それぞれの正義
「酒……なくなっちまったか……」
風崎刑事と西原さんが訪問した後も、俺は事務所で一人やけ酒を続けた。
冷蔵庫に残っていた缶ビールも飲み干し、もう飲めそうなものは残っていない。
普段から酒なんて飲まないのに、無理な暴飲を続けたせいか、俺の意識は朦朧としている。
別に新たに酒を買ってきて、さらに酒に溺れようという気も起きない。
――できることならば、このまま目を閉じて二度と目覚めないで欲しい。
「これはまた、かなりの荒れようですね。分かってはいましたが、ミス姉村は助かりませんでしたか……」
そうやって俺が自死願望まで抱いていると、事務所に新たな来客がやって来た。
酔いが回りすぎて重くなった目をこらして扉を見ると、そこにはもう見慣れた黒づくめの男が立っていた。
「……ラルフルか。何の用だ? 哀れな俺を笑いに来たか? アハハ……」
「……これまでからは想像もできないようなやさぐれ方ですね。ミスター黒間も、自分の気持ちがよく理解できたのではありませんか?」
「……勝手に言ってろ」
やって来たのはラルフルだった。
これまで連続殺人のために顔を隠していたのとは違い、フードを外して変わり果てた白髪を露にしたまま姿を見せた。
姉村所長が亡くなった現場から立ち去った後、捕まることなく逃げ延びたようだが、わざわざ俺の様子を伺うように事務所へとやって来た。
「せっかく俺達から逃げ出せたのに、今更何の用だ?」
「まずはご報告と思いましてね。ミス姉村を死に追いやった正義四重奏の緑蓮寺なのですが、申し訳ございませんが、自分も取り逃がしてしまいました」
「……そうかよ」
「ですが、自分はまだ諦めていません。元々、自分の目的が異界能力者の皆殺しであることは変わりません。そこで、ミスター黒間にお願いがあります」
ラルフルは飲んだくれた俺の顔を覗き込みながら、その後の出来事と今後の方針を伝えてくる。
こいつの目的は今でも変わらない。自身と姉を不幸のどん底へと叩き落した異界能力者を、どうにかして皆殺しにすることしか考えていない。
そんな目的を果たすためにも、ラルフルは俺にある要望を投げかけてきた――
「あなた方が持っている異界能力者に関する情報を、全て自分に提供してください。ミス姉村が亡くなる直前にも、何かを託されたのでしょう? それも自分に譲ってください」
――その話をする時、ラルフルはどこか怒りのこもった表情をしていた。
それはこれまでのようなただの復讐心とは違い、緑蓮寺に殺された姉村所長の仇をとりたいとでも言いたいようだ。
「どの道、ミスター黒間にはもうこれ以上、異界能力者に関わる気力もないのでしょう? それでしたら、後は自分にお任せください。ミス姉村の分の仇まで、自分がとってみせます」
「俺の代わりに、亡くなった姉村所長の分も復讐したいってか?」
「その通りです。自分の生きる糧は異界能力者への復讐心です。異界能力者への復讐を果たすならば、自分以上に相応しい人間もいないでしょう」
ラルフルはなおも俺の顔を覗き込み、自らの願望を述べてくる。
憎悪と復讐に満ち溢れたラルフルの目は、今の俺には嫌に魅力的だ。
――俺だって、ここまで異界能力者に大切な人達を奪われて、怒りが立ち込めないわけがない。
「見たところ、今お持ちの鍵型デバイスがミス姉村から託されたものですね。ひとまず、それは自分が譲り受けます」
「……あんたにこれが解析できるのか?」
「自分にだって、米軍という伝手があります。特殊なものであれど、解析は可能です。今のミスター黒間にはできなくて、同時にあなたが心の奥底で望むことを、自分が代わりに行うわけです。あなたも望む正義を、自分が果たして差し上げましょう」
ラルフルは俺の持っている鍵型デバイスが目に入ると、右手を差し出して譲るように迫ってくる。
確かにラルフルならばこのデバイスを解析し、緑蓮寺を始めとした異界能力者の尻尾を掴めるだろう。
白峰や姉村所長を殺した仇も、ラルフルならばとってくれる。
ラルフルに全てを託せば、異界能力者との決着もつけられる。
――だが、それはあまりに筋違いな話だ。
「誰が……あんたに渡すかってんだよぉおお!!」
バギィイインッ!!
「グゥ……!?」
俺は右手に持っていた缶ビールを投げ捨て、即座に立ち上がる。
そして感情に身を任せ、眼前にいたラルフルの顔面を殴り飛ばした。
あまりに感情任せだった上に、流石のラルフルも急なことで対処できなかったのか、その体は簡単に吹き飛び、事務所の出入り口をも突き破って吹き飛んでいく。
「一体、何のつもりでしょうか……!?」
吹き飛ばされこそしたラルフルだが、階下に落ちるようなことはなく、事務所外の外観廊下にあった鉄格子に背中を預けている。
そして、俺の突然の行動に驚きながらも、どこか怒気を含んだ口調で尋ねてくる。
そんなラルフルを俺は睨みつけて近づきながら、左手に持っていた鍵型デバイスを見せて思うことを、吐き出すように口にする。
「このデバイスはなぁ! 俺が姉村所長に託されたんだ! 所長は死の間際、これを『俺にしか託せない』と言って渡してくれたんだ!」
「ですが、ミスター黒間にはこれ以上歩みを進める気力もないのでしょう?」
「確かに俺の心はもうズタボロだ! このデバイスの正体だって分からない! それでも! これをあんたに渡してしまうってのは、意味も違うし不義理だってことは分かる!」
俺だってこのデバイスを風崎刑事達に渡そうとはしたが、それでもラルフルに渡すことは意味が異なる。
ラルフルの目的は一貫して『異界能力者の皆殺し』だ。
俺はこれまで姉村所長や白峰と共に、そんなラルフルの凶行を止めるために頑張って来た。
ラルフルに全てを託せば、緑蓮寺や異界能力者への復讐が叶うとしても、これまで俺達が歩んできた道を否定することになる――
「俺は……人を殺したいわけじゃない!! ここで俺があんたに全部託して、殺しを認めれば……俺は姉村所長にも白峰にも、顔向けできないんだよぉおお!!」
――姉村所長が死んでから腑抜けていた俺だが、ラルフルの言葉を聞いたことで突如スイッチが入ったように感情が昂る。
所長は死の間際、異界能力者の存在そのものを『自分の責任』だとも述べていた。
それの意味は今でも分からない。今はまだその意味も知らなくていい。
ただ一つだけ言えるのは、俺の選択は姉村所長の心と共にあるということ――
――俺が選んだ正義は『殺人による復讐』じゃない。
これまでの事件の中で犠牲となった姉村所長や白峰の気持ちを汲んだうえで、俺が代表して『事件への決着』をつけること。
――それが俺の選んだ正義だ。
「……なるほど。ミスター黒間はどうあっても、人を殺したくはないと? 復讐をする気はないと?」
「俺の願望が復讐かどうかは、あんたで好きに判断しろ。それでも、俺はこれまでの考えを変える気はない。あんたに姉村所長から託されたものを、譲るわけにはいかない!」
「……そうですか。あなたの気持ちは理解しました」
俺が吐き出した思いを聞き、ラルフルも口では納得を示している。
それでも、俺から緑蓮寺に繋がる鍵となるデバイスを諦めた様子はない。
――むしろ鉄格子から体を放すと、俺の方に両手の拳を構えてくる。
俺が一番最初にラルフルと戦った時にも見た、ボクシングのファイティングポーズだ。
「自分とあなたは同じような境遇にあるため、できることなら理解を示して欲しかったです。ですが、理解してもらえないならば仕方ありません。そのデバイスについては、力づくで奪わせていただきます」
「やってみろよ……!」
ラルフルの立場からしてみても、俺が持つデバイスは自らの復讐への最大の鍵だ。俺が断った程度で、引き下がるはずもない。
実力行使で来るならば、こちらもそれに応じるしかない。俺も一度デバイスをポケットにしまい、覚悟を決める。
そしてこちらもラルフルに対して拳法の構えをとるが、正直勝てる見込みは薄い。
異界能力者という異能を超える異常性。
人の力と技術を極限まで高めたような、怪物とも言えるレベルの実力。
――ラルフルの実力は、俺よりも数段上だ。
おまけにこっちはさっきまで腑抜けていて、本調子とはとても言えない。
――それでも、俺は姉村所長の託してくれたデバイスを渡すわけにはいかない。
どれだけ自暴自棄になっても、俺は姉村所長の託してくれた思いを、無碍にすることなどできない。
「俺から奪えるものなら、奪ってみろよぉおお!! ラルフルゥウウ!!」
この状況で吹っ切れたように雄たけびを上げ、俺はラルフルとの勝負に打って出た。




