計算外の強襲
「異界能力者がここに!?」
「チィ! 連中もとうとう嗅ぎ付けおったか!?」
運転席にいた西原さんの話を聞き、俺と鬼島さんは急いでトラックの外に出る。
そのまま運転席からも見える前方へ目を凝らすと――
「何やあれ!? 空を飛んどるし、体が燃えとらへんか!?」
「あれってまさか、正義四重奏の……!?」
――人影が一つ、遠くからこちらへ飛んでくるのが見えた。
全身に炎を纏って見えるが、あれはおそらく正義四重奏の一人。
亡くなった白峰も語っていた、炎の魔法の使い手の男――赤森 夏樹。
「よりにもよって、正義四重奏に嗅ぎ付けられるなんて――」
「お、おぉおい! 私はここだぁあ! 早く助けてくれぇええ!!」
迫りくる赤森の姿に気を取られていると、なんとトラックの荷台から虹谷博士がロープで拘束されたまま、外に出てきてしまった。
俺達と同じく赤森の姿を確認すると、必死に大声で助けを求めている。
「マズいで! ここで虹谷博士を取り戻されたら、こっちの立場が危ういだけや!」
「どうにかして俺達で、赤森をやり過ごすしかないのか……!?」
鬼島さんも俺も、状況のマズさは理解している。
とにかく急いで虹谷博士をトラックの中に連れ戻し、早々にこの場から立ち去るしかないのだが、赤森はすでに宙を舞いながら両手を構え、そこに巨大な火球を作り出している。
「くっそ!? やっぱ、正義四重奏の魔法の力は桁が違う! あれじゃ、トラックごとやられる!」
「早くしろぉお!! こいつらを始末するんだぁあ!!」
虹谷博士はトラックから離れて助けを呼び、赤森は今にも作り出した火球を放とうとしている。
強襲されることは想定していたが、ここまで急な状況に陥るのは誤算だった。
俺が対策を講じるよりも早く、ついに赤森の両手から火球が放たれる――
ボゴォオオ!!
「あ、あがぁあ!? 熱い!? 熱いぃいい!?」
「え……!? な、何で……!?」
――その火球は確かに命中し、相手の体を一瞬で火だるまにしていく。
だが、食らったのは俺でも鬼島さんでも、乗っていたトラックでもない。
赤森が火球で攻撃したのは――
「な……なぜ私を……!? ガアァ……!?」
「に、虹谷博士……!?」
――赤森が助けに来たはずの、虹谷博士の方だった。
虹谷博士はそのまま地面に崩れ落ち、一瞬で黒焦げになってしまう。
――身動きをする様子もない。
虹谷博士はあっけなく、赤森によって殺されてしまった。
「まずは博士の方から始末できたかー! 残りの雑魚どもも、このまま始末すっかー!」
虹谷博士を殺した赤森だが、別に計算違いだったという様子でもない。
こちらに近づきながら語る口ぶりから、明らかに狙ってやっている。
「あいつ、何を考えてるんだ!?」
「黒間ぁ! 今は考えとる暇もあらへん! トラックに乗り込むんや!」
そんな困惑するしかない状況だが、赤森は俺達のことも狙っている。
虹谷博士が殺されたことを気にする余裕もなく、俺と鬼島さんは再度トラックの中へと乗り込む。
「何やら騒がしいですが、異界能力者にでも見つかりましたか?」
「それどころじゃない! 正義四重奏の赤森が襲って来たんだが、どういうわけか虹谷博士を殺しやがった!」
「それは奇妙ですね。同時に残念ではあります。ドクター虹谷のことは、どうせなら自分の手で始末したかったのですが」
トラックの荷台に戻った俺に対し、おとなしく待っていたラルフルが声をかけてくる。
律儀に虹谷博士に危害は加えなかったようだが、その口ぶりからは相変わらず怨嗟が溢れている。
「西原ぁ! 早うトラックを出さんかい!」
「わ、分かったでさぁ!」
鬼島さんも窓越しで西原さんに指示を出し、サービスエリアからトラックを出発させる。
荷台の扉は開いたままだが、閉じている余裕もない。むしろ、こっちの方が状況も伺える。
赤森も体から炎を噴出させながら、こちらを逃がすまいと追いかけてくる。
「逃げるんじゃねーぞー! 逃げたって、無駄だかんなー!」
「人を一瞬で焼き殺した人間のセリフに、おとなしく従う奴がいるかぁあ!! 全員、しっかり踏ん張っててくだせぇえ!!」
運転席の方から、西原さんが赤森に怒鳴りながらギアを切り替える物音が聞こえる。
いくら赤森が自在に空を飛べると言っても、速度はトラックの方が上のようだ。
開いた荷台の扉からも確認できるが、俺もサービスエリアから高速道路の本線に戻ったトラックは、どんどんとスピードを上げて赤森を突き放していく。
「こ、これでなんとかなりましたか……?」
「一旦は……やな。異界能力者があの赤森とか言う正義四重奏だけとは限らん。今はとにかくこっから離れて、どっかに隠れへんとな……」
ひとまずは赤森の追走は振り切れそうだが、油断はできないし、不明な点もある。
赤森は俺達が誘拐した虹谷博士の救出に来たはずだが、なぜか自らの力で救出どころか焼き殺してしまった。
あまりに急なことに混乱しすぎて、何が起こっているのか考えもつかない。
「虹谷博士が正義四重奏の赤森に殺されたというのは、本当の話ですか?」
「ああ。助けに来たのかと思ったら、急に焼き殺しやがった……!」
「虹谷博士は特務局の代表です。異界能力者への指示は、基本的に虹谷博士から出されています。ただ、例外があるならば――」
混乱する俺達に対し、ラルフルはどこか他人事のようにしながらも、冷静に考え始める。
いつも異界能力者を殺すことしか考えていないこいつからしてみれば、急に誰が死んでも動じることでもないのだろう。
それでも『虹谷博士が殺された』という状況自体は気になるのか、考えだしたことを述べてくる。
「天治党の戸浦幹事長……ぐらいでしょうかね。あなた方の話を聞いていると、虹谷博士が捕まったことで不都合が生じ、先に消すように動きましたか」
「なるほどな。それなら十分にあり得る話やな」
ラルフルの話はもっともであり、俺も鬼島さんと同じように同調できる。
今の俺達は完全に異界能力者に狙われているが、同時に政府の目まで向けられてしまっている。
虹谷博士の誘拐で覚悟はしていたが、本当に危ない橋を渡っていることを、この現状で改めて実感する。
「……とにかく、このまま高速道路を走りながら逃げましょう。他の車も走っている中でなら、異界能力者も簡単に手出しはできないでしょう」
「せやな。このトラックもどっかで乗り捨てて――」
ズガァァアアンッ!!
「――って!? な、なんや!? 何かとぶつかったか!?」
俺達がこの窮地から逃れる方法を考えていると、突如トラックに大きな衝撃が走った。
ハンドルの操作を誤ったような衝撃ではない。何かがこのトラックとぶつかったような衝撃だ。
「くっそがぁ!? 滅茶苦茶なことをしやがるなぁ……!?」
「何があったんや、西原!?」
「鬼島のカシラぁ! どうにも、計算外なことが起こってまさぁ……!」
鬼島さんも慌てて運転席の西原さんに声をかけ、事態の確認をとってくる。
俺も顔を覗き込んで、運転席の方から確認をしてみる。
――西原さんはハンドルとシフトレバーに力を込め、必死にトラックの運転を続けているのが分かる。
そして、運転席の窓から確認できるのは――
「あ、あれって、バン!? このトラックを包囲してる!?」
「運転してんのは、半グレの連中だぁ!」
■赤森 夏樹
第一世代異界能力者、正義四重奏の一人。二十三歳の男性。
炎の魔法の使い手。




