忌まわしき再会
姉村所長から連絡が入って少し経つと、俺達を乗せたトラックが高速道路の途中にあるサービスエリアで停車した。
虹谷博士を残して、俺と鬼島さんが荷台から外へと出る。
空を見ると陽が昇り始めており、日を跨いだころから始まった誘拐計画も、いつの間にかかなり時間が経っていたようだ。
周囲を見ると長距離用トラックのための広めの駐車場だが、止まっているのは俺も見慣れた一台の赤いセダンだけ。
そのセダンは俺の姿を確認すると、こちらへゆっくり近づいてくる。
「やあ、ツッ君。ラルフル君を連れてきたよ」
「お待たせしました。姉村所長」
俺の目の前で停まったセダンの運転席から、姉村所長が降りてきた。
鬼島さんへの連絡通り、後部座席にはラルフルの姿も見える。
――虹谷博士に会わせると一悶着ありそうだが、ラルフルには会うだけの権利がある。
虹谷博士が主導していた計画により、ラルフルはその人生を破滅へと導かれてしまった。
ここでラルフルの姿を虹谷博士にも見せ、一度は自身の罪と向き合わせる必要がある。
「さあ、ラルフル君も降りてね」
「……埠頭の倉庫に監禁され、散らかった事務所に連れていかれたと思えば、今度はどことも知れないサービスエリアですか。このような場所に自分を連れ出したということは、話していた作戦がうまく行ったということでしょうかね?」
姉村所長が後部座席のドアを開けると、ラルフルも外へと姿を現した。
相変わらず手錠は繋がれたおり、腰には逃げ出さないようにリードとなるロープも巻かれている。
「別にこんなものを巻きつけなくても、自分も今は逃げ出したりしませんよ」
「一応だからね。ラルフル君も少しの間だけ、我慢しててね」
ラルフルは相変わらず姉村所長には懐いているようで、俺が事務所を離れた後もおとなしくしていたのが分かる。
所長が持っていたラルフルの腰のリードを鬼島さんへと手渡されても、素直に従っている。
――その光景はラルフルの目つきの悪さも含めて、さながらドーベルマンだ。
「それじゃ、後はツッ君や鬼島さん達でお願いね」
「あれ? 姉村所長は一緒じゃないんですか?」
「私は私でやることがあってね。虹谷博士不在の混乱を利用して、少し調べ物をさせてもらうよ」
俺達にラルフルのことを託した姉村所長だが、どうやら俺達と一緒に虹谷博士の尋問には付き合わないようだ。
確かに虹谷博士がこうして俺達に拉致されているのならば、異界能力者周辺の調査でも隙を突くことができる。
虹谷博士から聞き出すだけでなく、証拠の現物が抑えられれば今後の役にも立つ。
――ここから先は連続殺人犯だったラルフルではなく、異界能力者とそれを要する特務局や政府を相手にすることとなる。
役立ちそうなものが手に入るならば、それに越したことはない。
「分かりました。姉村所長も気を付けてください」
「大丈夫だよ。ツッ君こそ、虹谷博士からの聞き出しをお願いね。ラルフル君もおとなしくしててね」
「……どうでしょうね」
姉村所長は俺やラルフルに一声かけると、そのまま自分の車へ戻っていった。
俺の横にいるラルフルも今は暴れることもなく、それどころか名残惜しそうに走り去る所長の車を眺めている。
「ラルフルの奴、えらいおとなしなっとるな。なんやあったんか?」
「所長に姉の姿を重ねたそうですよ。そのせいで、所長には懐いてました」
「余計な詮索は不要です。虹谷博士がいるのならば、早く自分にも会わせてください」
鬼島さんもそんなラルフルの様子を気にしているが、当の本人はそんな言葉も意に介していない。
別に照れ隠しというわけでもなく、単純に虹谷博士のことが気になっていると見える。
――ラルフルからしてみれば当然の話だ。
かつて自らの精神を歪め、唯一の家族だった姉を廃人にした元凶。
そんな人間に会い、言いたいことなど山ほどあるはずだ。
「……黒間。いったんはトラックの出発も待つことにすんで。一応は拘束されとる言うても、ラルフルが虹谷博士と会えば、暴れ出すこともあり得る」
「そうですね。西原さんには運転席でいつでも出発できるように待機してもらい、ここでしばらく尋問しましょう」
ラルフルを連れた俺と鬼島さんは、西原さんの待つトラックへと戻る。
その際に今後の段取りを考えながら、今はこのサービスエリアにトラックを停車させたまま、尋問を始めることにした。
■
「待たせたな、虹谷博士」
「ど、どこへ行っていたんだ? 私に会わせたい人間がいるそうだが、そこにいる白髪の少年なのか……?」
トラックの荷台に俺達が戻ってくると、虹谷博士は拘束されて尻もちをついた姿のままだった。
今ここで逃げ出してもすぐに捕まることは理解していたらしく、抵抗する様子も見えない。
それよりは、戻ってきた俺達と一緒にいるラルフルの方を気にしている。
「この虹谷博士が、あんたも実験に参加した時に会った人間で間違いないな?」
「ええ、間違いありません。あの時は自分達のことを何の感情もない目で見ていたのに、今はなんとも恐怖に歪んだ目をしていますね。いい気味ではあります」
「ど、どういうことだ? わ、私は君のことなんて知らないぞ?」
まずはラルフルに虹谷博士の確認をとってもらうが、肝心の虹谷博士の方はラルフルのことを覚えていない様子だ。
ラルフルの方は冷静さを装ってはいるが、その瞳にはまたしても憎悪が宿り始めている。
「虹谷博士。ラルフル・ボルティアークって名前に聞き覚えはあるか?」
「あ、ああ。確か、米軍との共同実験における、十番目の被験者だったか?」
「こいつがそのラルフル・ボルティアーク本人だよ」
「なっ……!?」
俺がラルフルの名を出すと、虹谷博士はようやく何かに気付いたように狼狽え始めた。
それもそうだ。自らの実験で死んだはずの人間が、今こうして目の前にいる。
そんな状況で、虹谷博士はさらに声を震わせ始める。
「ば、馬鹿な……!? あの被験者は確かに死んだはずだ……!?」
「その節はどうも、自分を殺してくれました。あの時に散々、自分に異界能力者への憎しみを植え付けてくれたおかげで、こうして復讐を糧に生きながらえましたよ……!」
「復讐を糧に……って。まさか、君がこれまでの異界能力者連続殺人事件の犯人……!?」
虹谷博士を睨むラルフルの目はこれまで以上に鋭く、これでもかと怨嗟がこもっているのが分かる。
かつて自身と姉の人生を無茶苦茶にされたのだ。今でも目の前の元凶を殺したくて、手錠の嵌められた両手を震わせているのが見える。
虹谷博士もそんなラルフルの姿を見て、同時にラルフルこそがこれまでの異界能力者連続殺人事件の犯人であることを理解した。
「ここからはこのラルフルにも一緒に話を聞いてもらう。今はラルフルの身柄もこっちで拘束してるけど、もしも返答を渋れば、その拘束も解く」
「オレが握っとるラルフルのリードを放せば、あんさんはどないなるやろな~? まあ、想像せんでも分かる話やな」
「あ……あぁ……」
俺と鬼島さんは虹谷博士に対し、ラルフルの存在を完全に脅しとして見せつける。
これまでも隠していた事実を突きつけられて追い詰められていたが、さらに自らが死なせたはずのラルフルが復讐心を見せつけながら姿を現せば、もう虹谷博士に逃げ道はない。
――ここからさらに問い詰めて、虹谷博士が知る異界能力者の秘密を、すべて白日の下に晒してみせる。




