復讐者の解放
合流車線から姿を現したサイレンの正体は、風崎刑事が運転するパトカーだった。
運転席の窓を開けて顔を乗り出し、こちらへと呼びかけてくれている。
「鬼島ぁあ! これは一体、何がどうなってんだ!? 半グレと異界能力者が一緒にいるし、黒間も拳銃を持ってるしよぉお!?」
「ごちゃごちゃ言われても、説明してる余裕なんかあらへんわ! こっちかて、逃げんのに精一杯やねん!」
「くっそ! そっちも状況が呑み込めてないって感じか! こっちも特務局の動きを追ってたのに、気がつけばこの有様だしよぉお!?」
パトカーから風崎刑事は鬼島さんに口論を持ち出すが、風崎刑事の方でもこの事態は想定外だったらしい。
特務局の周りを探ってくれていたとはいえ、虹谷博士が突如殺されるような事態まで発生しているのだ。異界能力者の動向を予測しようにも、追いつけるはずがない。
「とにかく、俺もお前達の銃刀法違反については見逃してやる! この先は警察の方で交通規制を引いてるから、遠慮なく飛ばして逃げ切れ! いいな!?」
「風崎刑事自身はどうしますか!?」
「このままパトカーで半グレどものバンに警告を続ける! 異界能力者まで乗り込んでるとなると、俺でも迂闊に手が出せねえ! それでもまずは警告を続けて、付近の一般車両に被害が及ばないようにしておく!」
風崎刑事にしても想定外の事態だったが、それでもそこからの対応は素早い。
半グレと異界能力者が結託した状態で追われる俺達にできる手助けは、現状で逃げやすいように手助けするぐらい。
警察だ異界能力者に直接の手出しすることは無理でも、周辺の安全確保ならできる。
どうにか警察の援護を受けて、今はこの追走を振り切らないことには――
「風崎刑事というのは、自分に手錠をかけた刑事さんでしたね。それでしたら、自分からも一つ要望があります」
――俺達で逃走計画を考えていると、これまで荷台の奥でおとなしくしていたラルフルが、後部の扉の方へと顔を出してきた。
そして、自身の両手にはめられた手錠を風崎刑事にも見えるようにして、要望を述べるが――
「自分のこの手錠なのですが、外していただけませんか? 異界能力者に追われているのでしょう? それでしたら、自分で何とかしましょう」
――それは『逃亡を手伝う代わりに、自らを解放しろ』という要求だった。
「馬鹿なことを言うんじゃねえ! いくら異界能力者に抑え込まれた日本の警察でも、捕らえた殺人犯を野放しになんかできねえよ!」
「それを言うならば、まずは『捕らえた殺人犯』を個人的な都合で連れまわさないでください。どの道、このままではジリ貧で半グレと異界能力者にこのトラックが追い詰められるのは明白です。そうなるぐらいなら、最も異界能力者の相手をすることに慣れた自分が、この窮地を脱してみせましょう」
「す、好き放題に言いやがるな……! ダメなもんはダメだ!」
ラルフルとしてはこちらの窮地を利用し、自らも逃げ出したいという目論見があるのだろう。
だが、そんな目論見は風崎刑事にも筒抜けだ。手錠を外すための鍵を渡す素振りは見せない。
――それでもこの状況から脱するのに、俺達だけの力では物足りない。
ラルフルが言う通り、異界能力者の相手をするのに一番慣れているのはラルフル本人だ。
これまで何人も異界能力者を殺してきた連続殺人犯を自由にするのは、正直言って気が引けるが――
「……風崎刑事! ラルフルの手錠の鍵を、俺に渡してください!」
「なっ!? しょ、正気か!? 黒間!?」
――まずはこの窮地を脱するためにも、俺は風崎刑事に願い出た。
「このまま後ろの連中にやられれば、それで全部おしまいです! どうか、こっちに鍵を投げ渡してください!」
「そ、それはそうなんだが、流石にそれは――」
「時間がありません! 早く!!」
「……ええい! 分かった! こんな状況で、四の五の考えてる余裕もねえ! 後のことは後で考える! 受け取れぇえ!!」
風崎刑事も最初は出し渋ったが、俺と同じく考えている余裕がないのも事実だ。
パトカーから乗り出した風崎刑事の手から、俺目がけてラルフルの手錠の鍵が投げ渡された。
俺に鍵を渡してくれた風崎刑事は、そのまま後ろの方にパトカーを回り込ませ、言っていた通りに周囲への警告に向かった。
――本当に藁にもすがる思いだが、今はこれ以外に方法が思いつかない。
「……ラルフル。これからあんたを自由にする。まずはとにかく、追ってくる半グレと異界能力者の乗った車を止めてくれ」
「いいでしょう。ここから無事に逃げ出せるまでは、自分もあなたに従います」
「そう言ってくれると助かる。だったら、俺が今から言うことだけは守ってくれ」
俺はラルフルの手錠とその鍵を手に取りながら、解錠する前に確認するように声をかける。
ベストなのはこの窮地を脱した後も、こいつが逃げ出さないことだが、今の状況で後のことなど考えられない。
それでも守って欲しいことが一つだけある。それは俺にとっての願いで、ラルフルの立場をこれ以上悪化させたくないという思いからの願い。
俺はその約束を、ラルフルへと述べる――
「絶対に人だけは殺すな! それを守れるならば、あんたの手錠を外してやる!」
「……いいでしょう。今はあなたの言葉に従い、相手が異界能力者でも殺さないでおきます」
「この約束を破ったら、すぐにトラックから叩き落すからな!」
――ラルフルが俺との約束を承諾したのを確認すると、俺は手錠に鍵を差し込み、ラルフルの両手から取り外した。
こんな口約束で従う保証はないが、それ以上にこちらもラルフル抜きで逃げ切れる保証がない。
「さてと、ようやく自由になりましたか。では早速、ミスター黒間の拳銃をお借りしてもいいですか? 自分の持っていた拳銃は、取り上げられてしまいましたからね」
「人は狙うなよ? バンを止められれば、それでオッケーなんだからな」
手錠を外されたラルフルは軽く手首を揺らして調子を確認すると、俺が持っていた拳銃を求めてきた。
一応は協力してくれるとはいえ、ラルフルはこれまでの連続殺人事件の犯人だ。
そんな奴に拳銃を渡すのは恐ろしいが、今はそうするしかない。
――それに俺も心のどこかで、ラルフルのことを信じたい気持ちもある。
俺と似たような境遇にあるこいつのことを、ただの殺人犯だと切り離したくない。
「あのバンのタイヤを撃ち抜けばいいのですね。それぐらいならば、お安い御用です」
バギュンッ! バギュンッ!
「な、何だ!? 急に運転が!?」
「何をしている!? 早くあのトラックに近づけ!」
「そ、そうは言っても、タイヤがパンクして……!?」
そんなラルフルなのだが、俺との約束通りに人を狙い撃つことはせず、迫りくるバンのタイヤだけを的確に狙ってパンクさせている。
ただタイヤを狙うだけでなく、道路との跳弾までも使いこなし、一発も外すことなく、こちらに近づくバンから確実にパンクさせていく。
突然のことに半グレも異界能力者も激しく狼狽え、運転を誤った先行するバンのせいで、後続まで巻き込まれて高速道路を後退している。
「す、すごいな……! こうもあっさり、拳銃でタイヤを撃ち抜けるものなのか……!?」
「ナイフだけでなく、重火器の扱いについても履修しています。後で銃弾が残ってしまいますが、これは自分の拳銃ではありませんし、今更銃弾を気にする話でもないでしょう」
「この状況で、ようこんだけ冷静に考えて動けるわ……」
俺も鬼島さんも、ラルフルの淡々としながらも的確な行動に思わず感心してしまう。
これまで異界能力者を殺した経験か、殺し屋だった父親から受け継いだ才能か、今は協力してくれていても、やはりこの技量は恐ろしい。
「くそっ!? こっちもタイミングを伺ってばかりはいられない! 空を飛べる者は、僕に続いてトラックに強襲を――」
「させるかよぉ!」
こちらの反撃に焦り始めたのか、残っている後ろのバンから異界能力者が宙を舞って、トラックの方へと向かい始めてくる。
俺も拳銃をラルフルに渡しはしたが、それで反撃をやめるつもりはない。
宙を舞う異界能力者が近づいてくると、今度は格闘戦で無理矢理距離を離させる。
俺としては拳銃で応戦するよりも、こうやって格闘戦に出た方が性に合う。
「黒間もラルフルも、そのまま応戦を続けてくれ! オレん方でも、真帝会に応援を要請しとるさかいなぁ!」
俺とラルフルで応戦する最中、鬼島さんも応援を要請してくれている。
殺人犯の手を借りることも。ヤクザの手を借りることも、今この時ばかりはいとわない。
どんな手を使ってでも、この窮地を脱してみせる。
――半グレと異界能力者が手を組んでいるこの状況の謎も含めて、白峰をも殺されたこの事件の真相を解き明かす。
それを成し遂げるためにも、俺達がここで終わるわけにはいかない。
ボゴォオオオ!!
「逃げても無駄だって、言っただろーがーー!!」
「赤森!?」
だがその時、正義四重奏の赤森がトラックの荷台の壁を突き破り、いきなり中へと飛び込んで来た。
しかもあろうことか、突っ込んできた勢いに任せて俺へと掴みかかってくる。
「は、放せ!」
「誰が放すもんかー! 異界能力者どころか、正義四重奏である俺にまで逆らって、無事で済むと思うなー!!」
俺に掴みかかった赤森は、そのまま両手から炎を放って俺を焼き殺そうとしてくる。
このままでは、俺も虹谷博士と同じ結末に――
「仕方ありませんね。ミスター鬼島。少々自分とミスター黒間は、このトラックから離れて応戦します」
「お、おい!? 何をするつもりや!?」
――俺がもがきながら絶望していると、ラルフルが何かを思いついたように呟いた。
そして鬼島さんが尋ねるよりも早く――
バンッ!
「うがー!? 何をしやがるんだー!?」
「くぅ!? 本当に何を考えてるんだ!? ラルフル!?」
――俺と赤森の体を、トラックの外へと大きく蹴り飛ばした。




