で、託された正義だ。




