選ばれた者の内情
「ねえねえ、白峰ちゃん。ツッ君って高校の時、どんな感じだったの?」
「こ、怖い感じの人でした。わたし、ただでさえ口下手だから、話したこともなくて……」
姉村所長と白峰が話すだけなのだが、結局俺も事務所に残って付き合わされている。
そんな女二人の話題なのだが、まずは俺のことを話しているようだ。
正直、白峰にどう言われようとも関係ない。本人も言っている通り、接点なんてなかったのだ。
俺は所長に言われて、軽くつまめるものを残りわずかとなった冷蔵庫の中の材料で作ることに集中する。
これ以上、余計なことに神経を使いたくない。
「あっ、でも、黒間君も優しいところがあります」
「ツッ君の優しいところ? 高校時代の?」
「は、はい。わたし、見かけたんです。雨の日に捨てられた子猫が入った段ボールの上に、自分がさしてた傘を置いて『お前も孤独なんだな』って言いながら、立ち去る姿を……」
「うわー! ツッ君、なんてベタな不良の真似を……!」
――神経を使いたくないのだが、台所からだと嫌でもその話の内容が耳に入ってくる。
そもそもそれはいつの話だ? 姉村所長も軽く引きながら会話してるのが、声だけでも分かる。
「人が料理してるときに、人の黒歴史を掘り返すなんて、実にいい趣味ですね」
「べ、別にそんなつもりで言ったんじゃないよ? 黒間君にも優しいところはあるって、言いたかっただけで……」
「それじゃあ、俺が元々優しくないみたいじゃないか?」
「ツッ君! 過去の黒歴史が恥ずかしいからって、白峰ちゃんにキツく当たらない!」
「白峰のフォローを無視して、黒歴史とか言わないでください。せっかく注文通りに料理を作って来たのに……」
貧相な事務所の冷蔵庫の中身で作った軽いつまみを皿に乗せ、俺は二人の会話に文句を言いながら戻って来た。
出来上がったのは冷凍のフライドポテトに、適当な調味料で味付けを加えたもの。正直、これしか作れない。
「さあさあ、ツッ君の料理は中々おいしいから、白峰ちゃんも遠慮なく食べて食べて」
「なんで所長が自慢げに勧めてるんですか……」
「い、いただきます……」
そんな俺が作った即席フライドポテトを、何故か姉村所長に勧められて、白峰が軽くつまんでいく。
かなり適当な味付けではあるが、食べれないほどではないはずだ。
「白峰ちゃん。食べながらでいいから、ツッ君の話をもう少し聞かせてくれないかな?」
「白峰の話、聞いてましたか? こいつと俺の高校時代の接点なんて、本当に皆無に等しいんですよ?」
「いや、もしかすると、まだまだベタな不良エピソードが――」
「所長は俺の痛い過去を聞き出して楽しいんですか? 楽しいんですよね? 完全に楽しんでますよね?」
そうしてチマチマ小動物のようにフライドポテトを食べる白峰に、姉村所長はさらに余計なことを言いだす。
流石に腹が立ってきた。一応の上司であれど、もう関係ない。
俺は姉村所長にひきつった笑顔をしながら、脅すように顔を近づけて行く――
「……ぷっ! あははは!」
「……へ? 白峰?」
――俺が姉村所長とそんな慣れたやり取りをしていると、急に白峰が笑い出した。
そういえば白峰はここに来る前から、ずっと何かに怯えるような様子をしていた。
例の殺人犯を目の当たりにしたからだと思っていたが、それだけでもなさそうだ。
高校時代も接点はなかったが、笑ってみると意外と可愛らしい――
――じゃなくて、急にどうしたのだろうか?
「す、すみません……! お二人を見てると、なんだか気が緩んで笑いが……! あはは!」
「なんだ? 『昔は不良だった俺が、今はこんなずぼらな三十路過ぎの女にいいようにやられてる』ってのが、そんなに面白かったのか?」
「うくく……! そうと言うか、なんだか久しぶりに和んだって言うか……」
急に笑い出した白峰だが、その様子に嫌味は感じられない。
本当に俺のことを馬鹿にしているとかそういうことではなく、自然と笑っている感じだ。
「わたし、異界能力者になって国の観察下に置かれてから、ずっとギスギスした空気の中で過ごしてたから、こんなに緩い空気は久しぶりでつい……」
「なんだ? 異界能力者の内部って、そんなに気まずい空気なのか?」
「そういえば、白峰ちゃんは第一世代の異界能力者だったよね。そのあたりの話も聞いてみたいな」
そして白峰は理由を語ってくれたのだが、その理由に俺もどことなく親近感を感じてしまう。
俺は異界能力者によって家族を奪われ、その事実を世間からも消されたことによる疎外感。
白峰は異界能力者内部の関係についていけず、そこから感じた疎外感。
――俺と白峰は理由こそ違えど、各々の疎外感を感じていた。
そして偶然にも姉村所長が関与することで、白峰も俺と同じように心の緊張がとれたように見える。
「異界能力者の話ですか? わたし、知ってる限り話します」
「うんうん。まずは白峰ちゃんの能力とか聞いてみたいな」
――いや、もしかすると姉村所長の狙いは、最初からこうすることだったのかもしれない。
白峰は異界能力者だが、俺がこれまで関わってきた連中のように、素行の悪さは感じない。
所長のことだからいつの間にか白峰のデータも確認し、その安全性を認識している可能性だってある。
こうして白峰が口を開きやすくして、異界能力者の情報を聞き出すのが狙いにも見える。
「ほら、ツッ君も一緒に聞いてみようよ。私の横が空いてるよ? それとも、白峰ちゃんの隣がいい?」
「……どっちでもいいですよ」
――いや、やはり考えすぎかもしれない。
姉村所長はそもそもこういう人だ。人の心の垣根に自然と割り込んでくることをライフワークにしている。
それでも白峰も少しは明るくなったし、俺も異界能力者の話題というのは気になる。
そうして俺が姉村所長の隣のソファーに腰かけると、白峰もさっきより明るい調子で話を始めてくれた。
「わたしの能力は気配を探ったり操ったりする魔法。目に見えないぐらい遠くでも、どこに誰がいるのかを探知したりできる」
「そういえば、殺された第二世代の異界能力者もそんなことを言ってたな」
「それとわたし自身の気配を消して、人の後ろをついて行ったりできる」
「……それでお前が俺の後ろを付けて来てても、気付かなかったのか」
まず話してくれたのは、白峰自身の異界能力者としての能力だった。
『気配の探知と操作』というのは戦闘面では役に立たないが、諜報面においては非常に応用が利く。
俺も探偵の真似事をすることはあるし、これは少し羨ましい能力だ。
「でもわたしの魔法、戦闘では役立たずだから、みんなからは馬鹿にされてる……」
「なんだそれ? 異界能力者の連中って、所謂魔法と呼ばれる力を威力でしか測ってないのか?」
「う、うん。わたしの出番、たまにあるだけ。何か作戦をする時も、もっと強力な攻撃魔法を使える異界能力者が攻撃しておしまい。特務局でもそればっかり力を入れてる」
「異界能力者の作戦はその力を活かした豪快さがメインだけど、いささか大雑把すぎるね。これだと、例の連続殺人の捜査も進展してなさそうな感じかなぁ……」
そんな俺も羨む白峰の能力だが、異界能力者の内部では不評なようだ。
確かに姉村所長も言う通り、そうした派手な作戦を実行しているからこそ、異界能力者はメディア映えして求心力を得ている面もある。
だがそれでも、そんなただの破壊行動の矛先を変えただけのような方針を続けて、本当に今後もうまく行くのだろうか?
俺も姉村所長も不遇な白峰への同情と同時に、異界能力者の内情への不安が募ってしまう。
「わたしも異界能力者が何人も殺されてることは知ってる。殺された人達みんな、わたしよりも戦うのは強かった」
「白峰は第一世代だよな? 諜報系の能力だけど、戦闘訓練とかも受けてないのか?」
「うん、受けてない。異界能力者の中では戦闘力が絶対だから、戦える能力なら第二世代の方が優遇される」
「殺された異界能力者のことで、何か問題とかはなかったかな?」
「うん、あった。わたしをいじめてた二人もだし、他の殺された人達にもそういうのはいっぱいあった。でも、特務局とかには関係なかったみたい……」
さらに白峰は異界能力者の内情を語ってくれるが、それらは俺達も予想していた通りのことだった。
あの黒づくめの連続殺人犯は異界能力者の中でも、素行に問題がある人間を狙って殺している。
だがそれでも、俺には気になることがある。
今回殺された二人の異界能力者はあの殺人犯の狙い通りだったのだろうが、白峰は偶然居合わせただけだ。
それでも目的の二人を殺し終えると、犯人は同じく異界能力者である白峰のことまで狙い始めていた。
さらには俺が『異界能力者だ』と嘘をついて名乗ると、俺までも標的にしてきた。
――何より、あの時見た犯人の目は憎しみに満ち溢れるものだった。
口では冷静さを装っていたが、本当に異界能力者ならば誰でも殺してしまいそうなほど、憎悪に染まった目つき。
それに母国語から外国人である可能性が高い。
これまでの情報だけでは犯人が何者なのかも絞れない――
「そういえば、黒間君。さっき刑事さんに銃弾を渡してたけど、あれって重要な手掛かりなの?」
「ん? ああ。この現状なら殺された死体を調べるより、有益な情報は得られるかもな」
――ただ一つ、犯人が逃げる間際に撃って来た銃弾という、大きな手掛かりはある。
 




