糸を繋げるフィクサー
俺達の前に姿を現した野党地明党の幹事長にして、真帝会を裏で操っていたフィクサー。
そして俺にとっての恩人でもあり、俺に全てを託してくれた姉村所長の上司であるとも名乗る人物――宮倉 宗五郎。
その人物は俺達を室内の椅子に座るように手招きし、この場にいる全員が顔を見合うように揃い踏みした。
「……宮倉幹事長。俺はいまだに理解が追い付きません。本当にあなたが真帝会を裏で操るフィクサーなのですか? それに、姉村所長とはどういう関係で?」
「ワシも姉村君の弟子とも言える君には、直接話す義務があるとは考えておった。少し込み入った話になるが、心して耳にしてほしい」
現職の刑事に真帝会の構成員。内閣総理大臣にフィクサー。
表も裏も入り乱れたこのそうそうたる面々を前にしても、俺の中での疑問が上回ってしまう。
俺が誰よりも先に口を開くと、宮倉幹事長はゆっくりと口を開き始めた。
――その声はいつも俺がテレビで聞くキツイものとは違う、かなり落ち着いた中に重さと責任を感じるような声だ。
「順を追って説明しよう。今から十年程前、真帝会という極道組織が結成された」
「それについては、俺も知ってる。真帝会は警察のデータベースをも改ざんし、広域指定暴力団となことからも逃れるほどの組織だ。……それも全部、あんたの差し金だったんだな?」
「うむ。その点については風崎刑事も思っていた通りだ。ただし、君達の想像通りの話ではない面もあってな――」
まず話してくれたのは、これまで自身が裏から操っていた真帝会という組織について。
風崎刑事が気にしていた内容を肯定しつつも、宮倉幹事長は何か別の理由があるように言葉を紡いでくる――
「真帝会は所謂『政治とヤクザ』の関係といった、権力の話が絡む存在ではない。『極道社会の自浄作用による安定化』を目的とし、ワシが幕川総理に命じて作らせたのだ」
「なっ……!?」
――その言葉を聞いた風崎刑事は、思わず両目を見開いて言葉を失っていた。
俺も風崎刑事と同じ気持ちだ。開いた口が塞がらない。
「だ、だったら、真帝会は政府が率先して作り出した極道組織ってことですか!? それに……どうして幕川総理が会長に!?」
「僕も宮倉幹事長と相談して、合意の上で真帝会会長となった。当時はまだ僕も野党の次期総裁候補でしかなく、内閣総理大臣という地位にも当然いない。当時の極道情勢と野党の状況を省みたうえで、僕が真帝会会長になるのが適任だったんだ」
「当時の天治党も野党の中では勢いがあったが、その裏で危ない影もちらついていた。その中には本当の意味で『政治とヤクザ』が絡むものだってあった。幕川総理もそのことを危惧しており、当時から政界の重鎮であったワシに話を持ち掛けてきたのだ」
俺達の想像では及びもつかない、真帝会が作られた本当の理由。
幕川総理と宮倉幹事長はそのことを、戸惑う俺や風崎刑事にも分かるように説明してくれた。
宮倉幹事長はこれまで代々、政界のフィクサーの地盤を引き継いできた人物であったこと。
幕川総理は当時の天治党の在り方に疑問を抱き、地明党幹事長でもある宮倉幹事長に相談を持ち掛けたこと。
そこで話に上がったのが、真帝会という『極道社会そのものにテコ入れをする極道組織の設立』という話。
――幕川総理もその提案を受け入れ、裏では真帝会会長という地位に就いたのだった。
「後に天治党の総裁にもなった僕が真帝会に情報を流し、こちらも見逃すことができない極道組織を鎮圧する。政界との繋がりはもちろん、真帝会そのものを極道社会における自浄装置として紛れ込ませた」
「極道社会の問題は、昔の暴対法からも続いておる。ワシとしても、これらを制御するいい機会だと思ったのでな。それに幕川総理が真帝会の会長であれば、天治党の連中には気付かれたとしても公にはできん」
「もしも公にしてしまえば、自分達も危なくなるから……ですか」
それらの説明を聞いた俺なのだが、率直に思ったのは『雲の上の話』という言葉だけだ。
宮倉幹事長も幕川総理も淡々と話しているが、そんな簡単な話じゃないことは俺にでも分かる。
真帝会が本当に極道社会の自浄装置となる保証はない。
政界の他の誰かが逆に真帝会を操る可能性だってある。
宮倉幹事長の立場も、幕川総理の立場も、危険極まりないことは変わらない。
「無論、これらの計画の危険性は想定の範囲内やった。せやから、会長は信頼のおける人間を真帝会に置くことにしたんや」
「鬼島のカシラは元々、公安にいた人間だぁ。真帝会は他の極道組織を吸収しながら大きくなったが、それでもこの事実を知る人間は少ねぇ。後はオレと少数の幹部だなぁ」
「鬼島が元公安だって……!? まあ、それぐらいの人間じゃねえと、信頼なんて置けねえか……!」
さらに知らされるのは、若頭である鬼島さんの経歴について。
元公安となれば、それは現職刑事である風崎刑事とも同じように、国の治安に携わっていた人間だ。
真帝会の勢力拡大も、かなり綿密に行われていたことが伺える。
「警察データベースを改ざんし、真帝会を『指定暴力団から外した』ことについても、一種の圧力だった。こうすることで、警察組織も下手に手を入れようとしなくなるからな」
「そこも含めて、全部計画通りだったってことですか……!」
フィクサーを裏に抱える真帝会の真実は、俺のようなただの一般人には想像もつかないものだった。
この国の表と裏の事情が入り組んだ話を聞き、俺が単純に思えることは一つだけ――
――スケールが違いすぎる。
だが、それこそが『国を動かす』ということなのだろう。
「そうした真帝会による極道社会の自浄計画も、数年間はうまくいっていた。だが、それも五年前にあまりに想定外の事態が起こり、大きく狂わされてしまった」
「五年前となると、異界能力者が出現した時からですか?」
そんな膨大な計画の中でも、イレギュラーというものは存在していた。
それこそが俺から大切な人々を奪い続けた、異界能力者の存在。
宮倉幹事長は苦虫を噛み潰したような顔をして、そのことを語ってくれる。
「突如としてこの国に姿を現した異世界の女神によって誕生した、異なる世界の魔法の力を持った存在――異界能力者。こんな存在はワシにも読めるはずがない。当時は与党であった地明党も、まずは事態を静観するしかなかった」
「それはそうでしょうね……。漫画や小説だけの存在が突然姿を現して、突拍子もない能力を授けていくなんて――」
「そのことについてだが、女神は『何の了承もなし』に能力を授けたのではない。『ある人物の了承を得た上』で、異界能力者を誕生させるという行動に踏み切ったのだ」
「……え?」
宮倉幹事長と俺が言葉を交える中で、世間的に知られている話とは違う話が耳に入って来た。
ただ、俺はその言葉も含めて、これまでの話を少し頭の中で整理する。
特務局代表だった虹谷博士は赤森に殺される前、俺に『ある官僚が女神と交渉した』と語っていた。
宮倉幹事長も『ある人物が女神の行動を了承した』と言っている。
――そして、俺にとって一番大事だった人は『自分が異界能力者を誕生させた』と言い残した。
「み、宮倉幹事長? まさか、その『ある人物』というのは……?」
「流石は彼女の弟子だ。察しがいい。君も感づいている通りなのだが――」
俺は声を震わせながらも、宮倉幹事長からその答えを尋ねた。
俺の大切な人々を奪い続けた元凶とも言える、女神と交渉したその人物の正体とは――
「姉村 明日葉。当時、天治党員だった彼女が女神と交渉し、異界能力者の誕生を容認した」




