表と裏を統べる者
「ど、どういうことですか……!? 幕川総理が……真帝会の会長ですって!?」
「こ、こんなの、スキャンダルなんてレベルでもねえぞ!? 馬鹿げてやがる! この国の表と裏の頂点が、同一人物だって!?」
俺も風崎刑事も、目の前にいる真帝会会長を名乗る人物に動揺が隠せない。
政権与党のトップと、現存する極道組織のトップ。その二人が同じ人物だったのだ。動揺するなという方が無理だ。
「確かに僕は表では内閣総理大臣であり、裏では真帝会会長という立場にいる。だが、それでこの国の頂点というわけではない」
「そんな立場にいながら、よくそんなことが言えますね……!?」
「仮にも日本は民主主義国家だ。社会的な頂点も何もない。……それに、僕はそんなくだらない話をするために、こうして姿を現したのではない」
俺と風崎刑事が戸惑う様子も意に介さず、幕川総理は奥の通路へと歩き始める。
そのすぐ後ろを、真帝会会長としての部下でもある鬼島さんと西原さんが歩き、それを追うように俺と風崎刑事もついていく。
――急な事実を突きつけられて、俺も風崎刑事もその場の流れに身を任せるしかない。
「まあ、急なことで混乱するかもしれないが、僕が黒間に会うのは初めてではないだろう?」
「た、確かに、俺が特務局に潜入してた時にも、虹谷博士の案内中に会いましたが……」
「その後の方だ。お前は特務局から脱出する際、西原のトラックに乗せられてただろう? あれは僕が指示したことだ」
「あっ……!?」
困惑しながら後をついていく俺に、幕川総理は少し振り向きながら言葉を交わしてきた。
あの時は急なことで記憶が吹き飛んでいたが、思い出してみれば俺は特務局から脱出する直前にも、幕川総理と出くわしていた。
そして、幕川総理が護衛と話している隙に逃げ出すと、その先で西原さんに気絶させられたのだった。
「あん時、幕川総理に――会長に耳打ちしたんは、護衛に紛れ込んどったオレや。黒間のことも会長には伝えてはおったから、後は西原に先に伝達して、脱出をさせるように命じたんや」
「あ、あの時の護衛が鬼島さん……!? でも、ようやく納得できてきましたよ」
さらにその前後のことも、鬼島さんが語ってくれた。
俺もあの時の記憶は曖昧だったが、当人達に話してもらえることでようやく思い出せた。
確かに俺は正義四重奏の青林から逃げ出した後、幕川総理と出くわしていた。
そして、そこから逃げ出した直後に俺は西原さんに気絶させられ、特務局から逃げ出すことができた。
――あの時、鬼島さんが護衛に紛れ込んでいたからこそ、俺のことを助けてくれたということか。
「それにしても、幕川総理は天治党の総裁ですよね? 異界能力者の政策を促進させている代表なのに、どうしてその裏で真帝会の会長なんて?」
「ハッキリ言って、幕川総理の表と裏の立場は矛盾してる。片や異界能力者の立場を守っていながら、片や異界能力者の敵である極道組織の長。この矛盾については、俺も黒間も納得できねえな」
俺達の先頭を歩きながら説明してくれる幕川総理だが、それでも納得できない点は多い。
現在の政権与党である天治党は、異界能力者の政策を推し進めることでその地位を確立してきた。
それだというのに、真帝会という異界能力者のせいで追いやられた組織の頂点に立ち、異界能力者を調べていた俺のことまで助けてくれた。
――もう、この人が内閣総理大臣だろうが真帝会会長だろうが関係ない。
俺も心に決めた以上、相手が誰であろうと真相を尋ねずにはいられない。
「僕の立場についても、この扉の先で待っている人と共に語らせてもらう」
「この扉の先……?」
俺が疑問を抱いていると、幕川総理は一つの大きな扉の前で足を止めた。
これまでの無機質な通路の壁とは違い、どこか威圧感をも感じるほど巨大な扉だ。
「この施設は本来、有事の際に政府要人が避難するためのシェルターとして作られたものだ。もっとも、今は異界能力者から姿をくらますために利用しているがね」
「国が推進していた異界能力者から逃れるために、国が用意した避難場所を使うってのも、なんだか皮肉な話ですね。……ですが、そんな場所で俺達を待っている人となると――」
「もしもこの国の頂点が存在するなら、それに該当する人物。俗にお前達で言うところの『フィクサー』が、この先で待っている」
不思議そうに扉を眺める俺を見て、幕川総理が説明を加えてくれた。
幕川総理はあくまで真帝会会長という立場であり、その真帝会を裏で動かしているフィクサーは別に存在する。
俺もこの立て続けに襲い来る真実を前に、余計なことを考える暇もない。
今の俺に分かるのは、一つだけだ。
――この先に真帝会を裏で操り、異界能力者にも繋がるフィクサーが待ち構えている。
その人から話を聞かないと、姉村所長が遺した『罪と悲願』も分からない。
「……黒間。俺は覚悟を決めたぜ。フィクサーが誰だろうと、俺はきっちり話を聞き出してやる」
「俺も同じですよ。……幕川総理、この先の人物に会わせてください」
「いいだろう。鬼島、西原。扉を開けろ」
俺と風崎刑事は一度目を合わせて確認を取り、同時にこの先に待つ真相へと覚悟を決める。
そんな俺達の覚悟を確認すると、幕川総理の命令で鬼島さんと西原さんの手により、ついに扉が開けられた――
「……ほう? 君が黒間 次彦君か。姉村君からも話は聞いていたが、昔はヤンチャをしていたそうだな。……だが、悲しさと優しさが入り混じったような、若くして苦難を超えてきた目だ。姉村君が君に全てを託したのも、ワシには分かる気がするな」
――そして開けられた扉の向こうから、一人の年老いた男性の声が聞こえてきた。
その人物は部屋の奥にある回転椅子に腰かけ、俺達に背を向けながら語り掛けてくる。
「あなたが……フィクサー? それより、どうして俺のことを……?」
「姉村君はワシの部下にあたる人物だったものでな。君のことも、彼女からは常々報告を受けていた。……姉村君のことについては、本当に残念だった」
「あなたが……姉村所長の……!?」
このフィクサーと思われる人物の正体も気になるが、俺はそれ以上にその言葉が気になってしまう。
この人は俺のことを知っている。それが姉村所長経由だったということは、本人もすぐに答えてくれた。
――真帝会の裏に潜むフィクサーと、姉村所長を動かしていた人物までもが同じだった。
この国の総理大臣と真帝会の会長が同じだったことといい、俺の頭は軽くパンクしてしまっている。
――それに何より、俺はこのフィクサーの声にも聞き覚えがある。
「風崎刑事に黒間君。このような場所にまで、よくぞご足労いただいた。ワシも幕川総理同様、その立場のせいで簡単に姿は見せられぬのでな」
「あ、あんたはまさか……!?」
「ど、どうして、あなたが天治党の総裁と……!?」
一通り語り終えると、フィクサーは椅子をこちらへと向け、その姿を風崎刑事と俺にも露わとしてくれた。
この人が政府関係者なのは間違いない。俺だってよくテレビで見た顔だ。
これほどの大物ならば、フィクサーという立場にいてもある意味納得できる。
――だが、この人は幕川総理とは『政党そのものが違う』はずだ。
「驚くのも無理はないだろうが、そのあたりも全て説明しよう。諸君から『フィクサー』と呼ばれ、諸君らの知りたい情報を握るこのワシ――野党地明党幹事長である、宮倉 宗五郎がな」
■宮倉 宗五郎
七十歳の男性。野党地明党の幹事長。
裏の顔を『政界のフィクサー』




