銃弾の足跡
「わたし、気になってたんだけど、なんで犯人は銃を持ってるのに、ナイフで襲ってきたの?」
白峰にも振られた銃弾の話題だが、その白峰は続けるように自身の疑問を述べてきた。
白峰が言いたいことは分かる。拳銃を持っているなら、近づいてナイフで首を掻っ切るよりも安全だろう。
だがあの犯人がそうしなかった理由は、おそらくこんな感じだ。
「離れたところから拳銃で撃ち殺せば、確かにいきなり返り討ちに遭う危険は少ない。だが、確実に相手を殺せるかと言われるとそうじゃない。銃で確実に相手の急所を狙うなんて、それこそ超凄腕のスナイパーでもないと無理だ」
俺はまず『銃による殺害の不確定性』を指摘した。
そこにあの犯人の相手の背後に一瞬で回り込める技量があれば、拳銃よりナイフの方がよっぽど確実で安全だ。
俺の話を聞いて、白峰はコクコクと小さく頷いている。
「それに銃を使えば、銃弾という痕跡が残る。銃弾から銃の種類を判別されると、犯人が誰かも絞られてくる」
「銃の種類が分かっても、同じ種類の銃がいっぱいあったらどうするの?」
「その時は線状痕を調べるかな。俺も実際に銃弾の調査をしたわけじゃないけど、線状痕が分かれば持ち主まで特定できる」
さらに続けて『銃によって現場に残る証拠』についても話してみた。
それを聞いた白峰だが、どこか不思議そうな顔で首をかしげている。
「センジョウコンって……何?」
「線状痕は言うなれば『銃弾の指紋』だな。銃弾が発射されると、線状痕という痕が必ず残る。これは銃によってバラバラだから、ここから犯人を探し当てることだってできる。あの殺人犯も、俺に拳銃を撃つときに『できれば使いたくなかった』ってなことを言ってたしな」
そんな首をかしげる白峰の疑問にも、俺は一通り答えた。
それを聞いた白峰は納得したのか、首をブンブンと縦に振って頷いている。
――頷いてるんだよな?
こいつ、話す時はどこか引っ込み思案なのに、リアクションが大げさすぎる。
これはこれで面白いし、なんだか白峰の小動物のような見た目の印象にも合っている気はする。
「すごい。黒間君、かしこい」
「まあ、俺も長いこと、この事務所で捜査やら何やらしてきたからな」
そうして説明を終えた俺に対する白峰の反応なのだが、目をキラキラさせているのが分かる。
こいつの知る高校時代の俺なんてただの不良だから、頭のいい印象なんてなかったのだろう。
そう考えると、俺もつい褒められて上機嫌になってしまう。
「……ズルい! ツッ君が自分でした説明を、自分の手柄にしてる!」
そんなご機嫌になっていた俺に対し、姉村所長が横から文句を言ってきた。
これが『自分の力に自惚れている』とかなら、まだ話として理解はできる。
だが『自分の説明を自分の手柄にしてる』というのは、はたしてどういう意味だろうか?
「ツッ君のそれらの知識は私が教えたんだよ!? それならこれは私の手柄だよね!?」
「なんですか、その理論は? それなら俺がこうやってしっかり説明できたので、それ自体が所長の手柄ってことでいいでしょう?」
「うくく……! お、お二人とも、本当に面白いですね……!」
とりあえず様子を見る限り、姉村所長は自分のことをないがしろにされたと思っていたらしい。
別に俺にそんな気はないし、むしろこれは所長の教育の賜物だろう。文句を言われる筋合いはない。
そんな俺と所長の姿を見て、白峰はまた一人で笑いを堪えている。
――いつもは二人だけの事務所だが、一人増えただけでこうも騒がしくなるものなのか。
俺と所長のやり取り自体は概ねいつも通りだが、それを見て笑いを堪える白峰がいると新鮮だ。
「ねえねえ、白峰ちゃん。またよかったら、ウチの事務所に来てみないかな?」
「わたし、そうしたいです。それに異界能力者連続殺人事件についても、黒間君や姉村さんの方が調査を進めてくれるから、手伝いたいです」
そうして明るい雰囲気で一通りの話は終わったのだが、白峰は今後もウチの事務所に来るつもりらしい。
白峰自身もここに来ることで連続殺人事件を追いたいという気持ちがあるのが伝わってくる。それはそれで構わないし、白峰の気配に関する魔法はこちらとしても役に立つ。
だが、それならば俺からも言っておきたいことがある。
「白峰。お前が協力してくれるのはありがたいが、これは殺人事件だぞ? 犯人は異界能力者を狙ってるんだし、下手に深入りだけはすんなよ?」
「う、うん。分かった。ありがとう、黒間君」
白峰は俺のような一般人と違い、連続殺人の被害者と同じ異界能力者だ。
今回俺も出会った犯人の様子を見る限り、第一ターゲットにしているのは『素行の悪い異界能力者』だろう。
だがそこに別の異界能力者が偶然居合わせれば、今度はそちらもターゲットにしてくる。
白峰は犯人に顔も割れているし、十分に危険が付きまとうことになる。
――こいつは異界能力者だが、俺の両親を殺したり、これまで悪行を重ねてきた連中とは違う。
かなり天然なところはあるが、悪い奴ではない。
俺もできうる限りは白峰のことを守ってやりたいとは思う。
「下手に深入りしないのは、ツッ君も同じだよ? 今回は緊急だったし、結果として白峰ちゃんを助けられたからよかったけど、犯人は拳銃まで持ち出してる。今後はもっと慎重に捜査を進めて、ツッ君も被害を受けないようにしてよね?」
俺が白峰を心配していると、今度は姉村所長が俺の方を心配してきた。
確かに所長の言う通りではある。俺だって世間的に見れば異界能力者でもなんでもない、ただのガキ。
俺も犯人と接触したわけだから、白峰のことをどうとは言えない。
俺自身も気を付けて行動しないと、周囲にまで危害が及んでしまう。
――それこそ、両親を殺された時と同じ思いはもう嫌だ。
あの時のように、姉村所長や白峰まで死んでほしくない。
「……それじゃ、話も一段落したみたいですし、俺は自分のアパートに帰らせてもらいますよ」
何はともあれ、今日は色々なことがあった。
連続殺人が二件。高校時代の同級生である白峰との再会。連続殺人犯との直接対決。
そこから今までこうして女二人の話にまで付き合わされたのだ。正直、もう疲れた。
俺は適当に挨拶だけすると、事務所の扉から帰ろうとするのだが――
――バッ!
「ダメだよ! ツッ君! 明日はお休みにしてあげるから、今日は三人で夜通し語り明かそう!」
「……所長の個人的独断で、俺のシフトを変えないでください。それに事務所で夜通し語るなら、それはもう残業申請していいですか?」
――姉村所長が素早く扉へ回り込み、大の字になって俺が帰るのを邪魔してきた。
どうやらまだまだ所長は話し足りないらしく、勝手に明日を休みにしてまでまだ話を続ける気だ。
「わ、わたしももっと、黒間君と話をしたい」
さらには白峰まで、姉村所長の意見に賛成してくる。
こいつは異界能力者のはずだが、門限などは設けられていないのだろうか?
こうしてこの異界能力者対策事業所である姉村便利事務所にいること自体、特務局あたりにとっては気分のいい話でもないだろう?
まあ、白峰ももう成人してるから、そのあたりは自由が利くのだろう。多分。
――もういい、面倒だ。
これ以上この二人に付き合っていたら、俺は過労でぶっ倒れる。
出入り口の扉は姉村所長に押さえられてしまったが、こうなったら行儀が悪いのは承知で、別の道を使おう――
ガラララ! ヒョイ!
「すいません。明日の休日も結構なので、俺はやっぱり帰ります」
「ああ!? ツッ君! 窓から逃げるのは反則だよ!?」
俺は事務所の窓を開け、そこから帰宅することにした。
この事務所は二階にあるテナントだが、それぐらいならどうということはない。
昔悪さをしていた時と現在所長から教わった拳法。それらのおかげで、俺は身のこなしの軽さには自信がある。
建物の二階から窓枠などをつたって移動するなんて、俺には造作もない話だ。
「こらー! ツッ君! 戻ってきなさい! お行儀が悪い!」
「俺に行儀の話をするなら、まずは所長も事務所を片付けてください」
「く、黒間君、もう下まで降りてる……!?」
そうして地面に足をついた俺に所長は文句を言い、白峰は驚きながら顔を見せているが、もうここまで来れば俺の勝ちだ。
「待ちなさい―い! ツッ君ー!」
「え、ええっと……。黒間君、またねー!」
窓から二人がそれぞれの言葉を述べてくるが、これで俺はようやくアパートに帰れる。
俺は事務所から逃げるように走り、自分のアパート目がけて振り返らずに走った。
――ただ、翌日の事務所の散らかり具合だけは心配だった。




